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十話 神と神

 成神なるかみ……。


「「どうやら、思った通りのようじゃの」」


 シュエット様の声がする。


「「君にはわずかながらに神性が宿っていた。君はきっと、人々から多くの信仰を得ていたんだろうね。そういう人間は、時に人から神へ死後に生まれ変わる事がある」」


 トキの声もする。


 じゃあ、もしかして私は女神になったの?


 信仰心。

 それは、私に向けられる多くの人からの気持ちの事だろうか。

 私を尊崇する気持ちが多い。

 でも、その中には純粋な好意もある。

 それは人としての好意もあれば、愛情もあった。


 その気持ちを誰が私に送ってくるのかが、なんとなくわかる。


 アルディリア、アードラー、ヤタ、イェラ……。

 私の家族達。

 そして、アールネスに住むみんな。

 友達や教官として知り合った軍の兵士達。


 それに、旅で出会った多くの人達のものもある。


 その気持ちのおかげで私は今、死を経て女神になった。

 死を超える事ができたんだ。


「本当に、予想以上だよ。楽しくてたまらない! でも、勝てるとは思わない事だね」

「どうかな? 確かに私は生まれたての女神。力もまだ頼りない。でも、こっちは三人だ。それに――」


 私が、どういう形で信仰心を受けるのか。

 なんとなく感じ取れる。


 それは鬼としての私であり、英雄としての私であり、天使、魔女、そして豪傑。

 数多の形で人々は私を尊崇している。


 けれど、それらは全て私の中に宿る一つの性質へと向けられている。


 それは――


「私は、武を司る女神。武神クロエだ!」


 自らの司る性質を私は高らかに叫んだ。


 その瞬間、私の纏う強化服がさらに変化する。

 軽装の黒い鎧姿だ。

 どういうわけか、へそが丸見えである。


「武、か。死を生じさせる一因でしかない概念だ」

「ふん。違うね。死とは、互いに武をぶつけ合い、その後に待つ結果の一因というだけでしかない。言わば、死は武の副産物。武の後塵に配する概念が、武より勝るわけもなし」

「なら、試してみるかい?」

「当然!」


 互いに笑みを向け合い、私達はどちらともなく距離を詰めた。


 今の私は、今までの私と明らかに違った。

 振るわれる刀。

 トキの力を得なくとも、その軌跡がしっかりと見えた。


 袈裟懸けの斬撃を、後ろへ跳び退いて避ける。

 跳び上がった状態から魔力縄クロエクローを放ち、カラスの胸元へひっかける。


「!」


 魔力縄を引き、近付く勢いを利用した跳び蹴りを見舞った。

 蹴られながらも倒れる事を嫌ったカラスは、膝をつきながらも体勢を整える。


 反撃の斬撃が横薙ぎに振るわれる。

 体勢を低くしてそれをかわし、私はカラスの懐へ潜り込んだ。


 痛烈なボディブローを突き刺した。


「かはっ……」


 カラスの口から空気の漏れる音。

 これは効いただろう。


 そう思ったのも束の間、カラスが私に頭突きをかました。

 怯んだ私に柄尻による脇腹への殴打。

 次いで背後へ飛び退きながらの斬りつけが走る。


 その刃を腕で防ぎ、刃を掴み、引いてカラスの顔をフックで殴りつけた。


 倒れこむカラスだったが、すぐさま受身を取って立ち上がった。

 彼女との距離が離れ、私達は手を止めた。


「これは……笑えなくなってきたかな」


 言いながら、カラスは笑顔を向ける。

 口元から流れる血を拭った。


 まだ、余裕なのかな。

 でも、今は彼女に通用している。

 なら、このまま押し切ってやる。


 私はカラスへ飛びかかった。


 互いに互いへ死を与えようと、拳と剣を振るい合う。

 殴られ、斬られ、互いに傷を与え、与えられ、私達は血を流しながら戦った。


 どうやら、格闘戦では私の方に利が傾くようだった。


 次第に、カラスへのダメージが大きくなっていく。


 そんな折だった。


 カラスが魔力で黒煙を発した。

 目晦ましだ。


 この手口は、まるで忍者だな。


 視界を奪われつつ、そんな事を思う。


 どこから来る?


 警戒して、辺りを見回す。

 そして、私は振り返らないまま後ろへ右腕を伸ばした。

 その腕が、カラスの腕を掴む。


 刀を握り、私の首を狙って振るわれた腕だ。


「たまげたね……」


 カラスが呟いた。


 掴んだ腕を引く。

 同時に、引く手の方向と逆に体を回転させながらの左フックをカラスの側頭部へぶち当てた。


 地面へ叩きつけられるようにして倒れるカラス。

 その顔を思い切り踏みつけた。


 すぐに逃げようとするカラス。

 その首を後ろから掴み、持ち上げる。


「うぐ、ぐ……」


 カラスの体を岩壁へ向けて、振りかぶって思い切り投げつけた。

 背中から叩きつけられるカラス。


 それを追いかけ、その体へ連撃を加える。

 殴り、蹴り、壁に体を叩きつけられ、なすがままにされるカラス。


 不意に、カラスが体に力を取り戻す。

 刀による斬撃が私へ迫った。


 恐らくこれが、最後の反撃だ。


 向かい来る刃に、真っ向から拳で応じる。

 刃と拳がぶつかり合い、そして……。


 パキン、と刀が折れた。


「は……」


 笑おうとしたんだろう。

 そう声を漏らすカラスの顔面を殴りつける。

 再び、嵐のような連撃を加える。


 カラスの身体から次第に力が抜け、ついには彼女の手から刀の柄が滑り落ちた。


「これで、終わりだ!」


 一際大きく振りかぶり、私はカラスへ最後の一撃を加えた。

 拳が、カラスの胸へ突き刺さる。


「あ……、ああ……」


 カラスはそんな声を漏らし、その場で崩れた。




「終わりだね」


 胸に穴が空いたカラスに、声をかける。

 弱々しくも、カラスは私を見上げる。


「ああ……。どうやら、小生にも死が与えられるようだ……」


 もう、何も抵抗できないだろう。


 倒せた。

 カラスを……。


 これで、もうみんなが死ぬ事はない。


「でも、馬鹿な事をしたものだね」


 カラスが言う。


 その瞬間、私へ向けられた気持ちの一部が唐突に消えた。


「え?」


 それは、私の家族。

 そして、アールネスに住む人々から向けられていた気持ちだ。


 それが、徐々に消えていく。


「何をした!?」


 叫び、倒れ伏すカラスの胸倉を掴みあげる。

 片手でカラスの身体をぶらりと持ち上げた。


「約束だったろう……。君の命か、他の人々の命か……その二択だと。君が命を落とせばそれで済まそう……、と。そして君は命を落としていない……。そうなってまで、しぶとく生きてる。だったら、もう一方の選択を取るのは必然的だよ……。そうだろ?」


 言いながら、カラスは弱々しく笑った。


「そんな……」

「面白い話だね……。自分で持ちかけた取引を自分でぶち壊すんだから……。それに、今の君じゃあトキの力で過去へは戻れないね。ふふ、ふふ……」


 声からは力が失われている。

 消滅が近いのだろう。


 そして――


「じゃあね」


 そんな言葉を残し、カラスは消滅した。

 キラキラと光の粒子になって消えていく。


 あとには、何も残らなかった。


「この……っ! チクショー!」


 私は行き場のない怒りをぶつけるように、地面を蹴りつけた。


「せっかく倒したのに! みんなを助けたくてやった事なのに……! どうして、こうなるんだ! 私だけ、生きてるなんて……」


 女神になったって……。

カラスに勝ったって……。

そんなの、意味がないよ……。


 女神になったから、もう過去へ戻る事もできない。


 もう、二度と家族に会う事ができない……。


 そう思うと、涙がボロボロと目から零れ始める。


「こんなのってないよ……」


 体からシュエット様とトキが抜け出た。


「クロエ……」


 痛ましそうに、シュエット様が声をかける。

 けれど、それ以上何も言わなかった。


 そんな時、トキが口を開く。


「……何とかなるかもしれないよ」

「え?」


 トキの言葉に、私は顔をあげる。


「こんな事、やった事はないけれど……。まぁ、やってやれない事はないだろう」


 言いながら、トキはある方向を向いた。

 私も同じようにそちらへ向く。


 そこには、一つの死体があった。


 それは、クロエ・ビッテンフェルトだったもの。

 私が捨てた、人間としての私の亡骸なきがらだった。

 スーパーアールネス人ゴッド。


 クロエが神性を宿し始めている事にカラスが気付かなかったのは、戦っている最中にシュエット様達と合体していたからです。

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