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二十六話 ツンデルヤンデレ

 ティグリス先生は一途な人間であり、今でも亡くなった奥さんの事を愛している。

 そんな二人の間に生まれたのが、アルエットちゃんだ。


 色々な情報を集めて、改めて判断した結果、ティグリス先生はゲーム中であっても他の女性になびかない人間であろうという事が判明した。

 ならば何故、ティグリス先生は攻略されてしまうのか?

 簡単な話だ。

 あれはティグリス先生が攻略されているのではなく、アルエットちゃんが攻略されているのだ。


 今までアルエットちゃんと接してきてわかった事だが、彼女は多分母親を恋しがっている。

 そんな彼女がある日、二人の少女と出会う。

 二人はアルエットちゃんにとても優しく接してくれる。

 アルエットちゃんはそんな二人の内、どちらかが母親だったらいいのに、と思うようになるのだ。

 そして、アルエットちゃんは父親に言う。

 あの人がお母さんだったら、いいのにな。と。

 それはただのきっかけかもしれない。

 娘が望んでいるのなら、と先生が次の恋を考えるための小さなきっかけというだけの出来事かもしれない。

 でもその結果、先生は真剣にどちらかの少女を愛するようになる。


 あくまでも今は、まだ可能性の一つでしかない。

 でも、その可能性は高いんじゃないかと思われる。

 そう囁くのだ、私のゴーストが。

 だからゲームでのあのルート、ティグリス先生の好感度を上げているようで、実際の所はアルエットちゃんの好感度を上げていたのではないか、という話だ。


 そういえばゲームのでもアルエットちゃんの「お姉ちゃんが、お母さんだったらいいのになぁ」という台詞が、攻略のネックだった。

 好感度とミニゲーム勝敗のポイントが満たされた状態だった場合のみ、アルエットちゃんはこの台詞を言うのだ。

 この台詞を聞けたという事は、ティグリスの攻略が完了したという事なのである。

 つまり、アルエットちゃんの心を掴めれば、マリノーはティグリス先生を攻略できる。という事だ。


 なら簡単だ。

 対策は決まった。

 マリノーにアルエットちゃんと仲良くなってもらえばいいだけだ。

 お菓子をあげて、可愛がればいいだろう。

 幸い、カナリオはティグリス先生のルートへ入り込んでいるわけではない。

 対抗する人間もいないから、じっくりと好感度を上げられる。

 邪魔者はいない。

 それで、マリノーお姉ちゃんがお母さんだったらいいのになぁ、と思ってもらう。

 そうすればマリノーはティグリス先生の心をゲットできるはずだ。


 ……

 …………

 …………あれ?

 ちょっと待った。

 つい最近にアルエットちゃんから、お母さんだったらいいのになぁ、って言われている人間がいなかっただろうか?


 ……まぁ、私なんだけどね。


 つまり何だ。

 今の私はカナリオの代わりに、マリノーの対抗馬としてシナリオに入り込んでしまったって事じゃないのか?


 間違いない。

 そもそも、マリノーが私を殺しに来た時点でおかしいのだ。

 あれはカナリオが先生を攻略した後で起こるイベントなんだから。

 前にも思った通り、私とマリノーの友好関係があまり深くない事も理由の一つであるが、そもそも私がティグリス先生の好感度を上げなければあれは起こらなかったはずなのだ。

 そして私は、ティグリス先生の好感度を上げていない。

 上げたとすれば、アルエットちゃんの好感度ぐらいだ。

 あの頃の私は、アルエットちゃんが可愛くて仕方がなく、会うたびに構い倒していた。

 それで好感度が上がったのだろう。


 やっぱり、アルエットちゃんの好感度が関係している事は確実だ。

 それはわかった。

 けれど今重要なのは、私がティグリス先生をカナリオのポジションで攻略してしまっている事と攻略の条件を満たしてしまっているという事だ。


 もしかしてマリノー、詰んでない?




 調理実習の時間。


「先生、どうですか?」


 作った料理を持って、マリノーがティグリス先生へ声をかける。

 今日の課題はハンバーグ。

 タネは五人共同で、焼きは各人がそれぞれ小さなフライパンを使って焼く事になっていた。

 今回、私はようやく調理に参加させてもらえた。

 肉を混ぜたのは私だ。

 材料と鍋も取りに行ったし、腕力家大活躍である。


 先生がマリノーの作ったハンバーグに串を刺す。

 その串を抜いて眺めた。


「焼き色も良いし、火も通っている。満点だな」


 先生は微笑んで答える。


「あ、ありがとうございます」


 マリノーは頬を染めて礼を言った。

 ああ、あれはイカれとるわ。


 声を交わし、褒められ、笑顔を向けられる。

 それがとても幸せな事であるように、彼女の表情は穏やかだ。

 その表情だけで、どれだけ先生が好きなのか伝わってくるようだった。

 とても好きなのだ、とよくわかる。

 そしてその気持ちが強すぎるから、彼女は鬼に落ちた。


 日本では古来より、女性は愛情によって鬼になると言われてきた。

 女性は情が深く、それゆえに鬼の如く恐ろしい所業を成す。

 それは今も昔も、世界すらも超えて、変わらない事なのだろう。

 さしずめ、彼女は般若面だ。

 般若面は女性が嫉妬によって鬼となる最中を表現した物で、マリノーの状態はそれに合致している。

 ゲームでの彼女は愛情のために悩み続け、その末に友人を殺めようとした。

 しかしその結果、愛しい人を傷付けてしまった。

 そして、それを悔いて償おうと思うくらいには人間を捨てていなかった。

 人と鬼の境目に、彼女はいたのだ。


 私の視線の先で、幸せそうにしている彼女もまた同じ。

 彼女はどうしようもなく、おかしくなってしまうくらいに先生が好きなのだ。

 そしてもう、彼女は鬼にならない。般若のままだ。

 好きだという気持ちだけが残っていて、それが届かない事に苦しんでいる。


 そんな彼女に、私は諦めろなんて言えない。

 たとえ、状況が彼女に味方していなくてもその気持ちを叶えてほしいと思っていた。


 傾向と対策。それを考えて、彼女には手が無いとわかっている。

 でも、傾向と対策をしっかり考えたとしても、格闘ゲームの勝敗は揺れるもの。

 どんなに勝つ方法を研究したとしても、必ず勝てるとは限らない。

 弱キャラと呼ばれるキャラクターでも、強キャラに勝つ事はある。

 魔法の数字27って奴だ。


 何故なら結局の所、最後に物を言うのは自分自身プレイヤースキルなのだから。

 ある短編漫画が好きで、なんとなく般若の話をつっこんでしまいましたが、あれは恋愛対象へ害意が向いて初めて活きる話であって、この話の場合は合っていないかもしれませんね。

 一応、納得できるように工夫して書いたつもりなのですが……。

 納得できるようになっているかは自信がありません。


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