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閑話 国衛院の闇

 誤字を修正しました。

 ご指摘、ありがとうございます。

 その日、私は母上からビッテンフェルトの経営する店へ来るよう言われていた。

 無糸服の製作者として、新たな商品についてのアドバイスを服作りのスタッフ達へしてほしいとの事だった。


 私は店へ赴き、スタッフ達へアドバイスをして、一緒に新しいデザインについて考えた。

 変身機構については、特殊な魔術式が必要なので言っていない。

 取り入れたとしても、コストパフォーマンスが良くないからだ。


 そうしたやり取りが一段落した時だ。


「近くの広場で休憩してはいかがですか? 持ち帰りの料理を扱った屋台がいっぱいありますよ。レモン果汁をかけたフライドポテトなんて最高に美味しいです」


 スタッフの一人がそんな提案をした。

 その話で私は、少し前に隣国で食べたフライドポテトの味を思い出した。

 私はスタッフの言うままに広場へ向かった。


「お嬢さん、ちょっとよろしいかな?」


 そこで私は、初老の男性に声をかけられた。

 男性は手にステッキを持ち、ベンチに座っていた。


 丁寧に撫で付けた白髪交じりの頭髪。

 柔和で優しげな表情に、人当たりの良い笑みを貼り付けていた。

 絵に描いたような紳士然とした男性だった。

 身なりも良く、おそらくは貴族だろうと思われた。


「何でしょう?」

「あなたはクロエ・ビッテンフェルト様でしょう?」


 私は、この男性の事を知らない。

 なのに、男性は私の事を知っていた。

 彼は変わらず、人当たりの良い笑みを私に向けている。


「おかけください。少し話がございますので」

「……いえ、申し訳ありませんが、私もすぐに戻らなければならないので」


 見ず知らずの人間に名前を知られている事が少し怖かったので、私は断ってその場を離れようとした。

 その時である。


「そう言わず……漆黒の闇に囚われし黒の貴公子様」


 私は肌の粟立つような感覚に陥った。

 両親以外、誰も知らないはずの事を口にされたのだ。


「……聞きましょう」


 私は男性に屈し、男性の隣に腰を下ろした。


「それで、話とは?」

「簡単な話です。あなたは、ある人物の調査に協力しましたね?」


 私はその言葉で、彼が何の関係者なのかを悟った。




 事の起こりは、ルクスから相談を持ちかけられた事だ。


「最近、俺達の周りでおかしな事が起こっているんだ」


 俺達というのは、イノスを含めての事だろう。


「おかしな事?」

「ああ。最初に起こったのは、あいつの杖が誰かに盗られた事だ」


 そういえば、そんな事があった。

 杖がなくて、イノス先輩はルクスに一日肩を貸してもらって過ごしていた。


「その後、杖は初めからそこにあったみたいに、寮の部屋で見つかった」

「初めから見落としてたって事は?」

「あいつは几帳面な奴でな。杖の置き場所はいつも決めて置いている。杖が見つかったのは、確かに置き場所の近くで、棚と壁の間だったんだが、あいつならそういった見落としはしない。もちろん、そこだって探していたさ。なのに、なかったはずのその場所に杖が置いていた」

「なるほどねぇ。ちょっと怖い話だね」

「それから、おかしな事が起こり始めるようになったんだ」


 ルクスの話によれば、こんな事が起ったという。


 よく、誰かに突き飛ばされるようになった。

 イノス先輩はその度に転びそうになるが、幸いその時は決まってルクスがそばにいたので抱き止める事ができたらしい。


 杖を蹴り飛ばされて転びそうになった。

 その時も運よくルクスがおり、今の所は大事に到っていない。


 国衛院の壁沿いを歩いていると、上から水を被せられた。

 夏用の制服だったので、イノスの肌に張り付いて生地が透けた。

 ルクスはその場に運よく居合わせたので、ラッキースケベになった。


 なんか聞いていると、悪役令嬢の嫌がらせレベルなんだけど……。

 私の頭の中でドリルの令嬢が高笑いする。


「なんか、イノス先輩が執拗に狙われているね。しかも、命を狙われている感じじゃないし。目的がわからないね」

「それだけ聞いていればそうなんだが、それだけじゃない。最近では俺の身にもおかしな事が起こってる」


 彼の話によれば……。


 イノス先輩の部屋があらされ、下着が盗まれた。

 そして、ルクスの部屋でそれが見つかった。


 廊下を歩いていると背後から襲われ、気付けば浴場の脱衣場に居た。

 そこで風呂上りのイノスと鉢合わせた。


 という不幸が身に降りかかっているらしい。

 本当に不幸か?

 ルクスにとっては地味に嬉しい事だったんじゃない?


「その後、しばらくイノスが事務的な事しか話してくれなくなった」

「何? その面白おかしい状況」

「全然面白くねぇよ。きっと奴らは、俺とイノスを仲違いさせようとしているんだ」

「奴ら、ねぇ……。でも、それって全部国衛院の施設で起ってるんだよね? そんな簡単に、侵入できる場所?」

「無理だ。だから、俺とイノスは内部の犯行を疑っている」


 内部の犯行、か……。

 正直、何がしたいのかまったくわからない事ばかりだが、ルクスとイノスを狙うという事はアルマールと ピグマールに敵対している人間だろうか?


 アルマール家は国衛院のトップだ。

 その家の人間を狙う国衛院内の人間なら、上層部の政敵か何かだろうか。


 犯行を聞く限り、イノス先輩は直接身体的に攻撃されており、ルクスは社会的な地位を攻撃されているように思える。


 イノス先輩には物理的な排除を試み、ルクスは性犯罪者に仕立て上げる事でアルマール家の権威を失墜させようとしている。

 犯人の狙いは、そんな所だろうか?


「で、俺達はその犯人を捜しているんだが、全然手がかりがなくてなぁ。何かいい方法ねぇか?」

「何で私に?」

「だってお前、引き出しが多いじゃねぇか。建物の中を探ったり、音を聞いたり。他に何か不思議な技で助けてくれないかなぁ、と」


 猫型ロボット扱いですか。

 でも、友達が困っているなら助けてあげたいね。


「残念ながら、そういう技はあの二つだけだよ。……でも、現場に行ってみれば何か思いつくかもね」

「なんか適当だな。でも、頼むぜ。こっちは、もうお手上げだからな」


 そうして、私はイノス先輩の部屋へ向かった。


 そこでイノス先輩を交え、もう一度部屋を探ってみる事になった。

 何故なら、犯人が出没したであろう確実な場所だからだ。

 ここをもう一度じっくり探せば、犯人に繋がる手がかりがあるかもしれなかった。


 しかし結果として、探ってみても何の手がかりも出なかった。


 そんな時、私はふと思いついた。

 圧倒的閃きである。


「先輩。盗まれた杖ってそれですか?」

「そうですよ」

「見せてください」

「いいですけど、何をするつもりですか?」

「まぁ、できるかわからないのですけど……」


 私は無色の魔力で細かい光の粒子を発生させた。

 人の皮脂に反応して、付着するようにした粒子だ。

 すると、見る見るうちに杖へ付着した指紋が現れる。


「あ、何ですか、これは?」

「「指紋」です」

「「指紋」……ですか?」


 この世界にはまだない言葉だから、わからないんだろう。


「指の先には細かい皺がありますよね。これって、人によって形が違うんですよ」

「……つまり、それを探ればこの杖を持った人物を特定できる?」


 流石はイノス先輩だ。

 すぐ活用方法に気付いてくれた。


「ルクス様から聞いていましたが、あなたは本当に独創的な魔力の使い方をしますね」

「いやぁ、それほどでも」


 前世の知識ですけどね。

 むしろ、何でも個人でお手軽に出来てしまう魔力とかいう代物の方がすごいよ。


「だろ?」


 ルクス、何で君が得意げなの?


「イノス先輩、魔法陣を写す用紙とか持ってますか?」

「あります」

「大き目の奴を一枚ください」

「わかりました」


 イノス先輩は部屋の棚を漁って、用紙を持ってきてくれる。

 私はその用紙を杖にくるりと巻いた。

 しばし待ってから剥がす。

 すると用紙には、杖に付着していた指紋が綺麗に写し取られていた。

 魔法陣を写す用紙は魔力に反応して色が着く代物で、魔法陣などの魔力を含んだ図形などをそのままの形で転写する事ができるのだ。

 つまり、これを使えば魔力の粒子が付着した指紋がそのまま転写されるのだ。


 私達は、次に三人分の指紋を採取した。

 そこから杖に残った指紋を調べ、三人の指紋を除外していく。

 そして、三人の誰とも一致しない指紋を探し出したのである。


「これが犯人の手がかり……」

「ああ、やったな! あとはこれと同じシモンを持つ奴を探すだけだぜ」


 二人は大喜びしてくれた。


「お役に立てたようで嬉しいです」

「ええ、本当にありがとうございます。これで、犯人を探し出せます」

「おう。犯人は国衛院の中にいるんだ。あとは二人で探し出して見せるぜ。あんがとよ、クロエ」


 そして私は喜ぶ二人に見送られ、家へ帰ったのだ。


 が、その結果私は、謎の男性から脅しをかけられてしまったわけである。




「あなたが、犯人?」

「それは正しい事でもあるが、正しくないとも言えます」

「どういう意味です?」

「何故なら犯人は私ではなく、私達だからです」


 複数の犯行だという事か。


「あなた達はいったい何者なのです? 私に何をさせようとしているのですか?」

「それも簡単な話です。あなたには、私達の協力者になってほしい」

「私に、ルクスと先輩を裏切れと言うのですか?」


 初老の男性はニコリと笑う。

 後ろ暗い話の内容に反して、まるで毒気のない表情だ。


「あなたは裏切ります。私達の活動内容を知れば、ね」

「そんなはず……」

「まぁ、聞いてくださいよ。我々は……」




 私は走っていた。

 暗い闇の中、スラムの家屋。

 その屋根の上を……。


「待ちやがれ! 漆黒の闇に抱かれし暗黒の墜天使!」


 そう声を張り上げ、追ってくるのはルクスだった。


 何か名前が違うんですけど……。


 今の私は変身セットによって、例の貴公子姿になっていた。

 顔にはもちろん、仮面をつけている。

 ただ、今回は新装備の黒マントを付けている。

 次はシルクハットでも作ろうかな。


 私は屋根の途切れる場所で立ち止まり、振り返った。


「追い詰めたぞ! イノスを放せ!」


 私はイノス先輩をロープで縛り、左の小脇に抱えていた。


「ふふふ、君の目的はそれでいいのか?」


 私は言って、右手に持っていた物をチラつかせる。

 同時に、仮面の口元をパカッと笑みの形に開いた。


 私が右手に持っていた物は、指紋を写した用紙と指紋のオリジナルが残る杖だった。


「むしろ大事なのは、こちらだろう?」

「くっ……」


 ルクスは苦々しい表情を作る。


「ルクス様! 私に構わず、手がかりを!」

「少し黙りたまえ」

「んんっ!」


 私は左手の指をイノス先輩の口の中へねじ込んだ。

 舌を噛み切られないようにする措置だ。


 前のルクスの告白があるのでしないと思うが、彼女には自殺未遂の前科がある。

 こんな茶番で命を絶たれるわけにはいかない。


「んっ、んう……っ!」


 抵抗するイノス先輩の口から妙に色っぽい声が出る。


「てめぇっ!」


 ルクスの顔が怒りに染まる。

 何で怒ってるの?


「君がどちらを大事に思っているか、見せてもらおうか」


 私はそう言うと、イノス先輩を屋根の斜面へ転がした。

 ちゃんと命綱として、ワイヤー並に細くした魔力縄クロエクローを巻きつけてある。

 万が一にも落ちる心配は無い。


 同時に、ルクスが動く。

 屋根を蹴り、迷う事無くイノスの方へ飛び込んだ。

 屋根の斜面を走って追いつくと、屋根が途切れて落ちそうになる。

 同時にイノス先輩を抱き、屋根の端に片手でぶら下がった。


 私はそれを見計らい、魔力縄を切って踵を返した。


「どうして、私を?」

「馬鹿野郎。俺が、お前を選ばないわけがねぇだろうが!」

「……すいません。私はまた、足手まといになってしまいました」


 イノス先輩はルクスの胸に顔を埋め、謝罪の言葉を口にする。


「ふん。そう思うなら、これからはいつも俺の手が届く場所にいろよな」

「はい……」


 私はそのやり取りを見届けて、屋根から飛び下りた。

 背中のマントに、魔力の芯を通して骨代わりにする。

 マントが風に煽られ、私の体を浮き上がらせた。

 そうして、私は夜の闇の中を飛び去った。




 私はしばらく飛ぶと、ある家屋の屋根へ下り立つ。

 そこには、双眼鏡を目に当てる初老の男性が立っていた。

 昨日、私を脅した人物である。


「お楽しみいただけましたか?」

「ああ。面白い趣向だ。まさか、依頼した仕事以外に、我々の活動までこなしてしまうとはな。素晴しいの一言に尽きる」

「それはようございました。アルマール公」


 彼の正体はアルマール公爵。

 国衛院の院長であり、そしてルクスの父親である。


 私は彼に「漆黒の闇に囚われし黒の貴公子」の正体を黙っていてもらう条件として、イノス先輩から証拠品を奪うよう命令された。

 そして、王都を警備するイノス先輩から指紋の写しと杖を盗み出した。

 そのついでにイノス先輩を捕らえ、今しがたの茶番を演じたのである。


 何故彼がそんな事を命じたかと言えば、それは国衛院に発足した秘密組織の活動のためである。

 その組織の名は、ルクスとイノス見守り隊。

 二人のいちゃいちゃする様を遠くから眺め、甘酸っぱい気分に浸る事を目的とした秘密組織である。

 そのためならば、足が不自由な女の子から杖を取り上げる事も厭わない非情の組織である。


 組織のメンバーはアルマール卿を中心とした年配の方々だ。

 全員、国衛院の中枢人物と言ってもいい。

 見守り隊は、国衛院その物を手中に収めた強大な闇の組織なのである。


 正直、私がその話を聞いた時――

 なんちゅうしょうもない事しとるんや。

 と思った。

 国衛院って、実は暇なんだろうか? と呆れてしまったくらいだ。

 しかし、私はそのしょうもなさの中に魅力を見出してしまった。


「君を誘ってよかった。特別顧問として、これからも我々の活動の手伝いをしてほしい」

「はい。わかりました」


 結果、私は国衛院の闇に屈してしまったのである。

 あとがきに書いてしまった手前、これを話にするつもりはなかったのですが、次の話の前にワンクッション置いておきたかったので、書かせていただきました。

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