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二十三話 真・ビッテンフェルト流闘技

 ★クロエ視点


 私は王城へ向けて、黒嵐を走らせた。


「「それにしても、何でアードラーさんにタイプビッテンフェルトが使えたのでしょう」」


 通信機から先輩の声が聞こえる。


「どういう意味ですか?」

「「タイプビッテンフェルトはビッテンフェルト流の闘技を使える者にしか使えないはずなのです。頼まれてダメ元で調整しましたが、本当に使う事ができて少し驚いています」」

「え? 当然ですよ。だって、アードラーの闘技はビッテンフェルト流ですから」

「「え?」」


 先輩とチヅルちゃんの声が重なった。


「「見ている限り、原型を留めていないのですが……」」


 原型は留めていないが、実際ビッテンフェルト流だ。

 イェラの闘技もそうだし、ヤタの仁王みたいな構えもそうだ。


「戦い方の個性という範囲を超えているようにも思えますけどね。でも、そんな尖った個性からビッテンフェルトの要素を汲み出して作動させるものを作るなんて先輩はすごいですね」

「「……想定していませんでしたが、ありがとうございます」」


 複雑そうな声で先輩は返した。


「「むしろ、実は動作補助が馴染むとビッテンフェルト流に限らず誰にでも扱えるとかありませんよね……?」」

「「…………」」

「…………」


 しばしの沈黙。

 その沈黙を破ったのは先輩だった。


「「……いえ、ちゃんと動作確認はしました。一般的な闘技者ではそもそも作動せず、ビッテンフェルト流闘技者にしか扱えない事は実証済みです」」

「なるほど。ビッテンフェルト流闘技の懐は広い。そういう事ですね?」

「「そういう事です」」


 解決した。

 私と先輩は「HAHAHA」と笑い合った。


「「そうなんですかねぇ?」」


 チヅルちゃんが懐疑的な声で呟いた。


 ★ビッテンフェルト公視点


 約一時間前。


 王のいる玉座の間。

 そこに、国衛院の隊員が走りこんできた。

 王を前に跪く。


「暴動はどうなっている?」


 王が隊員に訊ねた。


「はっ。未だ鎮圧の見通しは立っておりません。刑務所が襲われ、収監されていた囚人達が脱走。彼らが加わった事で、一時収束を見せていた暴動が勢いを取り戻しました」

「何たる事だ……」


 王は両目を手で覆い、天井を仰いだ。


「これでは、民への被害が拡大してしまう」


 王は深く息を吐いた。

 しばし天井を仰いだままだった王が、再び国衛院の隊員へ目を向ける。


 その時にはもう、王の顔に憂いはなかった。

 決断した男の顔である。


「フェルディウス」

「はっ」


 王が呼ぶと、隣に控えていたフェルディウス公が返事をする。

 相変わらず、陰険な顔をした奴だ。


「城にいる軍の人間を暴動の鎮圧へ回したい」


 フェルディウスは一瞬だけ眉根を寄せる。

 あまり了承したくない事だったのだろう。

 それでも王の意を汲んで頷いた。


「はい。では、全戦力の三分の一を向かわせます」

「いや、ビッテンフェルト公の部隊を除く全てだ」

「それは……」


 フェルディウスは今度こそ渋面を作った。


「危険です。陛下の身の安全が保障できなくなります」

「最大戦力のビッテンフェルトを残す。それでなんとかなるだろう。それに……」


 王は言葉を切り、隣に立つフェルディウスを見上げた。


「頭が潰れても、体が無事なら我が国は動く。それはこの国の自慢の一つでもある」

「戯れであっても、そのような事は言い召されるな」


 フェルディウスが珍しく王に語気の強い声を向けた。


「頼りにしているという事だ」

「…………」


 フェルディウスが黙り込んだ。


「ビッテンフェルト」


 王が私を呼ぶ。


「はっ……」

「お前から今の決定を全部隊に伝えろ」


 この国の王は、絶対的な権限を持っているが直接的に何かを命じて行なわせる事がない。

 政のほとんどは、家臣であるそれぞれの担当者が独断で事に当たる。

 その裁量権を与え、自らはあまり干渉しないのがこの国の王だ。

 それは古くから伝わる、我が国の「王」という形である。


 だから、こうして直接命令を下す事は珍しい。


 普段なら、フェルディウスに命じる所だが……。

 フェルディウスは間違いなくこの件を了承しない。

 だから、私に直接命じたのだろう。


 正直、私は王の安否などどうでもいいからな。

 この国の将軍という地位など、私にとって家族を幸せにするため以上の価値を持たない。


「わかりました」


 私は了承し、玉座の間から出て行った。

 すぐに軍へ命令を伝達。


 城の兵士を王都の暴動鎮圧へ向かわせる。

 残ったのは、私の部隊の者達だ。

 陛下の兵ではなく、直接的に私が雇用している私兵の部隊である。

 その私兵も何割か鎮圧へ向かわせた。


 そうして残ったのは、ざっと三百名ほどだ。

 少ないが、全員が精鋭である。


 これで十分だろう。


 と思っていたわけだが……。


 その後、城へ百名前後の襲撃者達が攻め入った。

 身なりからして、スラム街の人間……。

 囚人も混じっているだろうか?


 最初、門の前で防衛線を張っていた私達だったが、じりじりと戦線は後退。


 本来なら数の有利もあって押される要素は無い。

 しかし、連中の中にいる十名の黒い鎧を着た男達。

 彼らの強さは尋常ではなく、兵士達が瞬く間に倒されていった。


 奴らは、私を無法者達に数で押させ、そちらの対応をしている間に他の兵士達を黒い鎧の者達で確固撃破するという戦法を取った。


 その戦法のために、無法者と兵士の数が少しずつ互いに削られていき……。

 玉座の間の前まで戦線が後退した時、残っているのは私と十名の黒い鎧の者達だけとなった。


 玉座の間へ通じる通路は、部屋と言っても過言ではない広さがある。

 そして真ん中には赤い絨毯が玉座の間へ向けて通っている。

 その絨毯にそって、インテリアの石柱が何本も並んでいた。


 通路の中心で、私は玉座の間を背にして立っていた。


 眼前には黒い鎧の男達。

 彼らは私を前に、笑みを浮かべていた。


 えらく余裕じゃないか……。


 対して私にその余裕はない。

 ここへ来るまでに、多くの傷を負った。

 致命傷はないといえ、血は多く流れている。


 一人の男が、前に出て口を開く。


「魔力を失わせる薬が調達できなかった時は、少し不安に思ったが……。私もまた、ビッテンフェルトの幻影に惑わされていたらしい。これでは、国の連中を笑えぬな」


 他の連中が笑う。


 笑うな……。

 うっとうしい。


「しかし……。それでも流石はビッテンフェルトだ。我らを相手に、未だ倒れないとは……。そのような体になってもまだ戦う意思を見せるとは、たいした忠誠心だな」

「……違うな」

「何?」


 私が答えると、奴は聞き返す。


「国も王も知った事ではない。この先には、愛する家族がいる」


 妻と孫……。

 私にとって、何よりも大事な者達だ。


 確かに、連中の攻撃に何度も膝を折りそうになった。

 だが、二人の事を思えば力が湧いた。


 ここで倒れれば、二人を失う。

 そんな事はさせない、と心が沸き立った。


 この気持ちがあればこそ、私は死なぬ限り倒れない。

 闘い続けられる。

 そう思えた。


「愛、か。こんな時に冗談とは……。ビッテンフェルトにはユーモアのセンスもあるらしい」

「冗談では無いさ。我が息子が言うには、ビッテンフェルトの男は愛で強くなるそうだ。その通りだと思うよ。我が息子ながら真理を衝いている。私は今、それを強く実感している」


 口元を歪め、笑いかけてやる。

 奴は、不快そうに顔を歪めた。


「なら、その愛が幻想である事を……」


 男が構えを取る。

 ビッテンフェルト流の構えだ。


 同時に、他の連中も構えを取った。


「その身を打ち砕いて証明してやる」


 構え、か……。

 我が闘技を我が闘技足らしめるもの……。

 技を放つ上で、もっとも効率の良い体の形……。


 私は連中の構えを見て思う。


 私の体は重かった。

 力が十全に入らない。


 腕を上げるのも億劫に思えた。


 だからだろう。

 構えを取る事は必要なのか?

 そう思えた。


 いや、この考えは今だけの事では無い。

 多分、ずっと前から思っていた事だ。

 煩わしい。

 そう思える事が、ままあった。


 なら、その煩わしいものを取っ払ってしまえばどうなるのか……。


 男達が襲いかかってくる。


 そんな光景を前にして、私は不意に去来した考えを試そうと思った。


 三人がかりで、連中が攻撃を仕掛けてくる。

 私はそんな連中を棒立ちで迎えた。

 私は攻撃を放ってくる速さを見極め、早い順に迎撃する。


 顔、腹、足。

 自然と、相手が注意を払っていない場所がわかった。

 そこへ、最適な攻撃が自然と浮かぶ。

 いや、頭で判断したわけではない。


 体が、判断した。


 今、この攻撃を放てば必ず打ち勝てる。

 そう体が判断し、自然と攻撃を放っていた。


 次の瞬間、三人の男達が私の打撃によって地に伏す。


 しかし、今の打撃で三人を行動不能にする事はできなかったらしい。

 三人が立ち上がり、再び攻撃を仕掛けてくる。


 その攻撃に対しても、同じく自然と反撃の方法が浮かんだ。


 掌底が相手の顎を打ち抜き、蹴りが膝の皿を割り、振り向き様の肘打ちが鳩尾を抉った。


 またも三人が倒れる。

 ただ、今回はダメージが大きい。

 気を失っていないから白色で治していずれ立ち上がるだろうが、しばしの猶予は作れたはずだ。


「なっ!」


 喋りかけて来ていた男が驚きの声を上げる。


「馬鹿な……クロエ・ビッテンフェルトですら三人を相手に苦戦したのだぞ? それを一瞬で倒す……。はっ、まさかあの黒い鎧の人物は貴様か? いや、違う。ならば、ここまで追い詰められる事はなかった……。ど、どういう事なんだ」

「どうした? 怖いのか?」


 言ってやると、男は顔を羞恥に染める。


「お前など怖くない! ビッテンフェルトの力など幻想だ! お前は、ただ腕っ節が強いだけの男に過ぎない! 国を脅かすだけの恐怖など、そこにはない! 皆、一斉にかかれ! 多寡が一人! 数で押せば、負けるはずはないのだ!」


 男が叫ぶと、他の連中が私を囲む。


 その時だった。


 上から、黒い何者かが降ってきた。

 その黒い人物は連中の一人にそのまま飛び掛り、殴り倒した。

 驚くべき早業で倒れた相手の膝関節を外す。


 なるほど。

 外してしまえば、外傷でない以上白色でも治せまい。

 はめ込まなければならないわけだ。


 黒い人物に気付いた周囲の男二人が、その人物へ殴りかかる。

 黒い人物はそれをかわし、私の方へ飛び退いた。


 私の背中をカバーするように立ち、構える。


「お前は……」

「私です。父上」


 小さな声で答えた。


 クロエ、か……。

 ふっ。


 そうだな。

 あんな動きができる人間は限られる。

 声は奇妙だが、間違いなく私の愛娘まなむすめだ。


「助けに来ました」

「心配は無用だ……と言いたい所だが、助かった。……やるぞ」

「はい」


 答える声は楽しげな響きを持っていた。


 ああ。

 私も楽しい。


 娘と、こうして肩を並べて戦えるのは……!


「行くぞ! お前達!」


 男が号令し、黒い鎧の男達が一斉に襲いかかってきた。




 数分後、黒い鎧の男達が倒れる中、私とクロエは立っていた。


「な、馬鹿な……。全滅だと? たった二人の人間にタイプビッテンフェルトが全滅だと!?」


 唯一残った一人の男が、狼狽した様子で叫ぶ。


「十二分もかからなかったな」


 クロエが言う。

 それを聞き、男の狼狽は怯えへと変わっていく。


「き、貴様らは何者だ? 人間ではない! ば、バケモノめ! サハスラータ王は正しかったとでも言うのか!? 何故、貴様らのような存在がこの国ばかりに集うのだ!」


 男は叫びながら、じりじりと後退していく。

 そして、逃げ出そうと背を向けた。


 クロエが動く。

 足についた回転する車輪で高速移動し、相手の前へ出る。

 そして、振り向き様の後ろ回し蹴りを腹部へ叩き込んだ。


 相手が吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされた先は、インテリアの石柱だ。

 男は石柱で背中を強打し、柱へもたれかかった。


 私は男が背をもたれさせた柱を反対側から蹴る。

 蹴りが石柱を砕き、男の背中を蹴り抜いた。


 床を跳ねながら男は転がる。

 そして、その回転が止まると四肢を投げ出して仰向けに倒れ、動かなくなった。


「終わった、か……」


 クロエが近付いてくる。


「父上。大丈夫ですか?」


 心配そうに訊ねた。


 今の私は血まみれだ。

 白色で治したとしても、流れた血が消えるわけではない。

 心配するのももっともだろう。


「ああ。大事無い」

「そうですか」


 クロエはホッと息を吐いた。


「なぁ、クロエ」

「何ですか?」

「ビッテンフェルト流をビッテンフェルト流足らしめているのは、恐らく型などではないのだな。今更ながら、そんな事に気付いたよ」


 そう言うと、クロエは「はぁ」と首を傾げた。




 タイプビッテンフェルトの残り、1着。

 ビッテンフェルト流闘技の使い手からは、ビッテンフェルト線が出ている。

 タイプビッテンフェルトはそれを感知して作動するのである(大嘘)。

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