六十一話 喧嘩上等許可
ビッテンフェルト家。
食堂で夕食をとっていた時の事。
「というわけで、サハスラータへ赴く事となりました」
私は、昼間の事を父上に話した。
「そうか……」
父上は難しい顔つきになり、ナイフとフォークを置いた。
今日の夕食はステーキである。
「もしやとは思うが、強制されたのではないだろうな?」
片眉を上げて、父上は訊ね返す。
「いえ、そんな事はないですけど」
「ならいいが……」
父上はどこか不機嫌そうな様子で返す。
食べかけのステーキにも手を付ける様子がない。
「あなた、心配なのですね」
母上が指摘する。
すると、父上は視線だけを巡らせて母上を一瞥する。
「そうだな……」
一言肯定した。
「これが他の国ならば、何も心配はいらん。だが、サハスラータは別だ。あそこの王とは因縁がある」
「それは、父上がサハスラータ王を追い回したからですか?」
「そうだ。それを恨み、お前を害そうとするかもしれぬ。それが心配だ」
父上が不安を口にするのを初めて聞いた。
それくらい、危ないという事だろうか。
「多分、大丈夫ですよ。先輩方もそう言ってましたし」
私が宥めると、父上は一つ唸った。
「……もしも、何かあった時は形振り構わずに逃げろ。あの国の重鎮であろうと、構わず叩き斬って逃げろ。たとえ、国際問題になってもいい。自分の身の安全だけを考えて動け」
なんて物騒な……。
「いや、流石にそれはちょっと。国に迷惑がかかりますし、そうなったらビッテンフェルト家もどうなるか……」
「家の事などどうでもいい。お前が無事ならば」
ああ。
私、父上に愛されてるんだな。
「それは隣国の、今回の事に限ってじゃない。もし、上位の人間に意に沿わぬ事を強いられた時も遠慮は要らぬ、逆らってでも自分の思う通りに行動しろ」
「それだと本当に家が危ないじゃないですか」
「そうだな。私も家は守りたい。だから、私はどんな人間に何を言われようと、恭しく応じている」
「説得力無いですよ、父上」
「そうでもない。これは、私の話だからな。私はお前達を守りたい。私の責任でお前達に災禍を及ぼすような事はしたくないのだ。
だから、お前達が自分を守るために行動するのなら、それがどんな結果になろうと私は構わない。
その相手が隣国の重鎮であろうと、上位貴族だろうと、王族であろうと……。構わない、好きなように振舞え」
それって、嫌な事をされたら誰が相手でも構わずに喧嘩売ってもいいって事?
喧嘩上等なの?
「ふふふ」
母上が小さく笑う。
「私には喧嘩する相手なんてありませんよ」
母上は私を見る。
「でも、クロエ。私はお父様と同じ考えですよ。あなたが自分の身を守るためなら、どんな事をしても私は構いません。家の事など気にせず、あなたはあなたの生きたいように生きなさい」
さっき感じた事は、ちょっと違ったみたいだ。
私は、両親に愛されているんだ。
「わかりました。じゃあ、本当にどうしようもなくなった時はそうします」
私は答える。
けれど、これは嘘だ。
家族を守りたいのは、父上と母上だけじゃない。
私だって、家族は守りたいのだ。
「ああ、気にする事は無い。武力という物は、どこに行こうと必要とされる物だ。この国にいられなくなっても、どこでだってやっていける」
「そうですね。鍋と焚き火があれば料理も作れますもの。あ、材料は必要ですけどね」
母上が冗談めかして言い、笑った。
「なんて話をしていたら、結婚したての頃を思い出しますね」
「ん?」
「ほら、あなたの山篭りについて行った事があったじゃありませんか」
「ああ、あったな」
「あなたの背負う椅子に座って、山道を登っていきましたね」
「鍛錬のために丁度よかったんだ。少し、軽すぎるくらいではあったが」
「方位磁石が壊れている事に気付いて、そのまま遭難しましたね」
「ああ。山の動物と山菜を取りながら飢えを凌ぎ、川に沿って歩いて何とか下山したのだったな。遭難していながら、あんなに美味い物が食えるとは思わなかったな」
「まぁ、お上手ですね。今更口説かれなくとも、私はもうあなたの物ですよ。ふふふ」
やばい。
二人が固有結界を発動し始めた。
砂糖になるぅ〜。
私は二人が本気を出す前に、ステーキを急いで食べるとその場を後にした。
危ない危ない。
あのままでは、私の具体的な誕生秘話まで語られそうだった。
両親のそういう話って、聞いていると精神的なダメージを受けるんだよね。
どうしてだろう?
しっかし、あんなに仲がいいのにどうして私は一人っ子なんだろうか……。
不思議だなぁ……。
ビッテンフェルト家のミステリーだよ。
後日、隣国へ向かう色々な打ち合わせが終わったのだが……。
本来、隣国へ赴く際は戦力になりそうな護衛の人数は制限されるが、その代わり基本的に自衛用の武器防具などの携行を許されている。
なのだが、私が武具を持つ事だけはサハスラータから禁じられた。
その上、両手足に枷をつけるよう言われたらしい。
流石に使節の人がそれは突っぱねてくれたのだが……。
サハスラータはどれだけビッテンフェルトを恐れているんだよ。
どんだけ〜。