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三十六話 まだ踊らない舞踏会

 細かい所を修正いたしました。

 イノス・ピグマール。

 彼女はライバル令嬢の一人である。


 格闘ゲームでは、足が悪い事もあって、彼女は全キャラ中で移動能力が最低のキャラクターだった。

 基本的な移動速度も遅ければ、ダッシュもできず、ジャンプも低く横幅も短い。

 相手の飛び道具をジャンプでかわすのだって、少しでもタイミングが狂えば失敗する。

 ただし、そんなマイナス点を補ってあまりある魅力が彼女にはあった。

 彼女はいわゆる投げキャラと呼ばれるキャラクターなのだ。


 投げキャラとは、高威力のコマンド投げを有し、その威力だけを攻めの要にできるキャラクターの事である。

 基本的な特徴としては、機動力が低く、その代わりコマンド投げの威力が高い。

 戦法が近付いて投げるだけなので、コンボなどの複雑な操作を必要としないのも魅力だ。


 彼女自身の特徴であるが。

 前述した通り、一般的投げキャラの例に漏れず機動力は低い。

が、その代わり、匍匐ほふく移動という特殊動作がある。

 地面を這って、ジリジリと前後に移動できる動作である。上、中段をスカす事ができ、何より大半の飛び道具を気にせず移動できる。

 当たる飛び道具は王子の地を這う飛び道具だけである。

 足の悪い彼女の顔面に飛び道具をぶち当てる王子は、鬼畜である。


 あと、足が悪いためにKボタンがキックではなく杖による殴打になる。

 なので、彼女はマリノーと同様に武器を使うキャラクターでもあるのだ。

 そして彼女最大の武器であるコマンド投げだが、P、Kどちらにも存在する。

 Pならば相手の腕を極める関節技。Kならば相手の足を極める関節技だ。

 威力は他ゲームの投げキャラに比べると少し物足りないが、それ以上の魅力が彼女にはある。

 コマンド投げを当てると、P,Kの対応した部位を数秒間使用できなくなるのだ。

 つまり、相手の攻撃を封じてしまえるのである。


 超必殺技は腕と足を両方極める複合関節技。

これを使うと相手は何の攻撃もできなくなる。が、その代わり、使うとイノスが足を押さえてうずくまる硬直がわずかに発生する。

 もう一つの超必殺技は、相手を上空へ放り投げ、両腕を使って逆立ちの形で跳躍。空中で相手の首へ足を絡め、そのまま逆立ちの体勢で地面に落ちるという技だ。

 動画などでこの技を見ると、画面が「ゲェー!」という視聴者からのコメントで埋め尽くされる。

 相手の攻撃を封じる事はできないが威力はこちらの方が高く、主に腕を使っているおかげか蹲る硬直動作がない。


 ちなみに、通常コマンド投げのコマンドはレバー一回転で、超必殺の場合は二回転となっている。

 作成したスタッフは、乙女ゲーのユーザーに何のスキルを求めていたのだろうか?


 固有フィールドはダッシュができるようになるというもの。

 痛みを消す魔法で無理やり動いているという設定があるらしい。なので、ゲージがなくなると直後に蹲る。


 それから、自殺技がある……。

 使うとそのラウンドを落とす代わり、次のラウンドでゲージが全快になるというものだ。


 投げ主体なので、がっつりとした接近戦を得意とするグラン親子に滅法強い。

 幼女の手を容赦なく捻る、非情な女なのだ。




 そんな彼女に関節を極められそうになり、私は構えをとって露骨な警戒を見せた。

 来るなら相手になる、という意思表示だ。


「もう一度聞きましょう。何のつもりですか? イノス・ピグマール様」

「そんなに身構えなくともいいですよ。さっきも言った通り、私は試したかっただけですから」

「何を?」

「不意を打てば、あなたを捕縛できるか否か……」

「なら次は、不意を打たなくても捕縛できるか否かを試すつもりなのでは?」


 イノスは私に背を向けた。


「いいえ、私は自分の実力を理解していますし、あなたの実力も知っているつもりです。きっと、不意打ちの機会を逃せば私に勝つ見込みはないでしょう」

「私の実力を知っている……? 初対面のはずですが?」

「私の名を知っているのでしたら、私の所属先もご存知でしょう?」

「国衛院。第三実動部隊。役職は副隊長」


 国衛院は、国内で起こるあらゆる事件に対応するための組織だ。

 要は、日本における警察組織を強化したような物である。

 町で起こった小さな喧嘩騒ぎから、国内に侵入したスパイの排除まで、活動は多岐に渡る。

 国を守るためならば、あらゆる事を行う組織である。

 警察というよりも、CIAやFBIと言った方が近いかもしれない。


「そこまで知っているのですか。あなたは思った以上に侮れない人のようだ。これは資料にあるあなたの重要度を上方修正する必要がありますね」


 おっと、余計な事を言った。

 イノスの役職はゲーム知識だったか。


「ならばわかると思いますが、私は役職柄この国の有力者の情報を知り尽くしています」

「だから、私の事を知っていた?」


 イノスは頷く。


「はい。そして国衛院にある情報と実際の人物の情報をすり合わせておこうと今回は少し接触させていただきました」


 少しにしては、ずいぶんと激しい接触だと思うけどね。


「で、実物の私に対する感想は?」

「予想以上でした。噂は本当のようですね」

「それは、どういう?」


 私は恐る恐る訊ねた。

 私に関する噂なんて「あれ」くらいの物だ。

 もう一つ、父上に勝ったという物もあるが、そちらはどうしてかあまり話に上がらない。


「勿論、あなたが齢十二歳でビッテンフェルト卿に勝利したという方ですよ」


 その言い方だと、やっぱりもう一つの方も存じているわけですね……。


「今日は、良い機会に恵まれました。ではまた、次は学園で会う事になるかもしれませんね。良い夜を」


 それだけを言い残し、イノスは杖をついて廊下を歩き去って行った。


「良い夜を」


 その背中に、私も言葉を返した。


「な、何だったんだろう、あの人?」


 イノスの背中が完全に見えなくなると同時に、アルディリアが訊ねてきた。

 そういえば居たね。アルディリア。

 イノスを警戒しすぎて、一緒に居た事を忘れていた。


「でも、凄かった。クロエじゃなかったら、抜け出せなかったんじゃない?」


 ふぅん、よく見てるじゃない。


 確かに、イノスの技量は高かった。

 あれは起き上がろうとする相手の力を利用して、関節を極めて押さえ込む技だ。

 だから私は、相手の力に逆らわず、起き上がるのではなく前に倒れこむ形で前転した。

 あれだけで技を抜け出せる予定だった。

 けれど、イノスはそれを見越すように次の技を仕掛けようとしたのだ。

 すぐに気付いて何とか外す事はできたが、抜け目のない人だ。


「でも、これで目をつけられたかもしれないね」


 重要度の上方修正。

 何の重要度なんだろうか?


 私は、彼女が去っていた廊下へ目を向けた。




 その後、私達はイノスから教えてもらった方向へ行き、別の入り口からホールへ戻った。

 そして、ホールを見回す。

 アードラーを発見する。

 と同時に、アードラーと目が合った。

 再び逃げ出すアードラー。

 今回はさっきと違い、あまりにも距離が開いていたため、追う余裕が一切なくすぐに見失った。

 もしかして、ホールで待っていればまた別の入り口から出てくるのではないか、と思ったのだが……。

 どうやら、アードラーはこちらの動向をどこからか監視しているらしく、ホールに居座るとホールに戻ってこなかった。

 もう一度追いかけて、廊下に逃げたのを確認してからアルディリアと挟み撃ちにしてみたのだが、私はそのままアルディリアと鉢合わせた。

 公爵家、それも王子の婚約者である彼女の事だ。

 城にもよく通っていたはずだ。

 きっと、城の地理は私達以上に熟知しているに違いない。

 抜け道なども知っているのだろう。


「くっそぉ、捕まらねぇ……」

「クロエ、言葉が汚いよ」

「あいつはメタル系なのか? 倒したら経験値をたくさんくれるのか?」

「言っている意味がわからないよ」

「どうしようか……」

「本当に……」


 本当に、どうすれば捕まえられるんだろうか。

 いや、捕まえたいわけじゃないけど。

 私は話をしたいだけだ。

 でも、話をするためには、話のできる距離にいかなくちゃならない。

 気付かれずに、近づければいいんだけどなぁ……。


 でも、私は目立つんだよね。

 容姿的な意味ではなく、身長的な意味で。

 他の参加者と比べても、私の背は抜きん出て高い。

 ホールのどこかにいるであろう父上に協力してもらって、隠れながら近付こうか。

 でも、そんな姿を見られて「パパに甘えているんだわ」なんて周囲から思われるのは嫌だな。

 あー、私が私だとわからなくなる方法があればいいのに……。


「あっ」

「どうしたの? クロエ」

「良い事思いついちゃった」

「え、どんな?」

「私にいい考えがある!」

「うん、だからどんな?」


 私はアルディリアに思いついた事を説明する。


「うまくいくのかな……」


 開口早々の感想がそれだと自信が萎えそうになるよ。


「一応試してみる。ダメなら他を考えるよ」


 とにかく今は、思いついた方法を試していく他ない。


 猟師は獲物を取る際、自然と同化するという。

 なら、私もこの舞踏会に同化して、私をクロエだと認識させないようにすればいいのだ。

 クロエの感覚はもはや狩りです。

 アードラー狩りの女、クロエ・ビッテンフェルト!

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