十四話 神と神の巫女
誤字報告、ありがとうございます。
修正致しました。
過去の世界。
私は、シュエットの力を借りてトキを倒そうという計画をアルエットちゃんとチヅルちゃんに話した。
私は昔、シュエットに心の中へ入り込まれ、操られた事がある。
その時に、相手の運命を見るという能力が一時的に発現した。
それはシュエットに入り込まれた時、彼女が権能の一部を貸し与えたためだと思われる。
権能を貸し出せるという事は、彼女の性質である女神の権能に左右されない神性も貸し出せるかもしれないと思ったのだ。
「ああ、そういう事でしたか……。だから未来のシュエットはあんな事を」
アルエットちゃんが納得した声で言う。
「シュエットと会ったの?」
「未来では結構な頻度で会いますからね。ヤタの肩によく乗っています」
私の娘は目玉になったアルディリアじゃなくて、ちっちゃくなったシュエットを肩に乗せてるのか。
どういう経緯?
「最初は、トキの討伐をシュエットにお願いしたのですよ。
でも、力が足りないから無理だ、と断られました。
その代わり、過去から連れてきた奴に力を貸すつもりだ、とも言っていまして。
それはカナリオさんだとばかり思っていましたが、クロエさんの事だったみたいですね」
きっと、ここで私がシュエットへ話を通しておく事で未来のシュエットが私を待ってくれているという事なんだろう。
じゃあ、今約束しておこう。
「シュエット様。お願いがあります」
「……トキの話か? というより、それが神に物を頼む態度か?」
私はシュエットの体を右手で握っていた。
シュエットは今、頭だけが出ている状態である。
数秒後には頭がコロリと落ちそうな構図だ。
「失礼しました」
私は手を開いて、手の平に彼女を乗せた。
「うむ」
手のひらに仁王立ちして、ご満悦という表情で頷く。
それで満足なんですか?
ここにいるみんな頭が高いですよ?
見下ろされてますよ?
「だいたいの事情は知っておるよ。ワシはいつもお前を狙っておるからな。今回の出来事も把握しておる。それにお前が言う通り、ワシが力を貸せばトキの力に抗う事もできよう」
「なら話は早い。未来の私に協力してください」
「確かにワシはトキが嫌いじゃが、お前も好きではないからのう……」
「そこをなんとか。いいじゃないのー」
「ダメよー。ダメダメ」
シュエットの代わりにチヅルちゃんが答えた。
「何でお前が答えるのじゃ?」
シュエットの問いに対し、チヅルちゃんは笑って誤魔化す。
「じゃあ、取引しよう。これを引き受けてくれたら、何か一つ私にできる事を何でもしてあげます。あ、人間を滅ぼす手伝いになる事は無しで」
「体を寄越せ」
「間接的に人間滅ぼす手伝いになりそうだからそういうのも却下します」
「むむむ」
何がむむむだ。
「今決めなくてもいいと思いますよ」
チヅルちゃんが提案する。
「お願いは未来でまた会う時までに決めればいいんですよ」
「なるほどのう……。なら、その時までどうするかは保留で良いな?」
案外、すんなりと受け入れてくれるシュエット。
協力の意思を見せてくれている事が少し意外だった。
「何か、素直だね」
「言ったじゃろう。ワシはトキが嫌いじゃ」
「敵の敵は味方」理論ですか。
という事で、私はシュエットと約束を交わす事ができた。
そして、未来へ渡る事になる。
「そういえば、他の人はいいの? まだいるんでしょう?」
四天王が。
「時間切れでどうせもう少ししたら未来へ帰されますよ」
チヅルちゃんが言う。
それでいいんだ。
「確かにそうなのですが、少し心配なので私はここに残って二人を探します」
アルエットちゃんが言う。
先生だもんね。
「わかりました。じゃあ、私達は先に未来へ行っています」
挨拶を交わし、ヤタを負ぶった私とチヅルちゃんはクロノストーンの力で未来へ渡った。
ブブブ、と空気が振動するような感覚を味わったかと思うと、私達はいつの間にかどこかの部屋の中にいた。
「ここは?」
「王城です」
私の問いに答えたのは、チヅルちゃんではなかった。
声がした方を見ると、そこには数人の人間が立っていた。
その中で、声を発したであろう人物を見る。
杖をついた女性だ。
「イノス先輩?」
その女性はイノス先輩だった。
思ったよりも老けていない。
ただ眉間の皺が少し目立ち、眼光も幾分か鋭い。
手には白色照射装置らしきものを持っていた。
形が微妙に違うのは、改良版だからだろうか?
「お久し振りですね、クロエさん」
「うん」
私にとってはそうでもないが、そう答えておく。
こっちの私は十年以上も行方知れずなのだ。
「でも、何でここに私達は来たんだろう?」
「クロノストーンを使った場所がここだからですよ。使った場所に戻されるみたいです」
チヅルちゃんが答えた。
「イノス先輩が待っていてくれたんですね?」
「ええ。多分、私の娘が一番の重傷を負って帰ってくると思われましたので」
心配だったんだね。
そのための白色照射装置か。
「あなたには感謝しています。でなければ、あの子は過去で死んでいたかもしれません」
手加減するように言った時の話か。
……イノス先輩。
重傷の原因ってもしかして……。
「カナリオさんはいないのですか?」
先輩が怪訝な顔で訊ねる。
「代わりに私が来ました」
先輩の表情が一層怪訝さを増す。
眉間の皺が濃くなった。
こういう表情をよくするんだろうな……。
「イノスさん。多分大丈夫です。そのためにもシュエットの居所を知りたいのですけれど」
チヅルちゃんが訊ねる。
「ここにおるぞ」
声の方を見ると、部屋の家具の上にシュエットが座っていた。
相変わらず小さい。
私は負ぶっていたヤタを床へ寝かせた。
「この子にも白色をかけてあげてほしい」
「外傷は見られませんが……。うちの子と大差ないくらいに痛めつけられたみたいですね」
人聞きが悪いな。
私なりの愛情表現だよ。
「で、シュエット様。願いは決まった?」
私にとっては少し前の出来事だが、彼女にとっては十年以上前の出来事だ。
考える時間は十分にあっただろう。
「うむ。決めたぞ。貴様には、ワシの巫女になってもらいたい」
「巫女に?」
「うむ。貴様だけでなく、ビッテンフェルト家には代が続く限りワシに仕えてもらう」
「構わないけれど……。アールネス人絶滅計画とかの手伝いはしませんよ?」
シュエットは苦笑する。
私、何かおかしい事を言った?
「もう考えておらぬよ。そのような事は……。ワシも、考えが変わったのじゃ」
私の知らない時間で、彼女の考えを変える何かがあったのかもしれない。
「で、この条件を呑むか?」
「もちろん。だから、ご助力お願いします」
「よかろう。では、すぐに行くか? それとも休むか?」
「……ちょっと休みたいかな」
夜通し闘って少し辛い。
体の怪我とかではなく、疲労のためだ。
このあたりは、白色でどうしようもない事である。
「ならば、少し休むが良い」
そして一時間ほど眠り、私はトキへ挑む事になった。
起きて軽い食事を取っていると、残った四天王の二人とアルエットちゃんも部屋に戻ってきた。
銀髪の少女と金髪の少年が仰向けに倒れている。
二人共ボロボロで、気を失っていた。
イノス先輩が二人に対して白色照射装置をかけていた。
その後、すぐに二人とヤタはどこかへ搬送されて行った。
医院か自宅で療養させるのだろう。
ヤタが運ばれていく時は、少しだけ名残惜しかった。
それから少しして。
シュエットを体に受け入れ、彼女の権能を借り受ける。
それと同時に、私の着ていた強化服が変化した。
皮膚のような質感の生物的なフォルムに変わり、私の体にフィットする。
顔を口元の開けた仮面が覆う。
新しい強化服も動きやすかったが、これは段違いだ。
まるで、体の一部のように感じられる。
服を撫でる風もそのまま感じられるようだ。
風を感じられる事と体にフィットし過ぎてボディラインが浮き出る事もあり、全裸になった感覚があってちょっと恥ずかしい。
その姿で、私はシュエットの聖域へ向かった。
そして、私はトキに挑んだのである。
「僕を倒しに来たんだね。君達は……。シュエットがついていたとして、それでも人間に僕が倒せるかな?」
「ふん。この人間は、強いぞ。ワシの知る中では、最強じゃ」
「ふぅん……。君がそんなに褒めるなんて……。少し、妬けるね」
言いながら、トキが手を振って来る。
その動作で何かを投げつけた。
氷で出来たナイフだ。
ナイフを腕で払いつつ、トキへ殴りかかった。
拳が当たる寸前、トキはその場で強く地面を踏む。
すると、地面に聖域全体へ衝撃波が円形に広がり、地面が砕けて土くれが吹き上がった。
砕けた土くれが下から吹き上がる中、私は後ろへ跳んで土くれを避ける。
そして吹き上がった土くれが、空中で制止した。
トキがこの場の時間を止めたのだろう。
私は空中で制止する土くれの上に下り立った。
トキが、そんな私を見上げた。
一度力を込めるために屈み、私の方へ突っ込んできた。
同時に数本のナイフが投擲される。
ナイフの刃と彼女の手刀が私へ迫る。
先んじて私へ到達したナイフを弾き返し、トキの手刀に拳を返す。
互いの攻撃が互いの顔へと放たれた。
数時間後。
「ハァハァハァ……」
私は拳を突き出した形で息を整えていた。
「シュエット……。君の言う通りだ。この人間は本当に強い……」
トキが呟く。
突き出された拳は、トキの胸ごと壁を貫いていた。
腕をトキの血が伝う。
激闘の末、私はトキに勝利したのだ。
貫かれた胸のあたりから、青い結晶が生じ始める。
多分、シュエットが彼女を封印しようとしているのだろう。
私はトキの胸から腕を抜いた。
「ねぇ、シュエット……。僕は間違えていたのかな……? 君は、人に絶望しなかったの……? 嫌いにならなかったの……? 悲しい思いはしなかった……?」
「いや、間違っておらんよ」
先ほどまで、私の体の中に入り込んでいたシュエットが肩に現れる。
「ワシは人の行く末を知り、絶望した。裏切られた気分になった。悲しみもしたし、恨みもした。滅ぼそうとも思った」
「そう……」
「でも、今はそう思っておらん。
考え方を変えたのじゃ。
ワシがあの時真っ先に考えたのは、人を滅ぼす事。
そうする事で、運命を変えようと思った。
じゃが、人間もまたワシの愛した生き物達の一つである事を思い出したのじゃ。
じゃからワシは、これから人間があの愚かしい行いを現実に成さぬよう運命を変えるつもりなのじゃよ」
トキは笑った。
穏やかな笑みだ。
「そう、なんだ……。よかった……。今の君は憂いていないんだね……。優しい君のままだ……。君の心が人間に囚われている事が、少しだけ悔しいけれど……。今度は、安心して眠れるよ……」
その言葉を最後に、トキの体は完全に結晶の中へ埋まった。
これで、終わったんだね……。
そう思うと、力が抜けた。
その場で私の体が崩れる。
仰向けに倒れた。
「あなたの時もそうだったけどさぁ……。神様って強いよねぇ」
「じゃからこそ楽しかったとぬかすわけじゃろ?」
「まぁね。よくわかってるね」
「普通なら、そんな感想で済まぬと思うのじゃがな。神を前にすれば、人間など逃げ惑うくらいしかできぬものじゃぞ。お前はおかしいのじゃ」
確かに、攻撃が効かないんじゃ倒しようがないね。
幸い、私が戦った女神様は二人共、ちゃんと対抗できる手段があった。
だから倒す事ができたわけだ。
「シュエット様がいなくちゃ、絶対に勝てなかったよ。ありがとう」
「ふむ。もっと感謝し、ワシを称えよ。巫女としてな」
「うん。……でも今は、ちょっと眠るね。疲れちゃったから」
「うむ。今は、眠っておるがいい」
起きたら、すぐに元の時代に帰ろう。
もう一度ぐらいヤタの顔を見たい気もするけれど。
また、会えるものね……。
そう思い、私は目を閉じた。
感想返しのコメントとちょっと言ってる事がズレているので言い訳させていただきます。
イノス先輩がエミユの反省に気付いたとすれば、クロエからの言葉があったからです。
なので、やっぱり反省に気付いたか、初めからそのつもりだったか、という所は読者の判断に任せる形になっております。
あと、カナリオは巫女をクビになりました。
そして、次で時の女神編は終わりです。