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五十九話 乙女のピーピング

 狼煙を上げて十数分で、国衛院が教会へ到着した。

 盗賊団のボスは自殺防止のために過剰なまでに拘束され、意識を失ったまま連行されていった。

 保護されたイノスとルクス、それに私も事情聴取のために一旦国衛院の本部へ向かう事になった。




 国衛院本部は、砦としても機能するような堅牢な造りの大型建造物だった。

 石造りの二階建てで、上から見ればコの字型をした建物だ。


 その本部の二階。

 隊員の休息場を兼ねたバルコニー。

 すっかり夜になり、星空が見下ろすその場所に二人の男女がいた。


「ルクス様。呼び出して申し訳ありません。少し、うかがっておきたい事がございましたので」

「お、おう。何だよ?」


 淡々と告げるイノスに対して、ルクスは居たたまれない様子で返す。


「あの言葉は、本心だったのでしょうか?」

「あの言葉って?」

「私に好意を持っている、という旨の発言をしましたでしょう?」

「あ、ああ。あれか」

「あれは、本心だったのですか? それとも、あの男の隙を誘うためにあえて仰った戯言なのでしょうか?」


 ルクスは黙り込む。

 何度か口を開き、言葉を発しようとするが、その度にすぐ口を閉じた。

 そして、一度深呼吸してからイノスの問いに答えを返す。


「戯言で言えるかよ、そんな事……。……愛してる。そんな言葉を向けたのは、お前だけだ」

「そうですか……」


 沈黙が二人の間に下りる。


「わかってるさ」


 沈黙に耐えかねたように、ルクスが口を開く。


「お前は俺が嫌いだろう?」

「どうしてそう思うのですか?」

「だって、お前の体がそうなってしまったのは、俺のせいじゃないか。嫌われて当然だ。そんな男に好きだ何だと言われても不快なだけだろう。でもな、それでもこの気持ちだけは伝えておきたかったんだ。それだけは許してくれ」


 ルクスは言いながら、苦しそうに顔を歪ませた。

 イノスは小さく息を吐き、そして言葉を返す。


「嫌ってなどおりませんよ」

「え?」

「私はルクス様を嫌ってなどおりません。そう申しました」


 イノスは澱みなく、はっきりと言い切った。

 そのまま言葉を続ける。


「私はピグマール家の者として、ルクス様を支えるように生きてきました。ルクス様に不足した部分も私が補えるように、尽力してきました。けれど、私がそうするのはそれが家の在り方であるから、という理由だけではありません」

「なら、何で?」

「私が、そうしたいと思っているから……。ルクス様のそばにいたいと思っているから……私はあなたを支えられる場所にいようと思ったのです」


 イノスは、くるりとルクスに背を向ける。


「私は恐ろしかったのです。婚約者の要を成せなくなった私が、ルクス様に必要とされなくなる事が……。だから私はあなたの伴侶としてではなく、せめてパートナーとしてあなたのそばにいられるようになりたかった」


 イノスは再び、ルクスへ振り返った。


「ですから正直に申しますと、ルクス様が私を愛していると言ってくださってとても嬉しかった……。私はこれからも、あなたのそばにいても良いと、そういう事なのですよね?」


 問われて、イノスの笑顔に見惚れていたルクスが、ハッと我に返る。


「も、もちろんだ! むしろ、居てくれなきゃ困るぜ。お前の言う通り、俺は不足だらけの男だからな。俺がこれから生きていくには、お前が絶対に必要だ」

「よかった……。夢が叶いました」

「夢? そうなのか……?」

「はい。私の夢は、ずっとあなたのそばにいる事ですからね」


 そう言った彼女の表情は、満面の笑みだった。

 普段の彼女からは想像もできない、歳相応の少女が見せる可愛らしい笑みだった。


 ルクスはその笑顔に言葉を失い、見惚れてしまっていた。




 よかった。

 どうやら、ちゃんと尻拭いはできたみたいだな。

 私は二人のやり取りをバルコニーの入り口からひっそり盗み見ると、満足してその場から去る事にした。

 ビッテンフェルトはクールに去るよ。


「ていうか、盗み見するな! クロエ!」


 ルクスに呼び止められる。


 うお、バレとるし。

 クールに去れなかったじゃないか!


 私は観念して二人の前に姿を現した。


「いい趣味じゃねぇか、クロエ」


 ルクスは威圧的な笑みで言う。


「…フッ……こいつさ…こいつを拾おうと思って」


 私はタオルを見せてルクスに言う。


「拾うも今お前が出したんじゃねぇか。っていうか、どこから出したよそれ?」


 谷間だよ。

 この季節は蒸れて汗ばむんだよ。

 流石に肌蹴るわけにいかないから応急手段で挟んでるの。


「じゃあ、ルクスの父上から貰ったこの技の秘伝書を返そうと思って」


 私はカバンから一冊のノートを取り出して渡す。

 学校帰りに追いかけたから、カバンを持ってきてしまっていたのだ。


「「じゃあ」って言っちゃってるし。それにお前、俺の親父と面識ないだろ? っていうか、これ計算の授業で使うノートじゃねぇか! 秘伝書でも何でも無ぇ!」


 渡しても問題ないノートがこれだけだったんだ。

 計算の授業は得意だから。


「えーと……次に会う時は案外お前達の敵として青コーナーに立ってるかもな!」

「青コーナーってどこだよ!」

「あばよ!」


 私は天使のように細心に、悪魔のように大胆に誤魔化してその場から走り去った。


「誤魔化すな!」




 その後、ルクスは第三部隊隊長として正式に国衛院に所属する事になった。

 しかも、イノス先輩はルクスの婚約者に戻ったという。


 ルクスの心境の変化も、婚約の話もえらくうまい具合にいったものだが。

 どうやら、それは婚約解消を望んだのが実はイノス先輩だったかららしい。


 あとでルクスから聞いた話だが。

 イノス先輩は、傷を理由に自分は婚約者に相応しくないと申し出たらしい。

 ルクスの父親はその気持ちを汲んで、解消に応じたとの事だ。

 それからルクスの婚約話が纏まっていなかった所を見ると、もしかしたらルクスの父親はこうなる事を見越していたのかもしれない。


 ま、でも、二人がまた一緒にいられるようになってよかった。

 お幸せにね。

 とりあえず、ルクス・イノス編はこれで終わりです。

 決着まで書いたせいか、ちょっと長くなった気がしますね。

 

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