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三十四話 危機回避の代償

 恋という物は、障害が大きければ大きい程に燃え上がるものらしい。

 なら、その大きな障害が仕事しなければどうなるか。

 恋が進展しないのだ。


 カナリオとリオン王子のシナリオは、ある意味でアルディリアのシナリオと対極を成した話である。

 というのも、王道の少女漫画みたいな展開なのだ。

 主人公の前にはライバルや身分の差、他の格好いいライバル男子などのさまざまな恋の障害が立ち塞がり、それでもめげずに頑張り障害を乗越えて、最終的には王子様との恋愛を成就させる。

 要約してしまえばそんなサクセスストーリーである。

 しかし逆に言えば、それらの障害一つでもなくなってしまえば、話が進展しなくなってしまうのである。


 そしてアードラーはシナリオの中で意地悪担当だ。

 少女漫画で言う所の「トゥシューズの中に画鋲が(白目)!」という展開を引き起こす側の人間なのだ。

 相手の男性はそんな仕打ちを受ける主人公を守ってあげたいと思い、心弾かれていくという寸法だ。


 フィクションでも現実でも、こういう障害があれば恋は燃え上がるのだ。

 が、今のアードラーは意地悪係を放棄してしまっているので、いまいち恋が燃え上がらないわけだ。


 いや、今回の場合は王子様が身分の関係で足踏みしているせいか。

 元々生真面目な人間だから、余計に自分の恋へ踏ん切りがつかないという所だろうか。

 自分の気持ちを優先して、国の秩序を乱す事をしてはならないと思っているのだろう。

 本来なら、そんな王子をアードラーが煽る事で、売り言葉に買い言葉っぽくあの宣言をするのだ。


 ある意味、リオン王子のルートはアードラーがカナリオイジメをしなければシナリオが成立しないのである。

 そして今のアードラーは、私との友情を優先しているのでカナリオをイジメない。

 カナリオをイジメるくらいならば、闘技の鍛錬で爽やかな汗を流す方を選ぶだろう。


 あれ? ティグリス先生のルートに引き続いて、今回も私のせいでシナリオがおかしくなってるんじゃないのか?

 自分の死の回避も大事だけれど、これはお詫びの意味でも何とかしなくちゃいけないなぁ。


 ちなみに、公然と自分の好意を宣言する王子だが、それでも身分の差は解決しない。

 社会の体制なんて、気持ちだけでは何も変えられないからね。

 しかしカナリオを王城へ招待し、その場で都合よく彼女が女神に仕える巫女の家系であると発覚する事であっさり解決する。

 女神シュエットの血を分けた巫女の聖なる血筋は王族にも匹敵するらしい。

 まぁ、それはかなり先のイベントではあるが。


 なんて事を考えていると、アードラーはカナリオへ目を向けた。

 カナリオが警戒して顔を強張らせる。


「どきなさい」

「え?」

「そこに座りたいの。どきなさい」

「は、はい」


 アードラーはカナリオを強引にどかせると、私とカナリオの間へ割り込むように座った。


「ふん」


 私とカナリオの間に陣取って座ると、彼女は両腕を組んで鼻を鳴らした。


「それで、何の話をしていたのよ?」


 アードラーは私に問う。

 話してしまっていいのだろうか?


 私はカナリオに目を向ける。

 勢い良く首を左右に振った。

 だよね。

 婚約者に話していいものじゃない。

 アードラーだって、自分の婚約者の浮気話なんて聞きたくないはずだ。


「ちょっと言えないかな」

「そう、私だけのけものなわけね……」


 アードラーはちらりと私へ目を向けると、黙り込んだ。


 ごめんよ、アードラー。

 きっと聞いても傷つくだけだから。


 しかし、本当にどうしよう。

 アードラーにカナリオのために彼女をイジメてほしいなんて頼むのも妙な話だし……。

 カナリオが変態だと思われてしまう。


 何より、王子に嫌われるだけの役をさせるのは嫌だ。

 そんな素振りはないけれど、アードラーはきっと今でも王子が好きだろう。

 長年、王子の婚約者として彼のそばにいて、性分のせいで遠ざけられてはいたが、ずっと彼に愛されたいと思っていたのだ。

 あの時「愛されたいのに」と呟いた彼女の姿は今でも忘れられない。

 そんな彼女に、王子から嫌われるような事を頼むなどできやしない。


 なら、他の方法だ。

 要は、王子に身分なんてどうでもいいと思えるような情動を起こさせればいいのである。


 愛しくて愛しくてたまらない。

 愛していると喧伝して回らずにはいられない。

 というくらいの気持ちにさせればいいのである。


 でも、リオン王子にそう思わせるにはどうすればいいのか、いまいち思い浮かばない。

 例によって思いつくのは、彼の格闘ゲームの性能ぐらいだ。


 リオン王子のスタイルは何故か拳闘だ。

 ヒットマンスタイルから繰り出されるジャブ(N弱P)は、全キャラ中で最速の弱Pである。

 連射も利くし、リーチも弱Pにしては長い方。

 他に、ショートアッパーの動作から発生する地面を這う飛び道具。

 ダッキング、スウェーの特殊動作から各ボタン追加入力で発生するパンチ技。などが特徴的である。

 ちなみに、特殊動作中はわずかながら無敵。ステップが終わるまで無敵のアードラーほどイカれてはいないが、中々の強みではある。

 対空必殺技がなく、空中からの襲撃に弱い。が、特殊動作からのパンチ技を活用すれば迎撃は十分に可能。

 ただ、普通の対空技持ちのキャラクターと比べると実際に応用するのは難しい。

 超必殺は一撃ロックの後に相手の後ろへ回りこんで後頭部を殴る技と、攻撃に合わせて強烈なストレートを見舞う当身技だ。

 固有フィールドは、全てのパンチ技に特殊エフェクトが付き、リーチが伸びるという物だ。

 いろいろと強みのあるキャラクターだが基本的に運用が難しく、玄人向けな印象のあるキャラクターだ。

 だが、使いこなせれば、運用方法も動きも格好いいの一言に尽きる。


 王子使い最強と呼ばれるバーモント(ハンドルネーム)さんのプレイは見ていて興奮した。

 1フレームの近強Pに頼るにわかティグリスをジャブで牽制しつつ削り、あえてミスを装って近付かせ、1フレームPを特殊動作で回避、追加攻撃を当ててすかさずキャンセル、超必殺でトドメ。

 というとてつもなく格好良い試合展開を見せた。

 2ラウンド目では、遠目から進みの遅い弱飛び道具を放ち、ティグリスの飛び道具当身を誘い、硬直が解けてすかさずこちらも超必殺当身。

 という、当身を当身で取る読みの強さを見せ付けた勝ち方をし、それも本当に格好良かった。

 なんというのか、いぶし銀な渋い格好良さがあった。


 正直、王子のイケメンぶりよりその戦い方に惚れてしまう。


 と、まぁ今はどうでもいい話なのだが……。


「平民が、ちょっと見ない間に大きな顔をするようになったわね」


 アードラーの鋭い言葉に、私は意識を思考の世界から戻された。


「そんな……私はそんなつもりは……」

「あなたは、所詮自分が卑しい身分の人間である事を忘れているのではなくて?」


 おいおい、どうしたアードラー。

 こんなに都合よく、カナリオバッシングを開始しちゃって。


「そんな事はありません! ただ、ビッテンフェルト様は身分を気にせずに付き合ってくださる、優しい方ですから――」

「本当に浅ましい女ね……。その優しさにつけこんで、身分のある人間に甘える卑しい女。そんな人間が私達貴族と同じ学び舎にいる事が不愉快でたまらないわ」

「言いすぎだよ、アードラー」


 アルディリアが嗜める。

 アードラーは「ふん」小さく鼻を鳴らす。


「本当に、自分に甘い人間にはとことん擦り寄っているみたいね。相応しくない……本当に、この場に相応しくない女!」


 アードラーが声を荒げた時、私達のいる場所へ一人の人物が現れた。


「この場に相応しくないのは、公衆の面前で人を貶す君のような人間ではないのか?」


 アードラーへ冷たさすら感じさせる声で言ったのは、リオン王子その人だった。


「あら、王子。お久し振りですね。ご機嫌いかがですか?」


 アードラーはあくまでも粛々とした様子で、淑女らしく挨拶する。

 まるで、今の王子の言葉をなかった事にするかのように。

 王子はその様子を不快そうに一瞥する。

 その一幕はまるで、ゲームの中で見た悪役令嬢としてのアードラーそのもの。

 闘技や舞踏の練習などでは決して見せない、令嬢としての仮面を被った物だった。


「君の声を聞き、もしやとは思ったが……。また、彼女に辛く当たっていたのか」

「彼女の思い上がりを正していただけですわ」

「彼女が何を思い上がっていると言うのだ?」

「その卑しい身が、高貴な者の心を本気で掴めると思っている所ですわ」


 あ、この台詞、この展開、覚えがある。

 王子が吹っ切って、カナリオとの関係を公然と宣言する時の展開だ。


「なら、それは思い上がりでは無い。何故なら私は、彼女の柔らかな手に心を掴まれてしまっているのだから」

「それは……」

「私は彼女を愛している。身分など関係なく、一人の女性として愛しているのだ」


 カナリオとアルディリアが顔を上気させ、信じられないという顔で王子を見た。

 カナリオはわかるが、何故アルディリアも頬を染めている?


 だけど、アードラーは特に反応を示さなかった。

 ゲームでは、彼女も信じられないという表情をしたはずだ。

 でも今の彼女はまるで「そうでしょうね。見てればわかります」というような呆れに近い顔をしていた。


「そなたこそどうなのだ? 貴い人間でありながら、誰の心も掴む事はできないそなたはどうなのだ?」


 けれど、続く王子の言葉でアードラーは顔を歪めた。

 彼女が王子を前にして、こんな感情的な顔をするのは初めての事ではないだろうか。


「カナリオを自らの狭量さで糾弾し、心のおぞましさを見せ付けるそなたに誰が心を開くと思うのだ? そなたに寄る者は、決してそなたを愛しているわけではない。そなたの地位とそれの生む利を得るために寄っているに過ぎない。顧みるがいい。そなたの行いは、心を寄せる余地もない」


 王子に言われ、アードラーは一度私を見た。

 そしてすぐに王子へ向き直り、口を開く。


「……好きになさいませ」


 アードラーはそう言うと、もう一度私を見た。

 とても悲しそうな表情だ。今にも泣きだしそうな物だ。

 そして、私達から逃げるように背を向け、去って行った。

 立ち上がり、すぐに追いかけようとして、一度足を留める。


「王子。私は、その言葉を信じてよろしいのですか?」


 躊躇いがちにカナリオは訊ねる。


「ああ。私はもう迷わない。誰が何と言おうと、私はそなたを愛している」


 王子が優しい声で返す。


 もう、二人の仲は大丈夫だ。

 多分、アルディリアのルートへ入る事はない。


「クロエ、どこに行くの?」


 アルディリアに訊ねられる。


「アードラーの様子を見てくる」

「僕も行っていい?」


 そうだね。

 アルディリアにも来てもらった方がいいのかもしれない。


 私はアルディリアを伴って、校舎裏へ向かった。

 そこは、前にアードラーが一人で落ち込んでいた場所だ。

 またそこで落ち込んでいるかもしれない。

 そう思っていたのだが、実際に訪れるとそこには誰もいなかった。


 その日から、アードラーは闘技の鍛錬に来なくなった。

 アルディリアは「王子カッケー。超男らしい」と憧れています。

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