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四話 父上は天下無敵にございます

  書置きの手紙に驚いて、私は思わず屋敷の外へ出た。

 すぐに追えば、まだ間に合うかもしれないと思ったからだ。

 そして馬屋の前で、旅装束に身を包んだ父上を見つけた。

 愛馬の首を撫でている。

 決意を固めたように顔を上げ、一つ頷いた。


「……行くか」


 行くな!


「父上!」


 私が声をかけると、父上は驚いた顔でこちらを向いた。


「父上、家出なんてやめてください!」

「家出とか言うな。もっと言い方があるだろう」

「じゃあ、出奔なんてやめてください」


 そんな事をされたら、学校で「お前んち、親が出奔したんだってな」ってイジメられちゃう。

 まだ学校行ってないけど。


「お前にはわからん」


 父はマントを翻し、私に背を向けた。


「私は今まで、強さを追い求めて生きてきた。最強を目指し、この国において最強と言われるまでになった。だというのに、まだ成人もしていない実の娘に負けたのだ。それがどれほどの屈辱か……お前にはわからん」


 確かにわからないけど……。

 父上がそんなにプライドを傷つけられていたなんて思わなかった。


 父上は馬に乗る。


「待ってください! 母上を置いていくのですか?」

「あいつなら大丈夫だ。私がいなくても、家を守っていける」


 それ本気で言ってるの?

 あの気の弱そうな母上が家を守っていけると思えないぞ。

 私が地獄の鍛錬を受けている時も木の影からそっと見守るだけの母上だったんだぞ。

 その信頼はどこから出るのだ?


「ここを出て、どうするつもりなのですか?」

「修行する。そして、いつの日かお前に打ち勝てる力を養い、再びお前とまみえる事となろう。その時は、敵同士だ。いいな?」


 一つもよくないよ。

 私は一つ溜息を吐いた。


 思った以上に、父の心の傷は深いらしい。

 どことなく表情も荒んでいる。

 このまま行かせたら次に会った時に、久し振りだなとか言って敵として立ちはだかりそうだ。


 どうすればいいんだろう?

 父上の傷ついた心を慰めるには……。


 少し考えて、私は口を開いた。


「父上。私に勝てないのは当然ですよ」

「何だと?」


 馬上で振り返る父上。

 その父上の顎を奇襲気味に飛び膝蹴りで捉えた。


「ぬふっ!」


 父上がバランスを崩し、落馬する。


「ぐぅ……」


 馬上の不利を知れ。


 そのまま駆け出されると困るからね。

 ちょっと下りてもらった。


「父上は今、私を倒すべき敵として見ているのですよね」


 訊ねると、父上は立ち上がって私を睨みつけた。


「そうだ。お前は今、私にとって倒すべき敵だ。武人として、敗北の屈辱は雪がねばならない」

「そもそも、それが間違いなんですよ」

「どういう事だ?」

「子供って、自分の少し先の姿なんですから。だから、勝てないのも当然なんです」

「?」

「つまり、私は父上と同じ人間みたいなものだって事です」

「お前と私は違う」

「んー、それはそうなんですけど……。何て言えばいいんでしょう。えーと、私は父上が居たからこの世に生まれる事ができたんです。この身には父上の血が流れていて、だから父上の強い部分もこの体には受け継がれているんです」


 私は自分の胸に手を当てた。


「父上の強い体を受け継いで、父上が育てて、父上が自分の強さを教え込んだ人間なんです。つまり私は、父上が自分の強さから作り上げた強さの集大成なんです。だから強いのは当たり前で、その強さは私の強さでもあり、父上の強さでもあるんです」

「お前の強さが、私の強さ、だと?」

「はい。そうです。

 今まで父上は、色んな敵と戦ってきたのかもしれない。強さを競ってきたのかもしれない。

 負けてしまえば悔しいかもしれない。最強の座位を追われるかもしれない。

 でも、私はそんな敵とは違います。

 だって、私自身が父上と同じようなものなんですから。

 そうでしょう?」

「そうなのか?」


 ちょっと懐疑的だ。

 でも、なんとなく私の言いたい事は理解してくれているみたいだ。

 少しの納得も見える。

 もう一押しだ。


「そうですよ。だから、私に負けても何も恥じる事は無いのです。それに、私にとって父上はこの世で天下無敵の存在なんですから……」

「天下無敵?」

「私は、父上以上に強い人間を知りません……」


 本当に思っている事だ。

 記憶を思い出す前のクロエは、父親にどれだけ辛い鍛錬を課されても、父親への尊敬を忘れなかった。


 とてもとても父親が好きで、自分もこうなりたいと純粋に思い続けていた。

 記憶を思い出してしまった今でも、その気持ちは忘れていない。

 記憶を思い出すまでのクロエも、私には違いないのだから。


 だから、今の言葉は本気で思っている事で、純粋に心の中を吐露してしまった物だ。

 正直、恥ずかしい。

 思わず顔が俯き、顔が火照った。


「だから、だから……」


 顔を上げられないまま、言葉を続ける。


 あれ? 私、何を言おうとしていたんだっけ?

 やだ、ちょっと、目が熱いよ。


「行ってほしくないんです……。父上に、置いていかれたくないんです……」


 言葉が勝手に口を衝いて出た。

 説得するために用意していた言葉とは違う。


 何だろう?

 行かないでっていう気持ちが胸いっぱいになってる。

 苦しいくらいだ。


 不意に、頭に温かい物が乗せられる。

 顔を上げると、父上の笑顔が見えた。

 どうやら私は、頭を撫でられているらしい。


「私は、なんともくだらない考え方をしていたようだな……。正直に言うと、お前の言う事は難しくていまいちよくわからん。だが、出て行く気持ちは失せた。馬鹿らしい事をしようとしていたと、今は思ってしまっている」

「父上……」

「帰るとするか」

「はい」


 父上に抱き上げられ、私は屋敷に戻った。

 その途中、父上の胸元に顔を埋めて目を拭った。

 ちょっと見せられそうにないので、そのままずっと顔を上げられなかった。




 ちょっと予定外はあったけど、何とか父上にわかってもらえたようだ。

 やっぱり、腹を割って話さないとね。

 父上は家出を取りやめてくれて、家族崩壊の危機は回避されたのだった。


 その後、「パパ、だーい好き」作戦もつつがなく成功した。

 それ以来、厳しさが和らぎ、父上の私に対する態度も全体的に柔らかくなった。

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