七話 選択
タイトルと間違いを修正致しました。
ご指摘、ありがとうございます。
部屋にドアをノックする音が響く。
「私です」
「私? もしかして孫の富子かい?」
「娘のヤタです」
私私詐欺じゃなかったか。
「どうぞ」
促すとドアが開く。
ヤタが部屋に入って来た。
「どうしたの?」
「それは……こちらが聞きたいです」
ん?
「今日の母上は……。いえ、昨日から母上は何か様子がおかしい」
「それは……」
ヤタにも、気付かれていたか。
これでも、悟られないよう気を付けていたつもりなんだけど……。
「何か、あったのですか?」
心配そうに、ヤタは訊ねる。
心配、かけちゃったか。
娘にまで心配させちゃうなんて、母親として不甲斐無いな。
「おいで」
ベッドに座り、ヤタに隣を示す。
ヤタは素直に応じ、私の隣へ座った。
「確かに、私はちょっと悩んでる事があるよ。でも、ヤタが気にする事じゃないんだ」
「ですが……」
「私はヤタが気に病んで、落ち込んでしまう方が心配だよ」
ヤタの頬に手をやり、撫でる。
「大丈夫。私はお母さんだからね。あなたがそばにいてくれる限り、私は何にも負けないよ」
そう。
この子が居てくれるなら。
「でも……」
「そんな事より、私はあなたが素直になれない方が心配だ」
ヤタの言葉を遮って言う。
「アドルフくんって結構格好いいから、いつまでも放っておいたら誰かに盗られちゃうよ」
アドルフくんはヤタのなんでしょ?
「アドルフの事なんてどうでもいいです! もう知りません! 部屋に帰ります!」
そう言うと、ヤタは立ち上がって部屋から出て行った。
素直になれないのは誰に似たんだろう。
夕食の時間になり、私は食堂へ向かった。
すると、私以外の全員が卓についていた。
みんな、集まるのがいつもより早い。
「みんな揃ったね。じゃあ、夕食の準備してくるよ」
私が席に着くと、アルディリアが言う。
あれ? まだ準備できてないの?
アルディリアが厨房へ向かう。
その間、誰も言葉を発しなかった。
ただ、みんな私の方をちらちらと気にしているのがわかった。
「おまたせ」
アルディリアがカートで人数分の料理を運んでくる。
料理はステーキだった。
鉄皿の上でジュージューと音を立てている。
あれ?
この日の夕食って、魚のムニエルじゃなかったっけ?
「メニュー変えたの?」
アルディリアに問う。
すると、彼は驚いた。
「どうしてわかったの?」
「いや、なんとなく。今日は魚のムニエルが出る気がしたから」
「はは、クロエはすごいなぁ。誰にも言ってなかったのに。本当はそのつもりだったんだよ。でも、ステーキの方がいいかなって思って」
どうして、そう思ったんだろう。
「マミーは魚よりもお肉が好きだものね」
イェラが言う。
ああ、そういう事なんだ。
私のために、メニューを変えてくれたんだ。
「ははは」
アルディリアは笑うばかりで何も言わない。
照れているのかな?
「ありがとう」
私はお礼を言って、ステーキを食べ始める。
思えば、みんなが先に食堂へ集まっていたのも、私の事が気になっていたからなのかもしれない。
私の元気がないから、話し合っていたのかも。
そんな気がする。
「好きな物を食べれば、元気になるよね」
イェラが言う。
「明日は、みんなで遊びに行く日です。明日は存分に楽しみましょう。そうすれば、きっと母上の気も晴れると思います」
ヤタも言う。
みんな、私の事を心配してくれていたんだな。
こんなにみんなから思われて、私は……。
答えが出た気がした。
少なくとも私には、家族を見捨てる事なんて絶対にできない。
なら、自ずと選ぶべき選択は決まったも同然だ。
翌日。
運命の日。
私は前の時と同じように、家族で町へ遊びに出かけた。
劇を見て、昼食を取って、買い物をした。
前と同じ。
違うとすれば、みんなが私を気遣ってくれて、ヤタも私の事を無視しない。
きっと、前の時間よりも楽しい一時だ。
でも、私の心は晴れなかった。
だって、この時間の先にはあの出来事があるのだから。
そんな時間がずっと来なければいい。
早くその時間が過ぎてほしい。
と、相反する事を思いながら一日を消化していく。
その時を考えると、私は心から楽しむ事ができなかった。
そして、その時は来る。
私は一人でベンチに座り、その時を待っていた。
悲鳴が聞こえた。
あの母親の悲鳴だ。
顔を俯けた。
馬の嘶きと何かのぶつかる音がした。
「いやあああぁっ!」
先ほどとは違う、母親の悲痛な叫び。
私は思わず顔を上げた。
そこには、傷だらけで倒れる少女の姿があった。
母親は、涙を流しながら動かなくなった少女を抱きかかえている。
酷い光景だった。
ベンチから立ち上がり、数歩そちらへ向かう。
途中で、足が止まった。
この光景を作り出したのは、私だ……。
そう思うと、体が動かなくなった。
私の心は後悔で一杯になった。
酷い、気分だ。
母親の悲痛な気持ちが、痛いほどわかる。
だって、私もまた同じ思いをしたのだから。
子供を失う。
その辛さが、我が事のように思われた。
ああ、わかった。
よくわかった。
「よくやった」
声がした。
肩に手を置かれる。
恐らく、その声と手の主はカラスだろう。
私は彼女に屈した。
これから先も、これと同じ事を繰り返さなくてはならない。
ああ、よくわかったよ。
私はそれに堪えられない。
「これからも、よろしく頼むよ」
「……いや」
私は、カラスの手を払いのけて振り返った。
彼女は、そんな私に笑みを向けた。
彼女にとって私の行動は、読み取った運命に違わぬものだったのかもしれない。
これも手のひらの上か。
そう思うと不快に思う。
その不快さと怒りを込めて、私は怒鳴りつける。
「こんな事は、今回だけだ!」
私はカラスを置いて走り出した。
目指すのは、王城。
シュエット様の聖域。
実際に体験してわかった。
私には無理だ。
私は弱い人間だ。
どちらを選ぶ事もできない。
少しでも知り合ってしまった人間を見捨てる事なんてできない。
なら私が選ぶものは……。
賭けるものは……。
王城に着くと、私は城の中を駆ける。
「ビッテンフェルト夫人! ここは王家の許可がないと――」
止めようとする門番をかわし、強引に奥へ向かう。
城の兵士に追われながら、聖域へ辿り着く。
そして、トキの封印を解いた。
クロエが夫人と呼ばれる事ってあまりありませんよね。