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六話 ささやかな変化

 結局、答えが出ないまま一日が終わった。

 眠ればいい考えが浮かぶかもしれないとも思ったが、結局何も思い浮かばないまま夜が明けた。


 期限は明日の昼過ぎ。

 それまでに私は、答えを出さなければならない。


 決断しなくちゃならない。


 昨日は、自室で一人眠った。

 だから、目覚めるのも一人だ。


 少しだけ、寂しい。


 本当にどうしたものだろう。


 悩みながら部屋の外へ出る。

 朝食のために食堂へ向かった。


 その途中で、ヤタと会った。


「おはようございます。母上」

「おはよう。ヤタ」


 笑顔を作って返す。

 心配させないように、普段通り……。


 ヤタは、私の表情をじっと見た。


「何?」

「……いえ。お腹が空きました。朝食を食べに行きましょう」


 ヤタは笑顔で朝食に誘ってくれた。

 二人、並んで廊下を歩き、食堂へ向かった。


 食堂で、家族揃っての食事を取る。


 メニューはベーコンと目玉焼き。

 パンもある。


 今日は、アルディリアが作ってくれたみたいだ。


 少しぼんやりとしたまま黙々と食べ初めて、次第に一言二言言葉が交わされ始める。


「今日は少し早めに帰ってくるよ」

「あら、そう? どうして?」


 アルディリアが言って、アードラーが聞き返す。


「今日は、ヴォルフラムと約束があるからね。息子さんと一緒にくるそうだよ」


 ……このやり取り、前にも聞いた気がする。

 そうだ。

 私がこの朝を迎えるのは、二回目なんだ。


 聞いていて当然だ。

 同じ会話を前にも聞いていたのだから。


「そうなんですか?」


 ヤタが反応する。

 少し嬉しそうな声だ。


 そうか。

 今日は、アドルフくんが遊びに来る日なんだ。

 ヤタが怒って、私と口を聞いてくれなくなった日だ。


「ヤタも早く帰ってこなくちゃね」

「どうしてです?」


 アルディリアの言葉に、ヤタが少し声音を固くして聞き返した。


「ふふふ」

「何がおかしいんですか……ふん」


 ヤタはむくれた様子でアルディリアから顔をそらした。


 朝食が終わると、私はすぐに部屋へ戻った。


 外へ出る気も起きず、今日は一日家にいようと思った。

 予定もなかったはずだ。


 前のこの日は、どうやって過ごしていたんだっけ?

 すぐに思い出せなかった。


 じっくりと思い返し、買い物がてらの散歩へでかけていた事を思い出す。

 その日の夕食は白身魚のムニエルだったけれど、市場でじゃがいもを見かけて急にポテトサラダが食べたくなったんだ。

 だから、夕食をアルディリアと一緒に作って……。


 あの運命の日。

 その前日までは、本当に平穏だったのだろう。


 その日一日を何に費やしたのか、そんな事も咄嗟には思い出せないくらいになんとはなしに過ごしていた。

 特に目的もなく、ただ思うままに過ごしていたように思える。

 それが今は、贅沢な事のように思える。


 今日は、前の時のように外へ出たくないな。

 一日、屋敷で過ごす事にしよう。


 部屋を出る。

 リビングへ向かった。


 すると、リビングにはアードラーとイェラがいた。


「あら、クロエ」

「あ、マミー」


 二人はソファーで並んで座っていた。


「ここ、開いてるよ」


 イェラが自分の隣を示して言う。


「うん。じゃあ」


 私はそこへ座った。

 三人で並んで座る。


「イェラは、いつもアードラーと一緒にいるね」

「だって、一緒にいたいんだもの」


 イェラはまだ十四歳で、学校には通っていない。


 なかなかに行動的な子で外へ出かける事も多いが、屋敷にいる時はダンスの練習をしているか、アードラーと一緒にいるかどちらかである。


 私がアードラーと会う時は、いつも一緒にいる印象がある。


「まったく、いつまで経っても子供なんだから。来年からは学校なのよ? こんな歳まで、お母さんと一緒に寝ている子なんていないんだから」


 旅の時から、屋敷へ帰って来てからもイェラはいつもアードラーと一緒に寝ている。

 彼女が言うには、アードラーがそばにいないと眠れないそうだ。


「マミーに甘えられなくなる事が大人になるって事なんだったら、僕はいつまでも子供のままでいいよ」

「まったく、仕方の無い子ね……」


 そう言って溜息を吐いたアードラーだったが、その表情はどことなく嬉しそうでもあった。




 学校へ行っていたヤタが帰ってきた。

 私は、部屋へ戻ろうとするヤタとばったり出会う。


「あの、父上は?」


 出迎えた私に、ヤタはそう訊ねた。


「まだ帰っていないよ」

「そうですか……」


 多分、彼女が気にしているのはアルディリアじゃなくて、アドルフくんの事なんだろうな。


「アドルフくんが来たら呼んであげるから、とりあえず着替えてくるといいよ」

「な、アドルフの事なんて聞いていません!」


 睨まれた。


 おー、いかんいかん。

 この件で突っ込み過ぎると、前の二の舞だ。


「着替えてきます」


 ヤタは自分の部屋へ戻っていった。


 ほどなくして、アルディリアが帰ってくる。

 玄関に居た私は、彼を出迎えた。


 ヤタが帰って来てすぐに、アルディリアも帰ってきた事を思い出したから玄関へ向かったのだ。


「おかえり」

「ただいま。待っていてくれたの?」

「うん。帰ってきそうな気がしたから」

「そうなんだ。ありがとう」


 アルディリアは、ちょっと照れた様子で微笑んだ。

 こういう表情には、未だ可愛らしかった頃の片鱗が垣間見える。


 ふと、アルディリアは私の顔を凝視した。


「何?」

「うーんと、どちらかというとこっちが聞きたいかな。何かあった?」


 聞き返されて、私はドキリとする。


「ううん、なんでもないよ」

「そう?」


 少し懐疑的に聞き返される。


「そうだよ。いつものマッスルクロエさんだよ。そーれ、ハッスルハッスル」


 生の鶏肉とプロテインをミキサーした物だってゴクゴクいっちゃうよ!

 ラスボス戦で一人踊り続ける事だってやってのけちゃうぞ!


「ふぅん。だったらいいんだけど」


 まだ少し気にした様子ではあったが、アルディリアも部屋へ戻った。


 平然としているつもりだけれど、やっぱり今の私はどこかおかしいのだろうか?


 しばらくして、ヴォルフラムくんとアドルフくんが当家へ訪れた。

 前の時は、アドルフくんにちょっかいを出した私だったが、今回は何もしない事にした。


 私はイングリット親子が帰るまで自分の部屋で大人しくしていた。

 その結果、私がヤタに嫌われる事はなかった。


 それはよかったのだが。

 ふと気になった。


「シュエット様、シュエット様」

「何じゃ?」


 部屋で呼ぶと、シュエット様が机の上ににゅるりと像を成した。


「未来を知れば、歴史の強制力で運命は変えられないはずですよね?」

「そのはずじゃ」

「なのに、どうして今回は運命を変えられたんでしょう?」


 ヤタの事である。

 本来なら、私はどうあってもヤタから嫌われたはずだ。


「何を変えたのじゃ?」


 今のシュエット様が知るわけもないか。

 私は説明する。


「貴様……。あの年頃の娘は繊細なのじゃから、母親としてもっと対応には気をつけんとならんぞ? 配慮が大事じゃ」

「はい。身に沁みてます」


 私は深く頷いた。


「……何故、運命が変わったか。ワシも「時」はよくわからぬが、それは貴様こそが最先端だからではないか?」

「最先端?」

「うむ。貴様は、カラスと戦った時の記憶を持っておるのじゃろう? 未来から過去へ戻ったとて、今の貴様にとって今の体験こそが最新の体験であるはずじゃ。それはやり直しているのではなく、新たな運命を歩んでいるという状態なのかもしれぬ」

「ここは過去をなぞっているけれど、私にとってはあの日の延長にある新しい時間である。という事?」


 シュエット様は頷いた。


「もしくは、ここへ送られた時のトキの力がまだ貴様に宿っているのかもしれぬ。そもそも、未来の人間が過去へ飛ばされぬ限り、歴史の強制力が働かぬだけという事もあろう。はたまた、歴史から見ても変わった所でたいした事のない小さな変化だったからだとも考えられる」

「それって、理由がわからないのと同じとちゃいますのん?」

「うむ。そうじゃの。じゃから「時」の事はよくわからんと言うとろうが」


 なんじゃいそれ。

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