十三話 夜空の襲撃者
「「クロエさん」」
バイクで町を走っている時、チヅルちゃんが声をかけてくる。
ヴァール王子の救出に成功した後、私は他の所在不明者を探すために町を適当に走り回っていた。
「何?」
「「アルディリアさん。なんだか痩せましたよね」」
「え、そう?」
「「ええ。そう見えました。最近まではもっとこう、精悍な顔つきをしていたんですが。さっきモニターで見た時は、頬が若干こけているようでした」」
何が言いたんだろう?
「ふうん」
「「ところで、女性の性欲は三十代がピークらしいですね」」
言いたい事はわかった。
「へぇ、そうなんだ。それが何か?」
「「いえ……」」
沈黙が下りる。
「「私は最近、イェラと一緒に寝ているから関係ないわよ」」
アードラーが口にする。
「「そうですか。で、実際の所はどうなんですか? アルディリアさん」」
アルディリア?
「「気付かれていたんだ」」
唐突にアルディリアの声が聞こえる。
どうやら、通信機のスイッチを押していたようだ。
「「誰がチャンネルを開いているか、こちらからわかるようになっているんです」」
「「そうなんだ。あ、でも聞き耳を立てていたわけじゃないよ。無事にお義母さんとイェラを送り届けたから、その報告をしようと思ったらたまたまあんな話だったから……」」
圧倒的ガールズトークを前に、参加し辛かったんだな。
「「で、どうなんです?」」
チヅルちゃんがなおも突っ込んでいく。
「チヅルちゃん」
そんなチヅルちゃんを私は呼んだ。
「ここから先はR指定だ」
「「毎回串刺しにされそうな言い方ですね」」
貴様、人間ではないな! と悪魔から言われるわけだね。
「「でも、私は十八歳なんですけど……」」
「最近のアルディリアは一日に摂取するカロリーより消費するカロリーが多い。いいね?」
「「アッハイ」」
そんなやり取りをしている時、アードラーが「うーん」と唸った。
「どうかした?」
「「なんだか、あなた達似ているわよね」」
「え、そう?」
「「何と言うのかしら……。解かり合っているというのか、根本からして同じような人間というのか……。とにかく、通じ合っている所がある気がするの」」
同じ世界の人間だからね。
そのためだろう。
「「……よく一緒にいるみたいだし、正直少し妬けるわ」」
私にもっと構いなさい。と仰るのですね。
わかります。
「「あ、それ僕もわかる」」
アルディリアが同意する。
「「初めてヤタから紹介された時、似てるなぁって思ったから」」
「そんなに似てる?」
「「どこが、とは言わないけれど……。やっぱり、親の好みが似るんだなぁと思ったよ」」
どうして具体的に言わなかったんだろうか?
私、気になります。
「具体的には?」
「「それは……」」
詳しく追及しようとするとアルディリアが言いよどむ。
「「たまにおかしな事を言う所と、奇行が目立つって所じゃないかしら?」」
アードラーが言う。
奇行って……。
そりゃ、人様の娘に面と向かっては言えないか。
「おかしな事は言うけど、奇行には覚えがない」
「「……僕は知っている。毎朝の鍛錬中に、自作の歌を熱唱している事を……。まぁ、僕がそう思っているだけで一般的にそこまで奇妙な行動じゃないかもしれないけれど」」
「……」
「「私も知っているわ。あなたがたまに空想の巨大カマキリと戦おうとしている事を……。まぁ、私がそう思っているだけでそんなに奇妙な行動じゃないかもしれないけれど」」
「うん。誰がどう見たってまったくもってそんなに奇妙な行動じゃないよ。安心して」
大丈夫、ちょっと前世の常識とこの世界の常識に差があっておかしく思うだけだ。
あなた達の配偶者はそんな奇人ではないよ。
「「あー確かに、どこかしらおかしな所がありますよね。貴公子というよりも奇行子……。いや、奇行種と言った方がいいかもしれませんね」」
チヅルちゃんが言う。
こやつめ、ははは。
チヅルちゃんが私に似ているという話だけどそんな事言っていいの?
「別に奇行子じゃないよ。仮に奇行子だとしても、奇行子という名の紳士だよ」
「「おかしな事っていうのはそういう所よ。あと、淑女でしょ」」
こういう所か……。
直していかなくちゃね。
「「ああ、それから。私とヤタが友達になったのは、運命だと思いますよ」」
チヅルちゃんが言う。
そういえば、チヅルちゃんが転生者じゃなかったとしても、セカンドエクストリームの世界での二人は親友だったという話だったか。
だから、チヅルちゃんはそんな事を言ったのだろう。
「「まぁ、そんなの関係なく私と彼女が出会えば友達になっていたでしょうけどね。自信があります」」
ゲームの関係がそうでなかったとしても、仲良くなっていただろうって事かな。
「そうなんだ。いい友達なんだね。これからも、ヤタと仲良くしてあげてね」
母親からこんな根回しじみた事をされるのは嫌かもしれんけど、一応言っておく。
「「それはもちろんです」」
チヅルちゃんは笑った。
「「僕からもよろしく」」
「「私からもお願いするわ」」
アルディリアとアードラーも続けて言った。
保護者全員からこんな根回しがあったとヤタが知ったら、恥ずかしくて悶えるかもしれないな。
「「ああ。それから、クロエ」」
「何?」
「「僕は少数の部隊を率いて町の治安維持に回される事になったから」」
「わかった」
「「それじゃあ。通信を切るよ。クロエ、気をつけて」」
「そっちもね」
挨拶を交し合うと、アルディリアからの通信が切れた。
アルディリアとの通信が途切れ、それからしばらく無言の時間が続く。
そんな折、私は自分へ向けられた敵意を感じ取る。
頭を下げると、そのすぐ上を蹴りが通り抜けていった。
ドリフトターンをしながらバイクを止める。
すると、こちらへ向けて一人の少女が走って来ていた。
エミユちゃんだ。
やっぱり彼女は国衛院から脱出していたんだ。
見つかってよかった。
と、今はまだ安心してられないか。
バイク形態から高速機動装甲を脚部へ変形装着させる。
向かって来ていたエミユちゃんが眼前で跳び上がった。
手が開かれている。
狙っているのは、空中からの投げ技か。
私はその場からエミユちゃんへ向けて跳ぶ。
空中でエミユちゃんの胴へタックルをぶつける。
「なっ……」
無色性柔軟繊維による高速のタックルにエミユちゃんは驚いているようだった。
それでも、すぐに空中で関節を極めようと動く。
私は、さらに関節を極め返そうと技を返す。
が、その動きを察知したエミユちゃんは私の腹を蹴って離れた。
流石はイノス先輩に仕込まれているだけはある。
関節技への勘が鋭い。
一度私の関節技を受けた事も関係あるか……。
覚えの良い子だ。
敵わない事をすぐに理解したのだろう。
自分の得意距離なのに、すんなりと距離を取った。
もしかして、今の攻防で正体がバレたかな?
エミユちゃんは距離を取り、構えを取った。
いや、あの様子じゃ本能で動いたといった方が正しそうだ。
私の正体がわかっていたならば、構えなんて取らないはずだ。
得意な攻め方が通用しないと知り、どう攻めていいのかわからなくなったのだろう。
こちらの出方をうかがっている。
今なら話を聞いてもらえるかもしれない。
「待った。私は――」
「うおおおぉっ!」
私が言い切るよりも前に突っ込んできた。
結局どう攻めて良いか解からないから突っ込む事にしたな?
そういう場合は素直に逃げなさいよ……。
まぁ、今はこうしてくれてありがたいけどね。
跳びかかってくるエミユちゃんを待ちうけ、腕を掴む。
関節を極めて完璧に動きを封じた。
「テメェ! 母ちゃんをどこへ連れて行きやがった」
エミユちゃんが叫ぶ。
脱出不可能なくらいにがっちり極められているのに威勢の良い事だ。
「それは私も知りたい所だ」
「?」
困惑した様子のエミユちゃんを解放する。
解放されたエミユちゃんは、私に振り返った。
そんな彼女の目の前に、国衛院の印章を見せる。
また襲い掛かって来られては困る。
「あんた、国衛院の人間なのか?」
「明確には違う。だが、協力者ではある」
国衛院の闇。
秘密結社見守り隊の特別顧問である。
「なんだよ。そんな格好してるからあいつらの仲間だと思ったじゃねぇか!」
怒られても……。
「それより、イノス……」
先輩と言いかけて、口を閉じる。
言い直して続ける。
「アルマールが連れて行かれた所を見たのか?」
「ああ。あの時……あたしと母ちゃんは部屋に隠れてた。そんな時に奴らが来て、部屋に踏み込んだんだ。それで戦って、勝てないと判断した母ちゃんはあたしを窓から外へ逃してくれたんだ。クロエさんを探せって言って……」
エミユちゃんは悔しそうに答える。
「母ちゃんは、あたしが逃げられるように黒い鎧の奴らに立ち向かっていった。
あたしは逃げた先から……遠くから見ている事しかできなかった。
すぐ助けに行きたかったけど……。
あたしじゃ、無理だと思った。
だから母ちゃんの言う通り、クロエさんに力を貸してもらおうと思って探したんだけど見つからなくて……」
「なるほど……。わかった。あとは私が何とかしよう。クロエ・ビッテンフェルトもすでにイノス・アルマールの捜索に出ているからな。君は、国衛院に戻ると良い」
「でも、国衛院は……」
「もう解放した。今は安全だ」
「本当か! じゃあ、爺ちゃんも無事なのか?」
「ああ。あの方は殺しても死なんだろう」
殺されても「トリックだよ」とか「あれは私の影武者だ」とか言ってどこからともなく現れそうだ。
「だから、帰りなさい。アルマール公も心配している」
「……あたしは、クロエさんを信用してる」
エミユちゃんは唐突にそんな事を口にする。
「ん?」
「でも、初めて会ったあんたの事は信用できない。認められない!」
不意に、エミユちゃんは私を見上げて言った。
かと思えば、彼女の手から白い煙が盛大に噴き出した。
煙幕だ。
またか……。
今夜は大活躍だな、煙幕。
だが、万能ソナーを使えばこんなもの……。
と思って万能ソナーを使う。
が、エミユちゃんの姿が感知できなかった。
消えた?
どういう事?
風の魔法で煙幕を散らす。
やはりそこには誰もいない。
どこへ行ったんだ?
「「クロエさん。上です」」
先輩の声で上を見る。
すると、屋根の上を走るエミユちゃんの背中が見えた。
「「どうやら、万能ソナーを使った時に跳んでいたみたいですね。あれは、魔力を地面や壁に流して使うので宙に浮いているものは感知できません」」
なるほど。
万能ソナーにも相手に気付かれる以外の欠点があったみたいだ。
しかしなんという忍者チックな動き。
誰だ、あんな技術をエミユちゃんに教えたのは!
……私だった。
前に四天王達へ忍者教室を開いてあげたんだ。
私は溜息を吐く。
追わなくちゃ。
「「クロエさん。待ってください」」
先輩が追おうとする私を止める。
「どうしてですか?」
「「すみませんが。少し不味い事になりました」」
先輩の声は固かった。
何か重大な事態が発生したのかもしれない。
「何があったんです?」
「「どうやら、この魔法研究所にサハスラータの影が侵入したようです」」
「大至急向かいます」
私は答え、バイクに乗った。
「アルマール公にエミユちゃんの事を伝えて、人を出してもらってください」
「「はい」」
エミユちゃんは心配だが、そっちは国衛院に任せよう。
魔法研究所が落ちてしまえば、この通信機が使えなくなる。
今、ここで連絡手段を失うのは不味い。
優先するべきはこっちだろう。
エミユちゃん。
頼むから、さっきみたいに喧嘩ふっかけちゃだめだよ。
私は祈るように心の中で呟き、バイクを走らせた。