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九話 ビッテンフェルトスレイヤー

 何でこんな話にしようと思ったのか憶えていない……。

(これまでのあらすじ)

 母上が心配になり実家へ赴いた黒の貴公子は、そこでタイプビッテンフェルトと戦う家族の姿を目にした。



 ビッテンフェルト公爵家の玄関ホールでは、今まさにビッテンフェルト家の面々が黒い強化装甲に身を包んだ冷徹な襲撃者達と死闘を繰り広げていた。


 その黒い鎧はタイプビッテンフェルトという着用者の戦闘能力を飛躍的に向上させる無慈悲な戦闘機械である。

 もはやそれは身を守るための防具ではなく、相手を殺傷せしめるための武器と言ってもよかった。


 三対三の戦いは、そのどの組み合わせも一進一退の攻防を見せている。

 両者譲らぬ拮抗した戦いだ。


 いや、一組だけ明確に実力の差が出ている組み合わせがあった。

 明らかに、タイプビッテンフェルトに押されている。


 その少女の胸は、若い頃の母親に似て平坦だった。

 イェラである。

 若く、戦いに特化しているわけではない彼女が闘技で劣っている事は無理からぬ事であろう。


 その様を見ていれば、今こそ三対三で拮抗しているが、いずれその均衡が崩れる事は明白であった。


「アウッ!」


 そしてその均衡は容易く崩される。


 足を払われ、尻餅をついた彼女に向けてタイプビッテンフェルトの着用者は近付く。

 愉悦めいた表情をその顔に浮かべ、拳を振りかぶった。


 イェラの表情に、焦りと恐れのコントラストを描き出す。


 その時である!


「Wasshoi!」


 二階廊下より飛び出した黒装束の人物が、黒いロープを廊下手すりに引っ掛けつつ跳躍。

 振り子めいた挙動で勢いをつけ、今まさにイェラへトドメを刺そうとしたタイプビッテンフェルトの背中を蹴りつけた。


 蹴り飛ばされたタイプビッテンフェルト着用者は弾丸のように飛ぶ。

 壁へ激突。

 すぐさま体勢を整え、奇襲した黒装束の襲撃者を睨みつける。


「何者だ!」


 タイプビッテンフェルト着用者は、愉悦から一転。

 激しい怒りを言葉に乗せてぶつける。


「ドーモ、はじめまして。サハスラータの影=サン。漆黒の闇に囚われし黒の貴公子です」


 黒の貴公子は両手の平を合わせ、丁寧な礼を見せた。


 礼節。

 ついさっき、奇襲めいた攻撃を仕掛けたとは思えぬ態度だ。


「「初めてこの光景を目にしたあなたは違和感を感じるかもしれない。しかし、アイサツは決しておろそかにはできない。ビッテンフェルトの礼儀だ。古事記にもそう書かれている」」


 チヅルちゃんの声がナレーションめいて説明する。

 一連の状況を読み取り、一瞬にしてニューロン内で状況を把握しその説明に入る。

 常人には到底不可能な応用的説明技術である。


 この説明を聞いているのは私と先輩だけだろうけどね。

 先輩の困惑する顔が目に浮かぶようだ。


「ふざけているのか?」


 対して、タイプビッテンフェルト着用者は露骨な怒りを表情に出し、訊ね返す。


「「何たる無法! アイサツを返さないのは、スゴイシツレイにあたる行為だ」」


 私は構えを取る。


「「黒の貴公子はジュー・ジツの構えを取った」」


 いや、ビッテンフェルト流闘技の構えだけど。


「「ネオン光が「毘」「殺」の二文字を照らす。なんたる恐怖をあおる字体!」」


 ネオン光どころか、メンポすらない件について。


「タイプビッテンフェルト壊すべし」


 私はタイプビッテンフェルト着用者へ告げる。


「「彼女は死神そのものの声で宣告した」」


 そんな仰々しい声は出してないけどね。

 あ、でも変声機能を通した声はそんな感じになるかもしれない。


 しかし……。

 ナレーションがつくとちょっと楽しいな。

 否応なくテンションが上がる。


「ふざけるな!」

「「タイプビッテンフェルト着用者が、ビッテンフェルト流闘技の挙動で殴りかかってくる。ビッテンフェルト流闘技とは、一撃一撃がすべて必殺の威力を持つ豪の闘技である。一説によると、千年を超える太古より一子相伝によって伝えられた暗殺術が源流と言われている」」


 我が家の闘技が一気に胡散臭く……。


 あと、作ったのは父上だから、源流は千年どころか数十年前だよ。


「「振り抜かれる拳。しかし、そこに黒の貴公子の姿はない」」


 腕の甲で相手の腕を打ち、拳の軌道を変えただけだから普通に姿は相手の目の前にある。


「「ブリッジ回避!」」


 だからしてないって。


「「何たるビッテンフェルト敏捷性! そしてそれは攻撃の予備動作でもあった!」」


 それは正解。


 私は拳をいなして捻られた上体を戻し、その反動で威力の乗ったフックを見舞う。

 無色性柔軟繊維の力で増強された全身の筋肉は凄まじい力をはじき出し、一撃で相手を打倒せしめるだけの威力を有していた。


「「ゴウランガ! 何たる無慈悲にして強力な一撃であろうか!」」


 チヅルちゃんが言う。

 ちょっと気分が良い。


 贅沢を言うなら、処刑用BGMがあったらさらによかった。


 高速で横向きに倒れたタイプビッテンフェルト着用者は、強かに床で側頭部を強打。

 一度体が床を跳ね、意識の無い状態のまま側転して倒れこんだ。


「「タイプビッテンフェルト着用者はしめやかに爆発四散した」」


 だからしないってばよ。


 相手が昏倒したのを見届けると、すぐさま私は脚部装甲のタイヤを接地する。


 アードラーの戦うタイプビッテンフェルト着用者へ向けて急接近。


 高速で迫られ、驚いた相手に向かう。

 途中、私は高速回転する。

 その勢いまま近付き、回転を利用した肘打ちを相手の脇腹へ撃ちつけた。


 防げずに体勢を崩す相手の顎をアードラーの掌底が打ち上げる。

 私が足払いで相手を転ばせる。

 その上に、飛び上がって空中回転したアードラーが両足を揃えた上体で腹部へ踏み付けを行なった。


「ぐえっ!」


 そこからさらにアードラーが飛び上がる。

 私も同時に飛び上がった。


 仰向けに倒れたままの相手の顔と腹に、それぞれ落下の勢いを利用して拳を落とした。


 相手は一度痙攣し、動かなくなる。


 残りは一人。


 そこから、私とアードラーがアルディリアの方へ向かうのは同時だった。


「アルディリア!」


 アードラーが叫ぶ。

 その叫びで察したアルディリアが、自分の相手から一歩退いて距離を取った。


 しゃがみ込む。


 唐突にしゃがんだアルディリアに、相手が困惑する。

 その次の瞬間。


 アードラーがアルディリアの肩を足場に、跳び上がった。


 跳び込みながら掌底を放ち、相手の頬を打ち抜く。


 怯んだ所で、後ろへ回り込んだ私が両拳で押すような打撃を当てる。

 相手が若干浮き上がり、前へ飛ぶ。


 その先には、体を存分にねじって力を溜めたアルディリアが待ち構えていた。

 拳が放たれる。

 拳は相手の腹部に食い込み、そのまま臓腑を押し潰すように突き進んだ。


「ごはぁっ!」


 相手が胃の内容物を吐き出し、その場で倒れる。

 内蔵を破壊するような一撃に、意識を失なう事もできずにのたうち回った。


 そんな相手の頭を蹴り、意識を奪う。


 アルディリアとアードラーへ振り返った。

 イェラも、こちらへ向かってきてた。


「助かったよ」

「ええ。ありがとう、クロエ」


 二人に礼を言われる。


 当然のように名前を呼ばれたし……。

 顔を隠しているのに。


「え、クロエマミーなの?」


 イェラだけが驚いてくれた。


 クラスのみんなには内緒だよ?

 やーい、お前の母ちゃん「漆黒の闇に囚われし黒の貴公子」!

 って虐められちゃうかもしれないからね。


 まぁ、それはいい。


「二人はわかるんだね?」

「「名乗ってたじゃない。漆黒の闇に囚われし黒の貴公子って」」


 同時に言われた。

 聞いてたんだね。


「それより、どうしてみんなはここに?」

「うん。それは……。その前に、彼らをどうにかしておこうか」


 私は、タイプビッテンフェルト着用者を見ながらアルディリアに返した。




 タイプビッテンフェルトから水晶を取り外し、着用者の関節を外してから話をする。


 アルディリアから説明を受け、交換に私も知っている情報を渡す。


 どうやら、アルディリアは軍の兵舎に居た時、国衛院からタイプビッテンフェルトが奪取された事を父上から告げられたらしい。

 タイプビッテンフェルトの存在をアルディリアはその時まで知らなかったそうだ。


 そして、父上と共に王宮へ警備へむかったのだが……。

 その後、王都中で暴動が起こった。

 国衛院が陥落した後の事だろう。


 父上は母上の身を案じ、町の治安活動の名目で家族と母上の保護へ向かうようアルディリアに頼んだらしい。

 本当は自分で行きたかっただろうが、父上自身は国の最強戦力だ。

 当然のように引き止められ、助けに行く事を許されなかった。


 父上の王様へ対するヘイトがまた溜まっていそうだ。


 アルディリアは一度家へ寄ってアードラーとイェラの二人と合流。

 一緒に行動する方が安全と判断して、二人を伴って実家へ向かった。


 家に着いて間も無く、タイプビッテンフェルトの襲撃を受けたらしい。


 暴動の情報が入るまでにはラグがあるだろうに、襲撃前に間に合ったのはすごい。

 父上の行動がどれだけ早かったかがわかる。


「なるほどね。サハスラータ……。しかも彼らか……」


 アルディリアが珍しく不愉快そうな顔で呟く。

 思えば、私を拉致したのもあの影達だ。

 それに腹が立っているのだろうか?


 だとすれば、ちょっと嬉しい。

 胸がキュンキュンする。


 更年期かしら?


「それにしてもすごいね。その強化装甲」

「でしょ? 身体能力が強化されるし、それだけじゃなく無線機能でチヅルちゃんとムルシエラ先輩からのサポートも受けられる」

「へぇ、そうなんだ。無線って何?」

「えー、そうだなぁ……。アルディリアにも渡しておこうかな」


 私は無線機をアルディリアに渡した。

 彼に持っていてもらうべきだろう。


 残り一つだが、誰に渡すかも決めておかないといけないね。


「へぇ、これで遠くの人と話ができるのか……。便利だねぇ」


 アルディリアは興味深そうに無線機を眺めて言う。


「そうだ。ヤタは一緒じゃないの?」

「あの子は事件があった時、遊びに出かけていたからね……。それから戻っていない。心配だよ。探しに行きたい所だけれど、先にみんなを避難させないといけない」


 そうだね。

 父上は心配しているはずだ。

 今頃、苛立って殺気を垂れ流しているかもしれない。


「それがいいね」


 私は答えた。


「……私、行かないわ」


 けれど、アードラーがそんな事を言う。


「どうして?」

「クロエが王都のために頑張っているんですもの。私だって、手伝いたいわ」

「アードラー……」


 そう言ってもらえるとちょっと嬉しいな。

 でも、ダメだ。


「ダメだよ。だって、タイプビッテンフェルトはとても強い。アードラーも強いけれど、あれに囲まれたら流石に勝てないでしょ?」


 なんとか一対一では戦えていたけれど、それでも互角だ。

 二対以上が相手では強化装甲のないアードラーじゃ勝てないだろう。


 並みの相手なら心配ないのだが、今回はあまりにも相手が悪い。


「それは……」


 アードラーは一度俯き、再び顔を上げる。


「だったら、チヅルちゃんやムルシエラ先輩みたいに私も無線でサポートするわ。それならいいでしょ?」

「それは……」

「前の事件では……。私、あなたのために何もできなかったもの。だから、お願い」


 前の事件とは、ティグリス先生が陰謀に巻き込まれた事件か……。


 …………。

 ……それなら、いいか。


「わかったよ」


 答えると、アードラーは表情を笑みにほころばせた。


「ありがとう! クロエ!」


 心配はあるけれど。

 それでも、アードラーが一緒に戦ってくれていると思うと心強い。

 正直、申し出を嬉しいと思える気持ちもあった。


「というわけです。先輩。アードラーを送っていきますので、受け入れの準備をしてください」

「「わかりました。待っています」」


 先輩が答える。


「「ついでに、お味噌汁もできました。食事をしていってはどうです?」」


 本当に作っていたんだ。

 素直に嬉しい。


 好きかも……。


「イェラも行っていい?」


 イェラが言う。


「いや、それはちょっと……」


 流石に、この子まで戦いに巻き込みたくない。

 安全な所で待っていてほしい。


「イェラも行っちゃったら、お父さん寂しいよ。一緒に来て欲しいなぁ」


 そんな時、アルディリアが言う。

 イェラは悩む素振りを見せる。


「んー、じゃあしょうがないや。ダディが寂しいのは嫌だもんね」


 やがて、そう答えた。


 すごいなアルディリア。

 子供の扱いが上手い。


 まぁ、キャリアがあるからね。

 私達の中じゃ、一番スキルが高い。


「じゃあ、行こうか」

「ええ」


 アルディリアはイェラと母上と共に王城へ。

 私はアードラーと一緒に、魔法研究所へ向かう事にした。




 タイプビッテンフェルトの数、残り21着。

 ○○めいたという表現がとても好きです。

 普通に文章を書いてて使ってしまう時があります。

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