十三話 すごい奴だ
前回に続いて、今回もがっつりとバトル描写を書いてしまいました。
クロエの意図を理解した俺は、戦いの相手にアルディリアを選んだ。
正直、女を殴るのは気が引ける。
それが教え子ともなれば、余計にその気持ちは強い。
それに比べれば、まだアルディリアの方が戦いやすかった。
奴は男で、今や将軍にまでなった男なのだから。
アルディリアを壁へ寄せ、蹴りつけた。
すると壁が壊れ、アルディリアは隣の部屋へ倒れこんだ。
それを追って、俺も隣の部屋へ行く。
アルディリアは、床を転がってすぐに立ち上がった。
対峙する。
「悪いな。将軍。あんたの方が、戦いやすかったんでな」
「それはお互い様です」
口元を拭いながら、アルディリアは答える。
「クロエからすれば「僕なんかに」と思うでしょうけど。それでも、僕はクロエを本気で殴ろうとは思えない」
「ふっ」
昔は、見た目も中身も女みたいな奴だと思っていたのにな。
もう、一端の男だ。
「アルディリア。お前はすごい奴だよ」
「何の話です?」
「初めてお前を見た時、絶対に闘技者に向かないと俺は思っていた。どうやっても、強くなれないってな……。だが、そんなお前が今や将軍だ。それも親の七光りでもなんでもない。その位に恥じない実力をちゃんと培って自力でそこまで這い上がった」
「それは、クロエがいたからですよ。僕は、クロエと並び立てる人間になりたかった。そのために強くなろうと思ったんです」
「だったら、なおの事だ。好きな女のためにそこまで強くなれるお前は、本当にすげぇと思うよ」
「……ありがとうございます」
「だがなぁ……。俺だって好きな女のために命張ってんだ。悪いが、負けてやるつもりはないぜ」
「はい。望む所です」
互いに構えを取る。
俺は喧嘩殺法と闘技を組み合わせた我流の構え。
アルディリアは、ビッテンフェルト流闘技の構えだ。
「来いよ」
「はい」
俺が言うと、アルディリアは向かってくる。
当たるか当たらないかの距離で、ジャブを放ってきた。
その牽制を防ぎつつ、反撃に拳を放つ。
が、それを見計らったように一歩退き、拳を避け、アルディリアは強打を放ってきた。
頬に一発貰う。
畳み掛けるように、アルディリアは猛攻をかけてくる。
何度か攻撃を受けながら、一歩退いて間合いから逃れる。
アルディリアは追ってこない。
慎重だ。
そのまま絶妙な間合いをキープし、攻撃を続ける。
この戦い方は、クロエに似ている。
似ているどころか、まるっきり同じか……。
相手の出方をうかがい、見切り、一気に攻勢をかけて打ち倒す。
ある種のカウンター使いの戦い方だ。
それと同じ……。
かと思えば、不意に思いがけない急接近をしてきた。
口元を隠すように手で防御を固め、懐へ迫る。
低い体勢から、ボディを狙ってくる。
超至近距離。
避ける事も困難で、しかし拳に威力を乗せる事も難しい距離である。
その距離で殴り合う。
アルディリアは至近距離の戦い方が上手い。
俺からの反撃を何度か避けつつ、威力のこもった拳を叩きこんでくる。
その一撃一撃のどれもが重く、体の中へめり込んでくるようだ。
今まで、訓練で何度か戦った事はあったが……。
その時は、いつもビッテンフェルト流闘技の構えしか使ってこなかった。
それも先ほどのクロエを模倣したような戦い方ではなく、ビッテンフェルト公が使う正統なビッテンフェルト流の戦い方をしていた。
だが、これこそがアルディリア本来の戦い方なのだろう。
これがアルディリアの得意な距離なんだ。
けれど、悪いな。
そこは俺の最も得意とする距離でもある。
俺は、アルディリアの脇腹に拳をピタリとつける。
アルディリアは気付いたのだろう。
もしくは、直感的に悟ったか。
表情を強張らせた。
拳の威力は、距離を経て乗せるもの。
しかし、極めればその距離は限りなくゼロへ近づけられる。
体の捻り、足から拳へかけての加速、当たる直前の全関節の固定、あらゆる要素が拳へ威力を与える。
それこそ、密着した拳から必殺の一撃を生み出すだけの威力だ。
脇腹につけられた拳が、威力を伝える。
「ううっ!」
アルディリアが呻き、後退した。
肋骨がいったな。
だが……。
アルディリアは脇腹を押さえる。
すぐに、その手を離した。
白色で治したのだろう。
魔法使いにはこれがある。
体の部位を破壊した所で、すぐに治すから意味がない。
これがやっかいな所だ。
だが俺は、南部との戦いでそんな連中を魔力のない身で打倒せしめるための研鑽を積んでいた。
アルディリアは体勢を整え、再び向かってきた。
ただ、先ほどの一撃を警戒してか極端な密着を避けている。
戦い方もカウンター重視に切り替えていた。
一定の間合いを保ち、俺の動きを見ながら小刻みな攻撃を放ってくる。
俺が反撃しようとすると、そこにカウンターを合わせようとする。
カウンターか……。
カウンターは、相手の力を利用する事でたいした事のない攻撃を大威力の攻撃へ変える。
ただのジャブが、力の入ったストレートと同等の威力を弾き出す。
なら、そうして放つものが軽いジャブじゃなく渾身の一撃だったらどうなる?
それも捨て身のような、全身全霊の拳なら?
答えはこうだ。
向かってくるアルディリアへ、構えを解いて無造作に近付く。
戸惑いながらも、拳を振ってくるアルディリア。
狙いは顎だ。
牽制ではない。
相手を打倒するための一撃だ。
そこで、すぐさま俺も拳を振るった。
力を抜いた、速さだけを求める打撃。
その打撃は、アルディリアの拳よりも速い。
俺の拳が、アルディリアの顎へ当たる。
その直前、拳を加速させた。
アルディリアの拳が迫る中、全部の体重を乗せるように前へ乗り出し、限界以上に筋肉に力を供出させる。
拳に威力を乗せる。
そして……。
拳の威力と相手の勢いを合わせ打たれた打撃に撃ち抜かれ、アルディリアの首が一瞬奇妙な方向へ曲がる。
同時に、その目から光が消えた。
どさりとうつ伏せに倒れこむ。
そのまま動かなくなった。
隙をさらして向かってくる相手がいれば、その隙を衝くために攻撃を仕掛けるのが一流の闘士だ。
優秀であればあるほど、攻撃を仕掛けざるを得ない。
だから、アルディリアがそれに誘われて攻撃してくる事は何も間違ってはいない。
そこへ、カウンターを合わせた。
結果、強打にさらされた脳は揺れ、意識は一瞬で絶たれる。
魔力持ちの相手は、手傷を負わせても白色で治してしまう。
ならば、素手で相手を打倒する場合、相手の意識を速やかに絶つ必要がある。
かといって、締め技は通用しない。
何故なら、密着した状態だと魔法を直接体へ流す技を使う人間もいるからだ。
だから、速やかに相手の意識……命を絶つ必要がある。
剣ならば頭を落とせばいい。
しかし、拳の場合は難易度が跳ね上がる。
その方法を模索し、そして辿り着いた答えが近接のカウンターによる顎への強打。
この一撃だった。
「先生!」
先ほど開けた壁の穴から、クロエが顔を出す。
そのまま、倒れ伏すアルディリアを見る。
「死んでないでしょうね?」
心配そうに訊ねられる。
「手加減はしておいた」
「本当ですか?」
何度も聞かれるとちょっと心配になった。
首筋に手を当てて脈を取る。
「大丈夫だ」
よかった……。
クロエはアルディリアに近づいて、その体に触れた。
「本当みたいですね」
「当然だ」
「でも、ちょっと心配になって脈をとりましたよね」
バレてたか……。
その時だ。
隣の部屋へ、人がなだれ込んでくる足音が聞こえた。
「侵入者はどこだ!」
叫ぶ声が聞こえた。
恐らく、兵士達が騒ぎを聞きつけてかけつけたのだろう。
いや、踏み込んだ部屋がピンポイントだから、ダストンが寄越したのか。
「先生。これ以上ここにはいられません。逃げましょう」
「ああ。そうだな」
兵士達は、まだこちらの部屋には気付いていない。
部屋の扉を開け、俺達はこっそりとその場を後にした。
途中で見つかったが構わずに走って逃げ、何とか突破して逃げる事ができた。
魔力を相手の体に流すという技術事態は、多分元々もあったのだと思われます。ただし、それは体内で炎などに変換して炸裂させるようなものです。
クロエのアンチパンチは、無色の魔力を効果的に使って文字通り相手を爆発四散させます。




