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十話 いいお嫁さんになるよ

 私は脚部装甲をバイク形態へ変形させた。

 その様子を見て、それを見ていた家族達が驚く。


「何これ?」


 アードラーが訊ねる。


「バイク……乗り物だよ。馬より速いよ」

「ふぅん」


 いまいちわかっていなさそうだ。

 懐疑的な「ふぅん」である。

 まぁ、見た目が戦闘民族の肩パットみたいだからね。


 しかし、これから一緒に乗るのだからこれがどういうものかは身を持って知ってもらえる事だろう。


「すごい! 僕も乗ってみたいよ!」


 イェラがバイクを見て興奮した様子で言う。


「今度乗せてあげるよ」

「ポウッ! 約束だよ!」


 よっぽど嬉しかったのか、奇声を上げる。


「じゃあ、僕は王城まで二人を送っていくよ。そのまま王城の警備にあたる予定だ。場合によっては外の治安活動に向かうかもしれない」


 アルディリアが言う。


「わかった。……それじゃあ、これを王様に渡してくれないかな?」


 私は無線機をアルディリアへ渡す。

 最後の無線機。


 アルディリアが外へ行くかもしれないなら、王城との連絡用に一つ渡しておいた方がいいだろう。


「わかった」


 アルディリアの返事に頷くと、私はバイクに跨った。


「じゃあアードラー、乗って」

「わ、わかったわ」


 ちょっと緊張しているね。


「よいしょ」


 アードラーは、シートに横座りした。

 馬じゃないんだから。


「危ないから跨って。私の胴体に腕を回して」

「え、ええ」


 アードラーはスカートなので、跨り難そうにしながら私の後ろに座った。


「クロエ。気をつけるのですよ」


 母上が心配そうに言葉をかけてくれる。


「はい。大丈夫です。母上も気をつけて」

「ええ」

「じゃあね」


 みんなに言って、私はバイクのアクセルを回す。

 一気に最高回転をはじき出したタイヤが、地面を擦って煙を上げた。

 そして走り出す。

 すぐに実家が見えなくなった。


 アードラーの体が強張るのを感じた。

 胴体に回された腕に力が入る。


 ちょっと怖がっているんだろうか。

 言葉も出ない。


 馬には乗り慣れてるのにね。

 やっぱり速いからかな。

 馬では体感できない風速を感じるからね。

 地面が近いのも原因の一つかもしれない。


 幸い、道中で襲われている人はいなかった。

 まっすぐに魔法研究所まで行き着く。


「着いたよ」

「ええ、そうね……」


 私はバイクから降りる。

 でも、アードラーは降りなかった。

 跨ったままだ。


「どうしたの?」

「立てなくなったわ」


 そう言ったアードラーの顔は青くなっていた。

 そんなに怖かったの?


 しょうがないなぁ。


 私はアードラーに手を差し伸べる。

 その手が握られる。


 手を引いて、バイクを脚部装甲に変形させる。

 空いた空間に手を伸ばし、アードラーを抱き上げた。


 お姫様抱っこだ。


「クロエ!?」


 アードラーの顔が青から赤に変わった。


「立てないんでしょ?」


 歩き出す。


「このまま中に入る気?」

「立てないんでしょ?」

「ええ……」


 二度に渡って訊ねると、アードラーは観念したように返した。

 研究室の前まで来る。


「もういいわ」


 アードラーに言われ、彼女をおろす。

 ちゃんと立てた。


 研究室へ入る。

 先輩が待っていた。


「お帰りなさい」

「はい。ただいま戻りました」

「さっそくですが、奥の部屋へ入る前に髪の毛を一本いただけますか?」


 部屋へ入る認証のためだろう。


「はい」


 アードラーは髪の毛を一本抜いて先輩に渡した。

 先輩がその髪の毛を持って行き、扉の前でなにやら作業する。


「できました。どうぞ」


 先輩に促され、奥の部屋へ向かった。

 途端に鼻腔をくすぐる。

 お味噌汁の匂いだ。


「お味噌汁、できてますよ」


 チヅルちゃんが割烹着姿で出迎えてくれた。

 彼女の前には土鍋が二つ置かれていた。

 火元がないように見えるのは、魔法で調理したからだろうか。


 鍋の一つは蓋が開いていて、中には具沢山の味噌汁が入っていた。

 牛蒡ごぼうやニンジンが入っている。


「けんちん?」

「ギリギリ太るカレーセット!」

「メケーモ!」

「何の話よ?」


 アードラーにツッコまれた。


 正直、私にも何でこんな流れになったのかわからん。


「御飯もありますよ」


 そう言って、チヅルちゃんはもう一方の鍋を開ける。

 中は白一色。

 炊き立ての御飯である。


 私のお腹が早く食わせろとグーグー鳴った。




「ごちそうさま……」


 四人でお味噌汁と御飯を食べた。


 こういう魚介系の出汁の味は久し振りだ。

 ねこまんまも……。


 私は御飯に味噌汁をかけて食べた。


 正直ちょっと物足りないが、これから動き回るためのエネルギーとしては十分だろう。

 あと、味はとても美味しかった。


「チヅルちゃん、料理上手なんだね」

「まぁ、それなりに。花嫁修業はさせられていますし。それに、学園で調理科を取ってますからね」

「ふぅん。調理科の先生ってやっぱりアルエットちゃんなの?」


 私達の時はティグリス先生が担当していた。

 なら、今は娘のアルエットちゃんが担当しているかもしれない。


「レオパルド先生ですよ」


 あれ?

 そうなんだ。


「まぁ、でもこんなにおいしいものが作れるならいいお嫁さんになれるよ」

「貰い手がいませんので……。倭の国でも、珍獣扱いでしたからね。毘天増斗の呪いとか言われていました」


 え、私のせい?

 予言みたいな事を言ったせいかな……。


「両親は、この留学でちょっとでもまともになって帰って来てくれれば、という期待をしているようですね。私としてはまともなつもりなんですが」

「そういえば、チヅルちゃんは卒業したら帰るんだよね」

「ええ。一応、跡継ぎですからね。私としては、こっちに居たいんですけど」

「跡継ぎ?」

「ええ。倭の国は女性も大名になれるんですよ」


 そうだったのか。

 前の世界との差異を感じるなぁ。


「あ、もし貰い手がなかったら貰ってくれますか?」


 冗談めかした口調でチヅルちゃんが言う。


「それはダメよ」


 私じゃなくてアードラーがきっぱりとした口調でお断りした。

 目が真剣だ。

 ネタにマジレスである。


 それだけ言うと、アードラーは再び味噌汁を啜り始めた。


「私にはもうお嫁さんがいるからね」

「そうですか。それは残念です」

「そういえば、よく材料と土鍋が用意できたね?」

「最近、こっちで寝泊りしていたので寮からこっちに運んでいたんですよ。ここでの食事は私が作ってますから」


 もはや同棲じゃないか。

 年頃の娘が妙齢の男性と二人っきりで寝泊りってよくないんじゃないかな?


「チヅルさんのお味噌汁には助かっています。手早くあらゆる具材を摂取できますからね。気のせいか、頭の働きもよくなる感じがします」


 先輩が言う。

 大豆パワーだ。


「何より、美味しいですからね。一日一回はこれを食べないと落ち着きません」


 胃袋を掴まれているじゃないですか。


 ……キャナリィちゃんはチヅルちゃんの事をどう思っているんだろう?

 いつの日か、「ここがあの女のハウスね」と寮に攻め入ったりとかしないだろうな。


 私は先輩を見る。

 なんかこの人、いつも三角関係の渦中にいるな。

 先輩もチヅルちゃんもどう思ってるかわからないから、本当に三角関係かは知らないけど。


 なんか、キャナリィちゃんだけやきもきしてそうな気がしてならない。


 私はアードラーに向き直った。


「それにしても、よく戦えたね。あのタイプビッテンフェルトと」

「ビッテンフェルト公のように強くはあったけれど……。所詮は紛い物だもの。でなければ、すぐに負けていたわ」


 アルディリアもアードラーもかなり強い方だ。

 二人がかりで向かってこられたら、私だって負けてしまうかもしれない。

 そんな二人と互角なら、やっぱりタイプビッテンフェルトも恐るべき兵器だ。


 ただ「黒の貴公子」がそれ以上の超兵器なわけであるが……。


「さて」


 先輩が一言前置く。


「クロエさん。これからどうなさるつもりですか?」


 訊ねられる。


 そうだなぁ。

 いくつか気になっている事はある。


 ヴァール王子の身の安全。

 イノスとエミユちゃんの行方。

 そして、ヤタの行方だ。


 ……個人的には、ヤタが心配でならない。

 普段の王都なら、ヤタの夜遊びも気にならないのだが……。

 タイプビッテンフェルトと遭遇するかもしれない事を考えるととても心配だ。


 ……いや、夜遊びの件も気になるな。

 誰と遊んでるんだろう?

 アドルフくんか?


 最近、互いに意識してる感あるもんな。

 これは、いつ「娘さんを僕にください」と言われても良いよう鍛錬に力を入れた方がいいかもしれない。


 ……今はそんな話じゃなかったね。

 その話は忘れよう。


 今の所、気になっている事はそれくらいだ。

 しばし思案する。


 よし、決めた。

 先輩に向く。


「ヴァール王子の所に行ってみます。どうやら、彼も狙われているようですから」


 どうしてヴァール王子を優先させたかといえば、この中で唯一所在がわかっているからだ。

 彼は人質だ。

 王都で暴動が起きていたとしても、おいそれとあの場所から移動させられる事はないだろう。

 そして、影がその所在を掴んでいる可能性は高い。


 他はみんなどこにいるかわからない状態で、闇雲に探しては時間がかかる。

 それなら、確実に所在地のわかる人物を優先するべきだと思った。


 もしかしたら、その道中で行方不明者のてがかりが得られるかもしれないし。


「わかりました」


 私は立ち上がる。


「じゃあ行ってきます」

「クロエ」


 アードラーに呼び止められた。


「気をつけてね」

「わかってる。大丈夫。私の強化装甲は最強なんだ!」


 ガッツポーズとって答えた。


「そうね」


 少し心配そうだったが、アードラーは笑顔で答えた。

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