二十九話 仔虎の一撃
今日のアルエットちゃんは白いワンピース姿。
髪の毛の色も相まって、全身真っ白だ。
そんな彼女とおててを繋ぎ、川までやってくる。
浅い川には、私達の他にも人が多く遊びに来ていた。
と思っていると、アルエットちゃんが繋いだ手を放して川へ駆け出した。
そのまま川へ、足から思い切り飛び込もうとする。
「おっと」
川へ着水する前に、私はアルエットちゃんを空中で抱え上げた。
「えー」
アルエットちゃんは首を巡らせて、不満そうに私を見る。
「いやだって、アルエットちゃん。急に飛び込んだら、苦しくなっちゃうかもしれないでしょ?」
「あれ? クロエお姉ちゃん、私の病気の事知ってたの?」
「まぁ、一応。だから、あんまり激しい運動とかしちゃダメだよ」
「大丈夫だよ。ちょっと苦しいだけだもん。お父さんもお姉ちゃんも、心配性なだけだもーん」
だもーん、じゃありません。
ゲームでしか知らないけど、明らかにちょっと苦しいって感じじゃなかったよ。
もう、今すぐにでも死ぬってかんじだったじゃないか。
お姉さん、知ってるんですからね!
「いきなり冷たい水に入ると心臓に悪いんだから。水に入る時は足からゆっくりお水をかけながら入って、冷たさに慣らさなきゃいけないんだよ」
「うーん、わかった」
この生っぽい返事はその場しのぎだろうな。
先生にも後で伝えて、言い聞かせてもらおう。
「あと、服が濡れると風邪引いちゃうかもしれないから、飛び込むのは絶対にダメ。いいね?」
「はーい」
アルエットちゃんの靴と靴下を脱がせると、彼女は川岸に座り込んで足へ水をかけた。
「きゃは、冷たーいっ!」
足に水をかけ終わると、アルエットちゃんは「もういいよね」という視線を私に向ける。
いいよ、という意味を込めて頷くと、アルエットちゃんはパッと表情を輝かせる。
ザブザブザブッ、と川を走り出した。
あかん、これはほっといたらコケる。
そう思って、私も靴と靴下を脱いだ。自分の物とアルエットちゃんの靴下をズボンのポケットに突っ込んで、私も川へ足を踏み入れた。
「切れろ切れろぉ!」
「お姉ちゃんすごーい!」
一通り水遊びして、川を上がってから。
魔力の刃を川へ滑らせて、妖星ごっこをしていた時だ。
白髪の男が私に向かって、美しい動きで飛び込んできた。
というような事はなく、どこからか子供の泣き声が響き渡った。
「うわあああぁん!」
魔力を応用した気配察知を使う本気ぶりで人がいない事を確認してから遊んでいたのだが、もしかして巻き込んでしまっただろうか?
と、ちょっと焦って辺りを見回すと、川岸で男の子がうつ伏せになって泣いていた。
盛大に泣いているのに、誰も保護者らしき人物は現れない。
「ちょっと見てくるよ」
「うん。私も行く」
私とアルエットちゃんはその男の子に近寄った。
近くで見ると、どうやら男の子は膝から血を流しているようだった。
転んで擦りむいたんだろう。
「君、大丈夫?」
ヌッと子供の前へ身を乗り出す。
「ぎゃああああぁっ!」
すると子供は一層大きな声で泣き出した。
仰向けになって、私から離れようと足をじたばたさせる。
どういうわけか、私は子供から怖がられる。
それは眼光が鋭いせいかもしれないし、体が大きいからかもしれない。
もしくは、そのどちらでもないか、そのどちらでもあるのかもしれない。
とにかく、私は子供に怖がられる。
本来ならこの子の反応の方が正常で、私に懐くアルエットちゃんは異常だ。
もしかしたら、先生と同じ雰囲気を私に感じ取ったのかもしれないな。
女の子としては嬉しくない事だが。
「お姉ちゃんに失礼でしょ!」
アルエットちゃんがビタンと子供の頬っぺたをビンタした。
うお、口と同時に手が出ている。流石は虎の子だ。
でも、すぐに暴力を振るうのは感心しないな。
拳の使いどころは選ばなきゃダメなんだぞ?
拳じゃない? そうだねぇ。
殴られた子供は信じられない物を見る目でアルエットちゃんを見ていたが、混乱の局地に陥ったためなのか泣き止んだ。
ちょっと可哀相だが丁度良いと思い、私は子供の膝に手をかざす。
魔力という物は三種類ある。
一つは無色と呼ばれる物。
これは一般的によく使われる魔力。一番ポピュラーな物だ。
行使した場所に物理現象を起こす力がある。
二つ目は黒色と呼ばれる物。
主に人の心に作用する力がある。
三つ目は白色と呼ばれる物。
人の身体を癒す力がある。
私は白色の魔力を使い、子供の膝の傷を治した。
傷が塞がり、血の跡だけが子供の膝に残った。
子供はぽかんとした表情で、傷口を見る。
「痛くない」
一言呟く。
多分、この子は平民の子だ。
だから、魔法が珍しかったのだろう。
「お礼は?」
アルエットちゃんが言いながら、サッと手を上げる。同時に、男の子もサッと頭を庇った。
私はアルエットちゃんの上げられた手を掴む。
だから暴力はダメだって。
男の子へ目を向けた。ビクッとされる。
傷つくわぁ。
「別にいいよ。怖いのは知ってるから。ほら、行きなさい」
「あっ……」
男の子は立ち上がる。
「……ありがとう」
そして小さく呟くような声でお礼を言うと、そのまま走り去って行った。
「よかったね」
「よかったよ」
私はアルエットちゃんの頬に自分の頬を寄せる。
アルエットちゃんはくすぐったそうに笑った。