十七話 拳の使いどころ
アルエットちゃんと出会った次の日、私は職員室に呼び出された。
ティグリス先生の机まで行く。
書類仕事をしている先生が、私に気付いて顔を上げた。
「何の用ですか? 兄貴」
「俺は一人っ子だ。そんな事はどうでもいい。お前を呼んだのは、昨日の事だ」
アルエットちゃんの事かな?
誤解です、ハスハスしたいと思ったけど何もしてません。
おてての柔らかさと温かさを堪能しただけです。
「昨日、お前が打ちのめした生徒の親から苦情が来ている」
「あー、そっちでしたか」
「他にも何かあるのか?」
おっと、やぶへびだ。
「いえ、何もありません」
「……信じておこう。それで、手を出したのはそっちだという事だが、間違いないか?」
「それは……そうですけれど……」
先生が溜息を吐く。
「お前くらい強ければ、安易に力を振るいたくなる気持ちはわかる。俺だって、こんな偉そうな事を言えるような生き方をしているわけじゃない。でも、お前の強さはそんなに安いものじゃないだろう」
「そう、ですね。でも……」
「お前は自分が強い事を知ってる。それを理解できるだけの賢さがあるとも俺は思ってる。だからこそ、拳の使いどころは選べ。本当に今回は、お前が拳を使わなければならない事態だったのか?」
わからない。
正しいとは思っていない。
でもあの時は仕方がなかったと思っている。
でも、絶対にそうしなければならなかったのか? と問われれば、私は胸を張れない気がした。
先に手を出したのは私だ。
暴力沙汰になるきっかけは、私が作ったんだ。
それも、気に食わない事を言われそうになったから、なんて身勝手な理由だ。
私は相手の口を力ずくで閉ざしたのだ。
「まぁいい。その事はじっくりと考えればいい。それで昨日の事だが、相手方の苦情は家同士の問題にならないよう俺がなんとか処理する」
「え、いいんですか?」
思ってもいない言葉に驚く。
先生が「ふっ」とかすかに笑う。
「娘からは事情を聞いている。教師としては注意しなくちゃならないが、俺個人としては礼を言いたい気分だからな」
ああ、やっぱりこの人は格好良いな。
元平民って事で、交渉も大変だろうに。
そういった泥を平然と被ろうとしちゃうんだから。
「別に、こっちで処理してもいいですよ。うちは侯爵家ですし、簡単に黙らせられます」
「ビッテンフェルト。ちょっと寄れ」
「はい?」
言われる通りに先生の方へ寄る。
唐突にデコピンされた。
「…………っ!」
声にならない悲鳴。おでこを手で押さえる。
痛っっったぁ……っ!
本気で痛かった。
きっと1フレームに違いない。
おでこにもウエイトトレーニングをしとくんだった。
「そんな事は言うな」
「先生?」
「お前みたいな格好良い女には、権力頼りの人間になってほしくないからな。拳に限らず、そういった力の使いどころも覚えていくんだ」
先生……。
そんなものだろうか?
私、格好良いの?
格好良い先生から、こんな事を言われるなんて思わなかった。
「もう、行っていいぞ。次からは気をつけろよ」
「はい。ありがとうございました」
職員室を出る。
私が格好良い、か。
遅れて嬉しさがこみ上げてくる。
けれど……。
私は強い。
きっと、この学園で私に勝てる人間なんていない。
いるとすれば、ティグリス先生くらいだろう。
それ以外は、私にとって弱者だ。
弱い人間を暴力で黙らせるのって、弱い者イジメだよね。
イジメ、カッコワルイ。
そんな言葉だってある。
やっぱり、私は格好良くないんじゃないか。
私は多分、あまりにも強い自分の力に溺れていたんだ。
今の私じゃあ、先生から格好良いって言われる資格なんてないな。
それに私の強さは、父上の強さと同じ。
父上から引き継いだ強さだ。
私が自分の気分だけで振るっていいほど、安くも軽くも無いんだ。
ありがとう、先生。
私、ちょっと勘違いしてたかもしれない。
それに気付かせてくれて、ありがとう……。
私、先生に誇れるくらい格好良い人間になるよ!
もうしばらく、女性らしさが足りない感じになるかもしれません。