一話 まずは婚約者から攻めてみよう
私の名前はクロエ・ビッテンフェルト。
乙女ゲームのキャラクターである。
そして、飛び道具、対空技、当身技、長い手足を持ち、全キャラ中最長の小足(下段弱K)が魅力のごく普通の格ゲーキャラクターでもある。
ゲージ消費の超必殺技は飛び道具の強化版と初段ロック系。
初段ロックは、一発殴って相手を吹き飛ばし、放物線を描いて相手へ跳び込みながら二撃目のパンチを見舞う技だ。
当たると相手がバウンドする。
壁際だと、その後に対空技で追撃できる。
あと、ゲージ全消費する事で使える固有フィールドなるシステムがSEになってからで追加されたのだが、クロエ固有フィールドは一定時間怯まないアーマー付与である。
ちなみに、固有フィールド全般は1秒につき1ゲージ消費なので最大9秒間持続する仕様である。
そんな私であるが、一つ悩みがある。
なんと私は、あと三、四年ほどしか生きられないのである。
それも病気などではなく、運命で決まっているのだ。
なんてこった!
正直、まっぴら御免である。
なので私は、死の運命を回避するため、奮闘する事にしたのだった。
さて、死の運命を回避するとして具体的にどうすればいいのだろうか?
ちょっと状況を整理しつつ方法を探ってみよう。
クロエの直接的な死因は隣国の兵士と戦って力尽きたという物。
敵兵は全員倒していた所から見るに、これは事前の主人公との決闘をせず、万全の体勢で戦えば生き残れる可能性あり。
ただ、ちょっと正確性に欠ける。
それならば、そもそもの原因である戦争を回避する方がまだ確実だ。
では何故、根本的な原因である戦争が起きたのか?
ゲーム的な話でいうと主人公と我が婚約者様の恋愛フラグが原因。
戦争に至る詳細な背景は不明。
とんだバタフライエフェクトである。
少なくとも、ゲーム知識だけでは解決案が出ない。
ならば、今は主人公と我が婚約者様の恋愛が原因と仮定しておく。
具体的な対応策としては、二人の仲を妨害すればいいのか?
いやいや、それではゲームの展開と同じだ。
主人公に勝てばいいが、負ければデッドエンドへ一歩踏み入る事となる。
格ゲーマーとしてはちょっと主人公と戦ってみたい気も……。
いや、ダメだダメだ。
死活問題なんだぞ!
でも、二人の恋愛フラグを折るという考えは間違ってないかもしれない。
ただ妨害するという方法がリスキーなだけだ。
もっと安全で、確実な方法があればこの部分の改変がもっとも正解に近いと思う。
うーんそうだな、たとえば……。
その日、我が家には来客があった。
当家の玄関先で迎え入れたその人物の名は、アルディリア・ラーゼンフォルト。
私の婚約者様その人である。
くるくるとした栗色の巻き毛。
ブラウンの瞳。小柄で華奢な印象の少年だ。
全てが曲線でデザインされたかのような丸みのある顔立ちは、女の子のように可愛らしい。
そしてゲームをプレイした私は、彼がこの容姿を維持したままサイズアップする事を知っている。
それに比例して私も同じように大きくなるわけだ。
多分、私のデザインがイケメン寄りなのは彼との対比だ。
どうだ、似合わんだろう?
だから奪って救い出してやれ、というプレイヤーへの意図でもあったのかもしれない。
生前の私は、なんとなくそう思っていた。
実際は知らん。
彼は自分の父親と共に訪れた。
彼の父親は、アルディリアとは違って巨漢の男である。
肉襦袢を着ているような筋肉モリモリマッチョマンだ。
多分、変態ではない。
ただ、アルディリアの父親だけあって優しそうな雰囲気がある。
髪の色も瞳の色も同じだ。
そんな父親がアルディリアの背中を軽く押す。
それが合図だったのか、アルディリアが口を開いた。
「お、お招きに預かり、光栄です。クロエ様」
おどおどとした口調でたどたどしくアルディリアは口上を述べる。
前もって言う事を決められていたのか、アルディリアは言い終えると露骨にホッとした表情になった。
「こちらこそ、光栄です。アルディリア様」
返すと、ホッとした表情が消え、再び緊張の色を見せる。
私の前だと、基本おどおどしてるんだよねぇ。
こっちの方が身長高いから、ちょっと威圧感を覚えちゃうのかな?
怖くないよー?
私はにっこりと笑いかけた。
アルディリアはビクリと身を震わせた。
何でや? 怖くないやろ? 女の子やぞ。
女の子に笑いかけられたら、男としては喜ぶ所やで。
心の中でおちゃらけてみても、理不尽に怖がられたショックと計画初手の失敗は取り返せない。
いかんな。
これが死亡ルート回避策。その一。
アルディリアと婚約者としての関係を強めよう作戦だ。
ゲームの彼はクロエに苦手意識を持っていて、彼女を避けていた。
クロエがアルディリアの事を「軟弱者」と蔑んでいた事が原因だ。
それがトラウマとなっていて、悪く言えば主人公はその心の隙間に付け込むわけなのだが……。
まぁ、とにかくその苦手意識を無くして、あわよくば私に恋でもしてもらえば一発逆転で死のルートが消えると考えたわけだ。
いや、さっきは理不尽に怖がられていると言ったけど、本当の所は理由もわかってるんだよね。
実は記憶を取り戻す前にやっちゃったんだ。
「軟弱者」発言。
「ホニャララついてんのか?」とか乙女が口にするべきではない事も言った気がする。
まったく、クロエのやんちゃには困ったもんだぜ。
それでも定期的に来るのは、彼の父親に私と仲良くするよう言い含められているからなのだろうか?
「では、私は君のお父上と話があるので、アルディリアと二人で話をしていてくれるかい?」
アルディリアの父親は優しく私に言うが、それを聞いたアルディリアは絶望的な表情になった。
間違いなく父親に無理やり連れられてきているな。
二人っきりは嫌、と顔に書いてある。
こんな彼が自主的に私と会おうとするなんて考えられない。
「はい。わかりました」
「では、よろしく頼むよ」
アルディリアの父親が去り、私は彼を見た。
怯えた小動物を思わせる濡れた瞳が私を捉えていた。
酷い事しないで。と言葉にせず語っているようだ。
もう、やめてよ。
何だかすごく悪い事してる気分になる。
ホラホラ、私が来たからあーんしん。
「とりあえず、庭にでも行きましょうか」
「は、はい」
大丈夫だって。
別に大人の目のない所でイジメるわけでもないんだからさ。
私は彼を半ば強制的に外へ連れ出した。
なんて表記すればいいのかわからないから初段ロックと書いたのですが、真・昇竜みたいに一撃当てると二撃目が確実に当たるタイプの技はなんと表記すればいいのでしょう?
ゲージ消費の特殊技を固有フィールドに改名しました。設定も少し詳しくしました。