二十二話 ヤンデレプロデュース
マリノーと別れた私は、待ってくれている二人と合流するために校舎裏へ向かった。
すると、アルディリアとアードラーは木に寄りかかった状態で座り込んでいた。
二人の顔には疲れが見える。
アルディリアの頬っぺたに、切り傷ができていた。
肘かな? 最近のアードラー、鋭いからなぁ。
「お待たせ」
「結構遅かったわね。何かあった?」
アードラーが訊ねてくる。
「まぁ、ちょっと」
言葉を濁しておく。あんまり誰かに言える事じゃないし。
「ふぅん、まぁいいわ。帰りましょう」
アードラーは立ち上がって、歩き出す。
私は、まだ座り込んでいるアルディリアに声をかけた。
「負けちゃったの?」
「うーん、そうなんだ」
落ち込んだ様子でアルディリアが答える。
手を差し出すと、彼はその手を掴んだ。引き上げる。
「カッコイイ傷作っちゃって」
「……そう? カッコイイ?」
「男の勲章って感じがするよ」
「えへへ、そうかなぁ?」
どういうわけか嬉しそうにアルディリアは返した。
落ち込んでいた気分が治ったらしい。
「行こっか」
彼は私の手を掴んだまま、笑顔で言う。
私はその手に引かれるまま、馬車の待つ校門へ向かった。
途中でアードラーが私達の状態に気付き、空いた手の方を繋いできた。
「友達なんだからいいでしょ」
との事だ。
二人とも身長が低い方だから、何だか引率の先生になった気分だったよ。
さて、マリノーの事だ。
つい、あの時は先生との仲を取り持つと言ってしまったが、その判断は正しかったのだろうか?
あの時は、大丈夫だろうと思ったのだがだんだんと不安になってきた。
そもそも、私がマリノーと先生の仲を取り持とうと思ったのは、ゲーム内の知識があったからだ。
ゲーム内の彼女は、ティグリス先生のルート以外でも先生とくっつく描写がなされている。
そして、あんな状態になってしまうのは、ティグリス先生のルートだけ。
それも、カナリオに負けてしまった時だけだ。
ミニゲームで負けた際のバッドエンドでは、終始ただのおとなしい令嬢のままだった。
ティグリス先生の腕に抱かれて、幸せそうに微笑んでいた。
狂気の片鱗など一切見せない。
というか、基本的にカナリオが介在しなければ、波乱もなく全ての攻略対象は落ち着くべき所に落ち着くのだ。
なんて思うと、カナリオがとてつもない悪女みたいだな。
カナリオの存在が悪役令嬢を作り出すのだ。
まぁ、それはいいとして、今はマリノーの事だ。
つまり、先生を他の女に取られさえしなければ、彼女は普通の可愛らしい令嬢というわけだ。
しかし……。
彼女はすでに心の暗黒面に墜ちてしまった。ダークサイド・フォールンだ。
あんな事をしでかす前の彼女ならきっと安心だっただろうが、今は事情が違う。
一度、人の味を覚えた獣がその味を占めて人を獲物として襲いだすように、彼女もまたこれから先にああいう手段を常套手段としてしまう可能性はおおいにあった。
その場合、特に心配なのはアルエットちゃんだ。
一応、ティグリス先生との出会いでも面識があり、その関係で普段の交流もある。
二人の仲も良い。
アルエットちゃんが彼女のお菓子で餌付け……いや、お菓子を貰って可愛がられているので、それなりに懐いている。
だから、大丈夫なのではないか、と楽観的にも思っている。
ただ、アルエットちゃんの存在が彼女の愛の邪魔になってしまった時、どんな事になるんだろうか?
彼女が、マリノーと先生の付き合いを嫌がる事だってあるかもしれない。
そうなった時、マリノーはどうするんだろうか?
咄嗟の手段として、アルエットちゃんを排除しようと考えるのでは無いだろうか?
彼女も人の心を慮れない人間ではないので、そんな事をすればティグリス先生に嫌われる事くらいわかっている。
でも、そういった理性を感情が上回るから、あんな事になるわけで……。
先生自身の事はそんなに心配していない。
きっと先生が誰か他の人を好きになっても、狙われるのは相手の方だろう。
もし先生本人が襲われても、誰かを庇う事がなければ私みたいに対処できるかもしれないし、刺さってもなんとかなりそうだ。
イベントで刺された時も、ちゃんと生きていたし。
だから先生は、滅多な事がないと死なない気がする。
例えば、ムービーイベントとか。
で、それらの不安を解消するべく、いくつか対処法を考えてみたのだが。
その案というのは、以下の二つ。
マリノーがお母さんだったらいいのに、とアルエットちゃんに思ってもらえるよう仕向ける。
マリノーの愛情過多体質を改善する。
と、いうものだ。
約束を無かった事にしてもらうという事も考えたのだが、その場合は私がマリノーに恨まれる。
しかも、マリノーは時間をかければ自力で先生とくっつく可能性があるので、恨まれ損になるかもしれない。
約束を破るのが気分的によくないという理由もある。
というわけで、早速行動を開始してみる。
中庭のベンチで、アルエットちゃんを膝の上に座らせている時に聞いてみた。
「ねぇねぇ、アルエットちゃんはマリノーお姉ちゃんの事好き?」
「ん? 大好きだよ! いつも、美味しいお菓子くれるもん!」
掴みはばっちりだよ、マリノー。
これなら、大丈夫だろうか。
「マリノーお姉ちゃん、料理上手だからね。マリノーお姉ちゃんがお母さんだったら、毎日美味しい料理が食べられるね」
「んー……」
アルエットちゃんは何やら考え込む。
何か思う所があるのか?
すると、アルエットちゃんは私の顔を見上げた。
「私、お母さんはクロエお姉ちゃんがいい!」
「え? 何で?」
「お姉ちゃんの方が好きだから!」
「そ、そう。アルエットちゃん。それ、マリノーお姉ちゃんには絶対に言わないでね」
「ん? わかった!」
どうしよう……。
最後のクロエの心境は、これを書いていた時の著者と同じです。