九話 どういう事なんだ?
クロエと別れた俺は、傭兵時代の仲間を当たる事にした。
最初に向かったのは、新聞社で記者をしているかつての仲間の所だ。
近くの食堂に呼び出し、食事をしていると奴はほどなくして現れた。
「久し振りだな。団長」
「ああ」
俺の向かいの席へ奴は座る。
「今日はどんな用事なんだ? 何かあったのか?」
「俺の事。何も知らねぇのか?」
「何を?」
首を傾げられた。
ビッテンフェルト公は有名だ。
その殺害ともなれば、それこそ情報は民間にも行渡る。
そう思っていた。
が、そうでもないらしい。
それはそれで不自然だが……。
「まぁいい。それより、ナミルの事だ。奴が誰と関わっているか知らないか?」
「ナミルの旦那?」
「お前なら、仕事柄詳しいと思ったんだが」
「他の連中よりか、詳しいっちゃ詳しいかな。内緒でスクープを提供してもらう事もあるし。でも、全部の繋がりを知っているわけじゃないぞ」
「何でもいい。知っている限りの事を教えてくれ」
「わかった」
ナミルについての話を聞く。
しかし、それほど有用な話は聞けなかった。
「他の組の頭、下部組織。とまぁ、大体こんなもんだな。満足か?」
「……上の奴はいないのか?」
「旦那以上の奴? いねぇなぁ。何せ、今のナミルの旦那はスラム街のトップだからよ。対等な関係にある奴すらいねぇよ。みんな下だ」
「そうか。あいつ、そんな大物だったのか」
ナミルは「大事な取引先」の要求で動いているようだった。
それも断れない頼みという話だ。
だが、今のナミルは並ぶ奴がいないほどの大物だ。
そんなナミルに、断れない頼みを押し付けられる人間。
そいつはいったい、何者なんだ……?
「それでも、確かに奴へ命令を下せる奴はいる」
「そうなのか? 詳しく聞かせてくれよ」
話に食いついてくる。
俺は、自分が指名手配されている事も含めて話した。
「えらい事になってんな」
苦笑される。
「だが、団長がビッテンフェルト公を殺したなんて話どころか、部隊長の殺害だってこっちには来てねぇよ。
普通、そんな事があれば国衛院から情報が流れてくる。
指名手配も兼ねて、民衆に周知させるはずだ。
犯罪組織を摘発する前とか、知られるとまずい情報は隠匿するだろうがな。
手配犯の情報を止めるなんて事はまずない」
「じゃあ、どうして?」
「さぁな。貴族絡みの情報ってのは、許可がねぇと書いちゃいけねぇ事になってる。でなきゃ、潰されちまうからな。そして、団長の情報がこっちに流れていないって事は、それは報道されたくない事なんだ」
どういう事だ?
国衛院は俺を捕まえようとしている。
なのに、俺が殺人を犯した事を民衆に隠している。
捕まえる気があるのに、何故その情報を隠しているんだ?
「まぁ、平民の俺にはわからねぇや。貴族には逆らえねぇから。ナミルの旦那もそうなのかもな」
気になる事を言われる。
「どういう事だ?」
「さっきも言った通り、旦那はスラム街のトップだ。スラム街、それどころか王都の平民を含めても従わせられない人間なんていない。そんな旦那が言う事を聞かなきゃならない人間。もし、そんな人間がいるとすれば……」
「貴族、か」
奴は頷き返した。
「それもただの貴族じゃねぇよ。何せ、ナミルの旦那は下手な貴族以上に権力を持ってる。下位の貴族が相手なら、つっぱねる事もできるはずだ」
「つまり、奴と繋がっているのは上位の貴族……」
「最低でも、伯爵以上だろうな」
伯爵以上の貴族、か……。
「ナミルの旦那も、その血を引いてるってのにな」
「そうなのか?」
初耳だった。
「ああ。結構知ってる奴はいるぜ。
母親は貴族の家の使用人だったが、家の主人に手篭めにされたそうだ。
それが気に入らなかった家の奥様に追い出されたんだと。
それで生まれたのが旦那だ。
母親が病で死んで、そっからスラム暮らしなんだと。
旦那自身もそれは隠してねぇ。
俺だって、本人から聞いたしな」
「俺は聞いた事がない」
幼い頃から一緒だったのに、ただの一度も……。
聞いた事がない。
「団長にだけは、言いたくなかったのかもな」
「何故?」
「さぁな。対等でいたかったんじゃねぇか?」
対等、か。
そういえば、ガキの頃はよく言ってたな。
「俺達は対等の仲間だ。どちらが上でも下でもない。そんな仲間だ」
って。
なのに……。
どうしてなんだ?
兄弟……。
「ありがとよ」
俺は席から立った。
「もういいのか?」
「ああ」
「俺も、調べるのを手伝おうか?」
「やめとけ。貴族絡みだ」
「そいつは助かった。正直、断ってほしかったんだ」
「こいつ……」
小さく笑う奴を見ると、俺の口元も自然と綻んだ。
「じゃあな」
「ああ。気をつけてな」
声をかけられ、手を振ってから店を出た。
それからも何人か、ナミルと親しかった人間を訪ねた。
けれど、結局奴に命令を下した人間を探る事はできなかった。
相手が本当に貴族ならば、仕方のない事なのかもしれないが。
そして、特に収獲がないままヤドリギへの帰り道を歩く。
そんな時だった。
狭い路地を歩いている時、前方をスーツの男達に塞がれた。
「ちっ」
舌打ちが漏れる。
「奇遇でんな、兄貴」
そんな声が後ろから聞こえた。
振り返ると、前と同じく数人の男達が道を塞いでいた。
そして、そんな男達の前には黒スーツの男。
その男は、顔に包帯を巻いていた。
「トマス。またお前か。昨日の今日でよくやり合う気になるな」
「親の言う事は絶対やさかい。まぁ、そんなんがなくてもワシは兄貴とやりとうてたまらんかったわけでっけど」
トマスは顔を笑みに歪めた。
不意に、その表情が真剣な物に変わる。
「前は捕まえろいう話でしたけどね。親父が言うには、今回殺してしもてもええいう話ですわ。
「兄弟が、そんな事を?」
本気なのか?
兄弟が、俺を殺そうとしている?
信じられねぇ……。
いや、信じたくねぇ事だ。
「事情が変わったんや。あんたはもう、用済み言う話ですわ。せやから、今回は前みたいに手加減しまへんで」
「確かに、手加減してたのはわかってたがな。本気になった所で、結果は変わらねぇぜ」
「それは……どうでっしゃろな?」
トマスは構えを取った。
「わからせてやるよ。来な……」
手の平を上に向け、クイクイと指を動かす。
かかってこいという合図だ。
「ほな、行きまひょか。ぶち殺したれ、お前ら!」
トマスと他の男達が一斉にかかってきた。
トマスがいち早く俺に迫り、フックを振ってくる。
頭を下げて避け、腹へ前蹴りを当てる。
吹き飛ぶトマス。
背後から殴りかかってきた男の拳を避け、逆に腕でそいつの頭を締め上げる。
そのまま振り回すように引き倒す。
迫って来ていた男達を何人か巻き込み、そのまま男を投げた。
それも束の間、高く飛び上がったトマスが俺へ飛び蹴りを放つ。
その蹴りを両腕でガードした。
トマスは俺の腕を足場にバック宙返りをして地面へ下り立った。
そして、再び構えを取る。
「楽しいでんな、兄貴」
「俺は楽しくねぇよ」
「……口元、笑てますで」
「ふっ……」
かもしれないな。
戦ってる時は、あれこれ考えている暇もない。
一時とはいえ、不安も忘れられる。
だから今の俺は、戦いが嬉しいんだろう。
言葉を交わしあい。
互いに拳を振るい合った。
「はぁはぁはぁ……」
戦いが終わり、息を整える。
俺の周りには、スーツ姿の男達が倒れていた。
歳だな。
俺も……。
大の字に倒れるトマスへ近付く。
襟首を掴みあげた。
「一応聞いておく。兄弟と繋がってる奴は誰なんだ?」
「はぁはぁ……言うと思いまっか? 殺されたって、言いまへんで。俺だけやのうて、ここにいる全員がそうや」
「だろうな」
トマスを殴りつける。
トマスが気を失い、体から力が抜けた。
そのまま襟首から手を離すと、俺はその場を後にした。
そのまま、ヤドリギへ帰った。
どういう事なんだ……。
兄弟……。