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二話 死の女神

 人々が倒れる中、現れた黒衣の女性。

 彼女と対峙した瞬間、私は気付いた。


 彼女は人間ではない……。

 人間にしてはあまりにも異質だ。

 見た目は人間のようだが、根本的な部分が人間とは違う。

 そんな存在だ。


 恐らく彼女は、女神だ。


 畏怖というのだろうか?

 ただ対峙しているだけだというのに、彼女に対する警戒が解けない。


 こんな存在は女神以外にありえないだろう。


 そして、この女神は私が会ったどの女神と比べても別格の存在だった。


 私は、旅の間に何度か女神に会った事がある。

 けれど、その女神達の誰とも違う、異質な雰囲気を彼女は纏っていた。


 強い力……。

 いや、そんな物では言い表せない。

 存在自体に危うさを孕んでいるような、そんな女神だ。


「よりによって、やっかいな奴に目をつけられたもんじゃの」


 籠の中からシュエット様の声が聞こえる。


「シュエットか……。久し振りだね」

「何故、ここにいる?」

「わからない? 神の領分を侵した人間を罰するためさ」


 そう言って、女神は私を見た。


 私の事?


「あなたは?」


 私は訊ねる。


烏下黄泉津比売命うかのよもつひめのみこと。こちらでは、カラスと名乗った方がいいかな」


 烏下黄泉津比売命。

 カラス……。


 そこまで言って、カラスは目を細めた。

 言葉を続ける。


「死の概念より生まれた死をつかさどる女神さ」


 死……。


「これは、あなたの仕業?」


 倒れ伏す人々を示して問う。


「そうさ。君に罰を与えようと思ってね」

「何故?」

「簡単な話さ。君は、小生の領分を侵したんだ。人の身でありながら、ね」


 女神というものは、人が女神の領分を侵す事を嫌う。

 それは一部の例外を除き、どの女神も共通して持つ観念だ。


「あなたの領分? 私が、死を侵したというの?」


 自分で言っていて、よくわからない。

 私には死をどうこうしたという憶えがないのだから。

 そもそも、どうすれば死を侵す事になるのかがわからない。


 死者蘇生とか?

 禁止カードだな。


「さっき、子供を助けたろう? まぁ、それも無駄になったけれど」


 先ほど助けた少女。

 彼女は、母親と共に倒れこみそのまま動かなくなった。


 もしかして、彼女は……。

 他の人々も……。

 死んでいるの?


「彼女はここで死ぬ運命だった。だけど、その死を君は覆した。人が持つ死の運命、それをどうこうできるのは神だけだ。それが、死の領分を侵すという事なんだよ」


 だから、罰を与える、か。


「だからと言って、どうして私ではなく何の関係もない人達を……」

「その方が君は辛いだろう? 言ったはずだ。これは、罰なのだ、と」


 くっ……。


「なんて、本当は君もすぐに死ぬはずだったんだけどね。でも、どうやら君は死への恐怖へ耐性を持っているようだ」


 私は父上の鍛錬によって、死に恐怖を覚えない。

 そのおかげで、私は命拾いしたって事か。


 それでも、少しずつ体を何かに蝕まれている気はするが……。


 それが死の恐怖。

 人を死へ至らしめるほどの耐え難い精神への負荷か……。


「シュエット。君ならわかるだろう? 神として、人が自らの領分に介入する不快さが……」

「……わからぬでもない。しかし……本当にお主の場合はそれだけか?」

「ふふふ」


 手元の籠から声がする。

 シュエット様の声だ。


「こやつはワシの巫女じゃ。それでも手を出すと?」

「でも神じゃない。君は相変わらず、人間びいきだね。……小生も、一つ二つの変化なら目を瞑ったさ。けれど、彼女はやりすぎたんだ。百億の人間の運命を変えたのだから」


 百億?

 確かに私は何人かの人間を助けたけれど、流石にそれだけの数の人間を救った覚えなんてない。


「そんな馬鹿な、という顔をしているね。でも、これは本当だ。君は実際にそれだけの人間が辿るべき、死の運命を変えてきたんだよ。わからないかな? 本来死ぬはずだった人間の死が変われば、それで変わる運命もあるって事だ」


 そういう事か。

 私の助けた命が、間接的にまた別の人間の運命に作用している。

 私は一人の運命を変えたつもりでも、その後にはさらに多くの運命の変化が続いているという事だ。


 だから、百億。

 それだけの人間の運命が、私の行いで変わってしまったという事か。


「それは許されない事だ。だから、贖ってもらう。君とこの国の命で。この国全てを君の墓標としてあげよう……」


 この国全て?

 じゃあ、こいつはアールネスに住む人間を全員殺すつもりなのか……!

 そんな事は、絶対に許せない。


「ここで私が謝ったとしても、その考えは変わらない?」


 カラスを睨みつけ、私は問いかける。


「無論……。もはや、君は取り返しのつかない所まできている。考えは、変わらないな」

「なら、遠慮はいらないね。シュエット様!」

「うむ。わかっておる。ワシとて、むざむざと巫女を死なせるわけにはいかぬのでな」


 シュエット様が私の体に入り込んだ。

 シュエット様の力が体に満ちる。


 黒色こくしょくが体に纏わり付き、ライダースーツのような形状になった。


 同時に、今まで私を蝕んでいた感触が消えた。

 シュエット様の力で、死の恐怖が遮断されたのだろう。


「確かに私は、神の領分に入り込んでしまったのかもしれない。それが神にとって許容できない事なのも知っている。でも、私の大事な物を踏み躙ろうとするのなら、私はお前を許さない!」

「だったら、どうする?」

「力ずくでも、あんたを追い払う!」

「はは、面白い」


 私は構えを取り、カラスが刀を抜いた。


 相手は神。

 でも、負けられない。

 負けてしまえば、この国が滅びるのだから。


 先手を取ったの私だ。

 カラスに殴りかかった。


 刹那。


 銀閃が私の腹部を裂いた。

 黒色のまといが切り裂かれ、肌に達した刃は腹に赤を咲かせる。


 何?

 今の……。

 見えなかった……。


 それからすぐに腕を上げたのは、勘以外の何物でもなかった。


 上がった腕に、痛みが走る。

 カラスの刃が肉を切り裂き、傷を走らせていた。


 腕を上げていなければ、恐らく首が切り裂かれていただろう。


「うっ」


 地面を蹴って後ろへ退く。


「いいね。今ので終わりだと思ったんだけど。なかなか、楽しませてくれる」


 カラスが楽しげに言う。


 何て速さだ。

 こんな斬撃を難なく放つなんて……。


 この女神は、私が今まで戦ってきたどんな相手よりも強敵のようだ。


 だというのに……。

 心に燃え上がるものがない。


 いつもなら、強敵を前にすれば心が躍る。

 なのに、どうしてかこの女神にはわずかばかりもそんな感情が湧いてこなかった。


「手加減はしないよ。他者を優先して、自分の好きなようにできない事はつまらないからね」


 言って、カラスは刀をぐるりと回す。

 柄を握らずに手のひらへ置き、自分の肘裏に刀身がひっかけた。


「クロエ!」


 私を呼ぶ声がする。

 見ると、アルディリアがこちらに向かって走って来ていた。

 しかし、その途中で倒れこむ。


 アルディリアは腕をついて起き上がろうとする。

 私に顔を向けようとして……。

 けれど力尽き、そして地面に突っ伏した。


 そのまま動かなくなる。


「アルディリア!」

「普通の人間なら、当然こうなる。君のように耐性がなければ、死の恐怖には抗えないさ」


 それって……。

 アルディリアが、死んだって事?


 そんな……。


 ふと、アードラーとイェラがこちらへ向かってくる姿が見えた。


「二人共、来ちゃダメだ!」


 私は叫ぶ。

 けれど、その言葉が届くか届かないかの内にイェラが倒れた。


 アードラーがイェラを抱きかかえるようにして、その顔を覗き込む。

 不安げなイェラの表情、そして心配そうにその顔を覗き込むアードラー。

 やがて、アードラーも顔を俯ける。


 気付けば、二人とも瞳を開いたまま動かなくなっていた。


 二人まで……。


 くそぉっ!


「死の恐怖は広がり、王都だけでなくやがてこの国を覆い尽くすだろう。そして、全てが死で満たされる」

「うおおおおおおおぉっ!」


 私は叫び、カラスに殴りかかった。


 そして、冒頭に戻る。

 カラスに歯が立たず、ヤタまで殺されてしまった。




「無理じゃな。ワシらだけでは、奴に勝てぬ。死の女神……カラスには……」


 シュエット様の言葉は、確かにその通りだろう。

 反論する余などもそこにはない。


 私は何も言えなかった。


 何もかもを失った。

 絶望しか、この身には残っていない。


 私は顔を俯けた。


「ワシらだけでは、な」


 続くシュエット様の言葉に、顔を上げる。


「今のお前には何も残っていない。なら、未練もなかろう。だから、戻るのだ。まだ失う前へ」

「どういう……事?」

「正直、頼りたくはないがのう……。本当に頼りたくないが、致し方ない。今までヤタと貴様が注いでくれた信仰心、そして貴様が今懐く絶望。それを全て使えば、三十分程度は時間稼ぎもできよう。だから、奴の下へ行け」

「奴?」

「ああ。現状を打破し、全てを取り戻すにはそれしか方法はないじゃろう。奴……。時の女神である、トキを頼る他に……」


 トキ。

 かつて、私とシュエット様が封じた時の女神だ。

 彼女には、時を操る力がある。


 彼女の力なら、確かに何とかできるかもしれない。


 小さな希望が、私の胸に宿った。


「面白い話をしているね」


 カラスが笑う。


「ふん、邪魔はさせんぞ?」

「できるかな? 君に」

「できぬと思うか?」


 シュエット様とカラスが視線を交えた。


「さぁ行け、クロエ。ワシの名を出せば、あやつも願いを聞き入れてくれよう」

「わかった」


 私は走り出す。

 トキの封印された王城へ向けて。

 同時に、シュエット様もカラスへ向けて駆け出した。


 私は振り返らず、王城へ行く。

 死に蝕まれ、次第に重くなっていく体で死体の転がる王都を駆ける。

 王城についても、中は兵士達の死体が多く転がっていた。


 その中には、見知った顔の人間もいた。


 悲しみと絶望感を振り切って、私は城の奥へと走る。

 そしてシュエットの聖域へ着いた時、私の体にも死が追いつこうとしていた。


 死が完全に私を覆う前に、私は聖域の中心へ拳を突きこんだ。


 アンチパンチで地面を砕く。

 すると、そこには青い結晶に包まれたトキの姿があった。


 私は最後の力で、結晶を砕いた。


 砕かれた結晶の中、灰色の女神はゆっくりと瞳を開いた。


「シュエット様が……頼れと言った。だから、お願い。助けて……」


 絞り出すように、私は言った。

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