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二十話 ティグリスのルート

 少し彼女についておさらいしておこう。


 マリノー・フカールエルは、ティグリス・グランを攻略する際に立ちはだかるライバル令嬢である。


 彼女は学園へ入学する前、ひょんな事から町の中を一人でさまよう事になる。

 本来、貴族令嬢であるはずの彼女が一人で町にいる事がそもそもおかしいのだが、それは偶然町へおでかけになり、偶然お付の人とはぐれてしまったという理由があるからだ。


 ゲーム展開上のご都合主義と言ってしまえばそれまでだ。

 その時、さらに運悪くゴロツキ共に絡まれるマリノー。

 そしてそんな彼女を助けたのがティグリスだった。


 狼ならぬ、子連れの虎だ。

 きっと可愛い娘に、絡まれてる女の子を助けてとおねだりされたんだろう。

 ティグリスは驚くほど手際よくゴロツキを片付けると、お付の人を一緒に探して彼女を送り届け、名乗りもせず娘と手を繋いで去って行ったわけだ。


 その時からマリノーは、物語の王子様のように自分を危機から助けてくれた男性に恋をした。

 そして学園に入学し、彼女は運命の再会を果たす。

 なんとあの王子様は、学園の調理科教師だったのだ。

 元々料理が好きで、入学すれば調理科を選択しようと考えていた彼女はさらに運命を感じ、彼への想いを強くした。


 私達は出会うべくして出会ったのだ、と。


 しかし引っ込み思案な彼女はなかなか彼に声をかける事ができず、それでも抑えられない恋心に胸を焦がし続ける。

 そんな時、友人が自分と同じくティグリスへ恋心を懐いている事に気付くのだ。

 その友人が、カナリオである。


 大切な友人と同じ相手を好きになる。

 愛情と友情の板ばさみになった彼女。


 根が優しく、生真面目な彼女は友人の幸せを願いつつ、それでも身を退くにはあまりにも愛情が強すぎて、恋を諦める事ができない。

 何度もぶつかりあった(ミニゲーム)末、最終的にティグリスがカナリオを選んだ時、その強すぎる愛情によってどうにかなってしまうわけだ。


 ついに一線を越え、カナリオをキッチンナイフで刺し殺してしまおうとするマリノー。

 だが、ティグリスがカナリオを庇った事により、ナイフはティグリスの脇腹を貫いた。

 とんでもない事をしたと正気に戻る彼女。

 そんな彼女にティグリスは――


「大丈夫だ。お前は何も悪くない」


 と頭を撫でて告げるのだ。

 そこでマリノーは泣き崩れ、自分の恋を封じ込める決心を着けて修道院へ自ら入る。


 ちなみに、脇腹を刺されたティグリス先生のスチルは、私の勝手なイメージのせいでどう見ても鉄砲玉にやられたヤクザにしか見えなかった。

 私の中では、ジャズテイストのBGMが流れていたよ。


 と、先生のルートはそれなりに衝撃的なシナリオなわけで、きっと万事終了しても人間関係やら精神やらに色々とダメージを負うだろうと思ったので、私はカナリオがティグリスのルートへ入らないよう気をつけていたのだが……。


 友達の心配をしていたら、どういうわけかこっちが危ない状況に陥っていたでござる。



「フカールエル様、何か誤解があるようですが、私は先生とそんな関係じゃありませんよ」

「嘘よ嘘、私にはちゃあんとわかっているんだから……」


 わかってないじゃん……。

 今の彼女はまったく聞く耳を持たないし、今もキッチンナイフを持つ手には継続的に力が込められている。


 やめてくださいよ。

 確かめるまでもなく、中に誰もいませんよ。


 しかし何でこうなった?

 私は先生と恋愛なんてしてないし、あのイベントが起こるのはシナリオ最後のはずだ。


「だから誤解ですって」

「先生は言ったわ。クロエは格好良い女だなって。そう言って、笑うのよ。あの人にあんな笑顔をさせるなんて……」


 多分、ホッコリ笑ってただけだろ?

 肉体派の男特有のちょっとしたり顔のやつだろ?


「あなただって、眠る先生の顔をあんなに優しい顔でずっと眺めてた」


 うお、見られてたのか!

 先生の寝顔を眺める私をずっと眺めとったんか!

 でも、別に優しい顔はしてない。

 普通に見てただけだ。


「今も二人っきりで、何していたのよ!」


 補習授業だよ!


 ああ、いろいろ私はティグリス先生と仲良くしすぎたんだ。

 アルエットちゃんとも仲良くしていたし、実際に好感度は高かったのかもしれない。

 その姿が、彼女には恋仲にでも見えたのだろう。


 あんまり彼女との友好を深めていなかった事も原因かな。

 だから、一線を越えるのが早かった。

 これがカナリオなら、もっと葛藤した末にこうなっていたはずだ。

 でも、私としてはゲームのイメージがあるから怖かったのだ。

 だから、深く踏み込めなかった。


 ダメだ。

 多分、今の彼女には話が通じない。

 ごめん。ちょっと手荒にいくよ。


 私はキッチンナイフを放し、マリノーから体を離した。

 自分を押し留めていた力が急に消え、マリノーがつんのめる。

 そんな彼女の背後に回りこみ、キッチンナイフを持った右手を左手で後ろに捻り上げる。

 そして、右腕で彼女の首を軽く絞め、膝の後ろを軽く蹴って中腰の状態にさせた。


「吐け……!」

「何、を……」


 あ、間違えた。

 別に何かを聞き出したいわけじゃなかった。


 私はそのまま右腕に力を込めた。

 抵抗しようとしていた彼女の力が徐々に弱くなり、やがてダラリと全身の力が抜けた。


「ふぅ……」


 正直、彼女の力じゃ私の腹筋は貫けなかっただろう。

 私が本気で腹筋を固めた時は諦めた方がいい。


 けれど、確かな殺意と狂気を向けられるというのは、思った以上に疲れる。

 本来なら、これがカナリオに向けられていた。

 こんな気持ち、友達には味わってほしくない。

 本当に、私の方で良かった。

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