閑話 娘たちの文化祭 後編
ヤタの教室。
料理を食べ終えた私達は、席を立つ。
「あの」
ヤタから呼び止められる。
「実は私は、午後から講堂で劇をする事になっています。見に来て、くださいますか?」
少し恥ずかしそうに、ヤタが小さな声で言う。
上目遣いだ。
可愛らしい。
「もちろん見に行くよ。じゃあ、また後で」
「ありがとうございます」
劇か……。
私もやったなぁ。
ヤタもヒーローショーするのかな?
「ねぇ、アードラー」
「何かしら?」
「イェラの教室は何をやってるの?」
「お店は出してないみたいよ。イェラのクラスは、講堂で舞踏を披露するみたい」
へぇ。
イェラの得意分野だね。
きっと、みんな帽子とスーツ姿で踊るに違いない。
ムーンウォークしたり、すっごい斜めになったりするのだ。
「じゃあ、講堂にいけばいいわけだ」
アルディリアが答えた。
「そうね」
「でも、今の講堂って……」
私が言うと、三人とも黙り込む。
今の講堂は多分、薔薇薔薇しさと百合百合しさと忙しさに包まれているはずだ。
「ま、まぁ、でももうすぐ午後だし。そろそろ片付け始めてるかも」
アルディリアが言う。
「そうだね。場所取りも兼ねて早めに行っておいた方がいいかも」
「仕方ないわね」
そうして、私達は講堂へ向かった。
講堂内には、ずらりと机が並んでいた。
壁際と中央に、さながら「回」という字のような形で並べられていた。
その机の上に商品を置き、貴族令嬢達が薄い本を売っていた。
そしてその本に描かれる欲望という名の蜜に群がり、多くの貴族令嬢達が並んでいた。
実にそれっぽい光景である。
「うん。文化している!」
なんとなく、そんな事を言う。
「完売しましたーっ!」
そんな声がそこかしこから聞こえてくる。
とても威勢がいい。
さながら、漁業市場のような活気に満ちている。
「すごいね」
何が、とは言わないがアルディリアが気圧された様子で呟いた。
「本当に」
「やっぱり片づけが終わるまで、外に出ていない?」
アードラーが提案する。
それが正しい選択のような気がしてきた。
そんな時である。
ふと、見知った顔を目にした。
私はそちらへ近付く。
「チヅルちゃん」
「あ、クロエさん」
席の一角で、机に着いたチヅルちゃんを見つけた。
テーブルには「完売」と書かれたポップが置かれていた。
「チヅルちゃんも同人誌を書いていたんだね」
「ええ。前世でも書いてましたからね。結構有名だったんですよ」
「そうなんだ」
知らなかった。
「どんな本書いてるの?」
「配布用に何冊かとっておきました。どうぞ、お収めくださいませ」
うむ、苦しゅうない。
チヅルちゃんが薄い本を渡してくれる。
ティグリス×レオパルド本だった。
「業が深い……」
「禁断の恋って素敵ですよね。ロミジュリとか」
これと並べてあげるなよ……。
「お目が高いですわね。クロエちゃ〜ん」
ねっとりとした口調で私を呼び、こちらへ歩いてきたのはコンチュエリだった。
「コンチュエリ」
「ええ、皆様のコンチュエリですわ。ごきげんよう。アルディリア将軍。そして、夫人方」
コンチュエリは、深く頭を下げて礼をした。
これだけ見ると、無駄に洗練された無駄のない綺麗な淑女なんだけどな。
「どうもコンチュエリさん」
「ええ。ごきげんよう、チヅルさん」
チヅルちゃんとコンチュエリが挨拶する。
挨拶を終えると、コンチュエリは私を見た。
「このチヅルさんは、新進気鋭の若手ですわ」
学生だからみんな若いけどね。
「今までにない描写方法を駆使し、この文化祭に新風を巻き起こした言わば風雲児ですのよ。神童ですわ」
まぁ、そりゃあその文化が発達した世界から来てるからね。
「まさか、全編に渡って台詞をほとんど使わずにストーリーを表現するとは思いませんでしたわ」
どこの石ノ森さんだ。
漫画の神様に叱られてしまえ!
「あれを見た時、私は全身に電流が走った気分でした」
その時、コンチュエリに電流走る。
「そんな彼女と知り合いだなんて、クロエちゃんはさすがですわね。良い作家を見抜く目をお持ちですわ」
別に、それ目的で仲良くなったわけじゃないけれどね。
「あ、ちなみにこれが私の書いた新刊ですの」
誰これ?
表紙には黒髪黒目の男性が描かれている。
「レオ?」
「いいえ、男性化したクロエさんですわ。同じく男性化したアードラーちゃんと絡みますの」
何でわざわざ男性化したし!
同人末期のような事になっている!
「なんてものを!?」
アードラーも「うわ」という顔で同人誌を見た。
「別に女性同士でもいいじゃない!」
アードラーが気になるのはそっちなのか。
「男女をモチーフにした話はないの?」
アルディリアが訊ねる。
「だって、それだと卑猥ですもの。芸術とは言いがたいですわ」
これも十分卑猥だけど?
「動物的な本能とは違う、同性同士の愛。それは魂から生じる純粋な愛情だと思いますの。それは美しい芸術に他なりませんわ」
野生動物の間でも同性愛はあるんだけどな。
イヌ科動物のマウンティングとかもそうだし、キリンもそういう事はするそうな。
「ていうか、コンチュエリもここで作品の発表してるんだよね? 離れちゃって、いいの?」
「ふふふ、うちの本は開始早々に完売致しましたわ。それに、一応店番は残して来ておりますの」
そう言って、コンチュエリは講堂の奥を指し示した。
そこには、完売ポップの乗ったテーブル席に着くオルカくんの姿があった。
無理やり手伝わされたんだろうな……。
目が死んでいる……。
かわいそうに……。
そんな時である。
「はい、時間です。これより、講堂の舞台を使いますので速やかに撤収願いまーす」
学校の教師らしき人が、拡声器で声を上げた。
「そろそろ時間ですわね。撤収しなくてはいけないので、私はこれで」
「うん。またね」
コンチュエリはオルカくんのいる場所へ戻っていった。
「私も早く片付けて、劇の準備をしませんとね」
チヅルちゃんが言う。
「チヅルちゃんも劇に出るの?」
「はい。私は裏方ですけど。闘技科目の生徒でやる劇ですからね。例外一人を除いて、全員が闘技科生徒です。一応、ビッテンフェルト四天王は全員参加ですよ」
「もしかして、その劇の脚本はチヅルちゃん?」
チヅルちゃんは「キュアキュア3」の脚本を書いている。
ノウハウがあるのだ。
「いえ、これは既存の劇ですね。アルマール公が書いた奴です。演出はちょっといじりましたけど」
「何それ?」
「ご存知……ないのですか……?」
「アキラメロン! お前の負けだ! ……いや、知らないけど」
「じゃあ、劇を楽しみにしててください。面白い劇ですから」
チヅルちゃんは「ぬふふ」と笑う。
内容は教えてくれないんだね。
しばらくすると講堂内の机は片付けられ、代わりに部隊へ向けて椅子が並べられていった。
早めに来れば選び放題かと思っていたが、同人誌目当ての客が多く残っていたのでそれほど自由には選べなかった。
それでもなんとか、中央付近の見やすい席をゲットできた。
ほどなくして、催し物が始まる。
最初にあったのは、楽器の演奏だった。
プロではないから拙い所はあるが、努力した事がうかがえる。
いい演奏だった。
そしてその次に、イェラ達のクラスの催しが始まる。
どうやら、群舞のようだ。
きっとみんなスーツ姿……。
多くの生徒達と共に、イェラが出てくる。
ただ、その姿は社交界で見るようなふわふわしたドレス姿だった。
思ってたのと違う。
でも、当然かな。
あんな踊りができるのは、きっとイェラだけだろうし。
横目で、アードラーを見る。
口の端が上がっている。
やっぱり、娘の晴れ舞台を見るのは嬉しい事だよね。
イェラお得意のダンスではないけれど、やっぱり彼女は踊りそのものが上手だ。
アードラーの舞踏を見て、直接教わって、きっと彼女自身の才能もあるんだろう。
努力だってしている。
その成果が、今の彼女を形作っている。
同じ舞踏を演じているのに、まるで彼女が主役であるかのように目を引く。
きっとそれは、贔屓目ってだけじゃないはずだ。
群舞が終わる。
壇上で生徒達がポーズを決める。
ポーズを取りながら息を切らせ、かすかに肩を上下させていた。
イェラはそんな中、私達に気付いたようだ。
私達に微笑みかけた。
生徒達が一斉に礼をして、幕が下りた。
「イェラは舞踏が上手だね」
「私の娘だもの」
アードラーは嬉しそうに答えた。
その次の催し物は、合唱だった。
劇があり、また楽器の演奏があり、その次にヤタ達の劇が始まった。
「では、これより闘技科生徒による演劇。クロエ・ビッテンフェルト伝説を上演致します」
ファッ!?
なにそれ!?
「ああ、これか。はは……」
アルディリアはそう言って、乾いた笑いを漏らす。
どうやら知っているらしい。
クロエ・ビッテンフェルト伝説……。
いったいどんな話なんだ?
同じ国に生まれてミラクルロマンスな感じか?
軽い混乱を憶えつつ、舞台を見る。
すると、ヤタが壇上へ現れた。
白いシャツと黒いパンツ。
シャツの上には黒い上着を着て、白シャツのヘソの部分が開いている。
懐かしい。
学生時代の私の格好だ。
「私の名前はクロエ・ビッテンフェルト!」
ヤタが声を張り上げる。
そうか。
ヤタが私役なのか。
「ビッテンフェルト家に~♪ 生まれ~し~娘~♪」
急に歌うよ~♪
ミュージカル風の劇らしい。
チヅルちゃんが言っていた演出はこれの事だな?
どうやら、これは私の学生時代の話らしい。
時間が限られているからか、巻き気味で話が進んでいく。
まず、ヤタの独白による私の生い立ち。
主に、私が幼くして父上に勝った事について。
全部歌で説明された。
その後、アルディリア役らしき美少年が出てくる。
いや、美少女か?
どっちかわからない。
配役がぴったり過ぎる。
よくあんな子がいたな。
それからアードラーとの出会い。
縦ロールの髪と赤いドレス。
顔もどことなく似ている。
あ、でもヤタと並ぶとヤタにも似ている。
ていうかイェラじゃないか。
こっちにも出てたのか。
闘技科だったんだね。
「べ、別に~♪ あなた~の事なんてぇ♪ 全然気にし~て~いないんだから、ね♪」
歌いながら、イェラの扮するアードラーはクロエへ指を突きつけた。
何か本物のアードラーよりツンデレさが強調されている。
これはアルマール公の原作と同じなのか、チヅルちゃんの演出なのかわからん。
それからエミユちゃん扮するルクスとの熱いバトル。
まるでライバルであるかのような展開が繰り広げられた。
そんなに戦った覚えが……。
いや、結構戦ってたかもしれない。
一時期、追い掛け回されてた事もあった。
なんだか懐かしいな。
そして……。
私はヴァール王子にさらわれる。
ちなみに、ヴァール王子の役はオルカくんである。
これまたぴったりだ。
ただ、どことなく気合が入っていない。
演技も下手ではないが、やる気が感じられない。
お父さんの事、嫌ってるもんね。
お母さんに店番させられて、演劇でお父さんの役をやらされてさんざんだな。
オルカくん。
さらわれて、サハスラータまで連行されるクロエ。
ここまでは純粋に懐かしさを覚える話だったのに……。
牢屋に監禁された私の前に、ヴァール王子が現れる。
「ふふふ、さすがのビッテンフェルトと言えど我が精鋭を前にすれば、手も足もでなかったか」
ちなみに、この劇で私は数に屈して捕まった事になっている。
魔力を扱えなくする薬は一切登場しない。
「本当にそう思うのか?」
牢屋の中のクロエが不敵な笑みを浮かべる。
「何だと?」
驚くヴァール王子の前でクロエは立ち上がり、鉄格子の前に行く。
鉄格子に手をかけた。
「おおおおぉぉぉぉ……!」
静かな雄叫びを上げると、そのまま鉄格子を力ずくで広げ開けた。
「な、何だと?」
「あの程度の連中ならば囲みを解く事もできたし、逃げようと思えばいつでも逃げる事ができた」
「なら、何故捕まったというのだ?」
「ふん、知れた事」
そこまで普通にセリフを言うと、また歌い出す。
「今一度! この国の人間に! ビッテンフェルトの恐ろしさを思い出させてやろう~♪ そう思い、あえて! 捕まったのだ!」
そんな事やってねぇし、言ってねぇ。
その後、牢を逃げ出したクロエは襲い来るサハスラータの兵士を千切っては投げ千切ってはなげ……。
おお、すごいな。
闘技科の生徒達だけあって、殺陣がハイレベルで攻撃する方もやられる方もアクロバティックだ。
とても本格的である。
クロエはそのまま城を脱出し、国境付近で軍に追いつかれる。
百を超える軍人を相手にクロエは屈する事無く戦い抜き、難なくアールネスに帰ったのであった。
ああ、なるほど。
そういえば、これはアルマール公が書いたんだったか。
つまり、これはサハスラータへ対する喧伝用だな。
「すごいね」
「うん。まったくだよ。たまにこの劇を見る事があるんだけど」
「え、そうなの?」
「大衆演劇でもたまに上演されてるからね。同僚との親睦会で行くんだ。……で、これを見ていたら、僕の記憶の方が間違いなんじゃないかと思えてきてさぁ……」
「いや、ちゃんとアルディリアは助けに来てくれたから。格好良かったから。ね?」
うな垂れるアルディリアを慰める。
「私も行ったのに……」
アードラーもうな垂れる。
次はこっちか。
「そりゃ、もちろんアードラーも格好良かったよ」
二人を宥めている間に、場面が移る。
アールネスへ帰還したクロエを国のみんなが出迎えてくれる。
みんなで合唱し、そこで話は終わりである。
まぁ、フィクションが多すぎる所以外は悪くない劇だった。
懐かしさも覚えたし、まぁ嫌いではないかな……。
一度幕が下り、再度上がると出演者達が並んで立っていた。
全員で一礼し、また幕が下がった。
何より、娘が精一杯頑張っている姿を見るのは嬉しいものだ。
催し物が終わって外に出る。
すると、丁度ヤタと会った。
ヤタは、アルディリア役の子と一緒だった。
「母上」
「ヤタ。頑張ったね。上手だったよ」
「ありがとうございます」
照れ笑いで礼を返される。
守りたい、この笑顔。
「そういえば、そちらの男の子(?)は?」
「あれ? 面識がありませんでしたか? ならどうしてゲームの方にいるんですか?」
ゲーム?
例の男の娘が私の前に出る。
頭を下げてくれた。
「ヤン・リンチェイです。黄龍国からきました」
少しアクセントは怪しいが、それでもかなり流暢なアールネス語でヤンくんは挨拶してくれた。
「君がヤンくんか」
思えば、ゲームの絵に似ている。
ビッテンフェルト母娘最大の敵である魔術師だ。
彼の手にかかれば、トゥールハンマーがいとも容易く落とされてしまうに違いない。
「初めまして」
「はい。初めまして。皇帝陛下から、お話はうかがっております」
「皇帝陛下?」
「面識があるとうかがいましたけれど?」
「そもそも、黄龍国に行った事がないよ」
「……ああ」
ヤンくんは何かに気付いた様子で声を上げた。
「あなたが我が国に訪れた時は、朱雀国という名前でした。その後、改名して黄龍国になりました」
「ああ。なるほど」
だったら、覚えがある。
「あなたと出会ったから、皇帝陛下はこの国を探して僕を留学させたのです」
「へぇ、そうだったんだ」
彼が留学してきたのは、私が帰ってくるよりも前だ。
きっと探し当てたのはさらに前。
という事は、私があの国に留まっていれば十五年経たずに帰れたって事なのかな?
いや、でも歴史の修正力で結局無理だったかもしれないな。
「ちなみに、黄龍国ってどこにあるの?」
「倭の国の西側へ海を渡って内陸へ向かうとあります」
「やっぱり、それは間違っていなかったか……」
実の所、そうじゃないかと思った事もあったのだ。
その仮説で行動もした。
でも、結果としてうまくいかなかった。
なら、やっぱり仕方のない事か。
「皇帝陛下は元気?」
「直に会ったのは、三年前ですので……。でも、陛下はあなたとまた会う事を楽しみにしてらっしゃいます」
「じゃあ、またいつか会いに行くよ」
「それは陛下も喜ばれます」
そう言って、ヤンくんは笑った。
その後、イェラとも合流し、一緒に行動する事にした。
家族揃って文化祭の出し物を巡り、楽しんだ。
辺りも暗くなり、自宅へ帰る時間になる。
その馬車の中。
「疲れちゃったんだねぇ」
ヤタとイェラは、二人肩を寄せ合った形で眠っていた。
そんな二人を向かいの席から、私達は眺めた。
「今日のためにいろいろ頑張ったんだろうね」
「失敗できないって気を張っていたのでしょうね」
アルディリアとアードラーが言う。
「かもね」
私は答える。
「やっぱり、クロエがいるからかな。いつも以上に張り切っていたんだと思うよ」
「私?」
「ずっと、文化祭には顔を出していたけれど。クロエがいなくて、寂しかったんだと思うんだ。でも、今年は来てくれた。それが嬉しかったんだよ」
「そっか……」
思えば、ヤタにとってこれが学生としての最後の文化祭なんだよね。
一緒にいられなかった時間は取り返しがつかないけれど……。
でも今日は一緒にいられてよかった。
「楽しかったよ。ヤタ。今度の文化祭は、イェラを見に一緒に来ようね」
そう言って、私はヤタのおでこを撫でた。
途中で「イェラが歌って踊ると言っていたのに歌っていない!?」という事に著者が気づき、急遽ミュージカルになりましたとさ……。