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二十一話 あいつは人の話を聞かないから

 私はマリノーを肩に担いで、保健室まで連れて行った。

 幸い、保健室の先生はまだ残っていて、鍵は開いていた。

 気を失ったマリノーを見て先生は驚いていたが、ちょっと内密の話があるから、と外へ出てほしいと頼んだら、戸締りさえしてくれればいつまで居ても構わないと鍵を渡してそのまま帰っていった。


 私は彼女をベッドに横たわらせると、念のために保健室に常備されていた包帯で手足を縛った。

 これでよし。


 改めて、彼女を見る。


 気を失う姿はただの可愛らしい女の子。

 実際の性格も内向的でおとなしい方だ。

 その分、気持ちを表に出すのが苦手で、だから気持ちを溜め込んでしまいやすい。溜め込んだ気持ちが許容量を超えて、あんな事をしちゃうんだろうな。


 ちなみに格闘ゲームでは武器を使って戦う。このゲームでは数少ないキャラクターだ。

 何を投げるのかランダムの飛び道具と寸胴鍋を頭に被って転びそのまま滑ってくる突進技が使える。

 攻撃の基本モーションはアルディリアと同じく攻撃らしい攻撃ではなく、鍋を振り上げたり、お玉を振ったりというものばかりだ。

 超必殺技は大量に調理器具を投げつける飛び道具と相手を掴んでキッチンナイフで刺突する投げ技。

 超必殺技の発動直前にはカットインが入るのだが、彼女の場合はカナリオとティグリスへ投げの超必殺を使うと、カットインの彼女の目のハイライトが消えているというシナリオ再現がなされている。


 コワイッ!


 固有フィールドは、飛び道具が全て一番攻撃力の高いスープ入り寸胴になるという物。当たると威力が高く、しかも火傷状態になって体力を徐々に削る物だ。

 それだけ見ると、次々と寸胴を投げつけてくる彼女はすごい怪力キャラに見える。


 実際はそんな事無いけどね。


 さて……。


「マリノー……マリノー……起きるのです」


 私はマリノーを揺り動かした。

 少し呼び掛けて、頬を軽く叩くと彼女はゆっくりと目を開いた。

 私を見た途端、見開かれた目が狂気に染まる。

 咄嗟に動こうとして、手足が縛られているので体勢をくずしてそのままベッドの下に落ちた。


「きゃっ!」


 私は彼女のそばにしゃがみ込む。


「そうなるだろうから、先に縛らせてもらいましたよ。それで、もう一度言わせて貰いますけれど、私と先生はあなたが思うような関係じゃありません。普通に生徒と教師です。あなたみたいに、きゃっきゃうふふな関係になりたいとも思っていません。わかりました?」

「嘘よ!」


 懇切丁寧にしたつもりの説明が一言で一蹴されてしまった。

 なんでこんなに頑ななんだ?

 そっちからしても、私の説明を信じた方が都合いいのに。

 どうして嘘だと思いたがるんだろう。

 敵はそういう人間だった方が、容赦しなくて済むからかな?

 私が嘘つきな人間だった方が、恨みやすいって事なのかもしれないな。

 そうまで自分の心を騙さなきゃ、きっと人を刺そうなんて思えないんだろうな。


 でもどうせなら、私のお腹じゃなくて先生のハートにダイレクトアタックしてくれればよかったのに。


「嘘じゃありませんって」

「私、本当に先生が好きなの。好きで好きでたまらない。もう、どうしていいのかわからないのよ……。お願いよ、私から先生をとらないで……」


 目尻に涙を滲ませて彼女は言う。

 気持ちは強く伝わってくるけど、本当に人の話を聞かないな。この子。

 こっちが心配しても「大丈夫だ、問題ない」とか言って高い所から飛び降りそうだ。

 想い人に気持ちを伝えられない所なんかも同じだしね。


 というか、本当にどうすればわかってもらえるんだろうか?

 殺されかけた事実をネタに脅す、とかいう事をちらりと考えてしまった。

 けれど、それで私の敵認定がさらに強固な物になるのもいやだしな。

 何より、脅迫なんて友達にする事じゃない。


 ……はぁ、多分根気良く納得させるしかないかな。


「あのね、何度も言うけれど、私は先生とそんな関係じゃないし、これからもそうなるつもりはないから」


 ただでさえ面倒くさいので、砕けた口調で話しかける事にした。


「信じられない!」

「信じてちょうだいよ。本当なんだから」

「嘘よ!」


 なんとも不毛な気がしながらも、私は似たようなやり取りを続けた。

 続ける事四十分程経った頃。


「本当……なの?」


 と懐疑的ながらも、一応信用するような言葉を引き出せた。


「本当だよ。クロエ、ウソツカナイ」

「やっぱり、信じられない!」


 うおっと、気を抜いて余計な事を言ってしまった。


「いや本当だから。嘘じゃないって。それを証拠に、マリノーと先生の仲を取り持ってあげてもいいと思っているくらいだよ」

「嘘? 本当?」


 前々からくっつけばいいなと思ってたのは本当だ。

 ただ、今のマリノーを直に見た今、年頃の娘がいるグラン家へぶち込むのは多少不安だけどね。


 ゲーム通りなら大丈夫だけど、でもなぁ……。


「何で答えてくれないんです? やっぱり嘘なんですか?」


 マリノーの目が深淵に……。


「本当だって。マリノーが勘違いしちゃうくらいに、私は先生と仲がいいからね。そんな私が協力すれば、きっとマリノーの恋だって成就するよ」


 怖くて返事してしまった。


 マリノーは期待に目を輝かせた。

 先ほどまでの狂気ではなく、恋する乙女のようなキラキラした目になった。


「だったら、もっと早く言ってくださればいいのに。それなら、すぐに信じましたのに……」


 あ、いつものマリノーの口調に戻った。

 いや、すぐに言っても「嘘だ!」って言われそうだったんだもの。

 だから、ちゃんと聞き入れてもらえるまで温存していたんだよ。


 もう大丈夫だと判断したので、私は彼女の手足を縛る包帯を解いた。

 迎合したフリをして襲い掛かってくるかもしれないので、ちょっとだけ警戒する。

 でも、そんな事はなかった。

 彼女は普段通りの柔らかい物腰と態度で私に接する。


「それで、本当なのですよね? 先生と私の仲を……」


「取り持つ」と具体的な言葉を口にする事が恥ずかしいのか、彼女は言葉を濁す。

 普段はこんなに奥ゆかしい子なのにね。

 愛なんて強い感情を心に秘めたままにすると、誰でもこうなったりするんだろうか?


「そりゃあ、もちろん。適当に言ったわけじゃないからね」


 まぁ、基本的に悪い子ではないからね。

 ただ、自分の感情を出す事に不器用なだけだ。


 だから大丈夫だ。

 ……多分。

 でも、今のマリノーを見るとちょっと不安だからしっかりフォローはしよう。

 ちゃんとそのケジメは取らせてもらう。


 私はそう決心した。


「それから、私の事を名前で呼んでくださいましたね」

「あ、すみません。少し馴れ馴れしすぎましたね」


 口調を取り繕う。

 けれど、彼女は首を左右に振る。


「いいえ、先ほどの方が普段の口調なのでしょう? ラーゼンフォルト様達にもそのように接しておられますし」

「ええ、まぁ」

「でしたら、そちらの喋り方で構いません。私の名前も気軽にお呼びください」

「んー、それでいいのなら、そうしようかな。マリノー?」

「はい。クロエさん。私も呼んでいいのですよね?」

「それはもちろん」

「では、クロエさん。これからもよろしくお願いします。信じますからね?」


 訊ねられた時、彼女の目は一瞬だけ深淵を映した。


「も、もちろん。全力で当たらせていただきます」

「あら、また口調が戻っていますよ。ふふふ」


 こうして私は、マリノーと和解し、改めて仲良くなった。

 そして、彼女と先生の仲を取り持つ事になった。

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