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十二話 想いを伝える拳

 いつもより、こってりと戦いの描写をしたつもりです。

 廃墟じみた家屋。

 その一室は月明かりを遮られ、夜の闇の中でもより一層に暗かった。


 チヅルちゃんから聞いた、ヤタ達が潜伏する隠れ家。

 私は先ほど、その一室へ踏み込んだ。


 他の子達も揃っているかも、と思ったが踏み込んでみると居たのはヤタ一人だけだった。


 そして私は、ヤタと二人きり。

 部屋の中で向かい合った。


「コーホー。アイム・ユア・マザー!」

「……無論、存じている」


 まぁそうだね。

「ノーッ!」とは言わないよね。


「アルエット先生か……それともチヅルか……。どちらでも良いか。そちらから出向いてきたのなら、私は自らの心に従おう」


 ヤタが言いながら、構えを取った。

 ビッテンフェルト流闘技の構え。

 多分、父上から教わったのだろう。


 私の物よりも、アルディリアの物よりも、限りなく源流に近い構えだ。


「どういう事を思っているのか、私にはわからない。でも先に言っておくよ。たとえここで私を倒せたとしても、きっと未来は変わらない」


 チヅルちゃんの理論ではそうなる。

 私が負けて、本当に戦えない体にされても私は未来で行方不明になるだろう。


「ならばここでぶつけるのは、恨みだけだ!」


 叫び、ヤタが殴りかかってくる。

 拳が私の顔に迫ってくる。


 私はその拳をあえて受けた。

 仮面が外れ、部屋の隅へ飛ぶ。


「なっ……?」


 私がわざと攻撃を受けた事に、ヤタは驚いた。

 頬にめり込んだヤタの拳を掴む。


「そんなものなの? あなたの恨みっていうのはさ?」

「くっ」


 私の手を払って、ヤタは拳を引く。


「というより、手加減したでしょう?」


 ヤタの拳は、昨夜戦った時と比べて明らかに軽かった。

 手を抜いていた事は明白だ。


 これは私が悪いかもしれない。

 昨夜、弱い所を見せてしまったからだ。


 それで失望されちゃったみたいだな。


 でも、ちゃんと威厳は取り戻させてもらうつもりだから。

 許してね。


「私はあなたの母親……。あんな程度なわけがない。見せてあげるよ。あなたの母親がどれだけ強いのか」


 私は言って、大振りの一撃をヤタへ振り抜いた。

 ヤタが私の背中へ回り込むようにして、避ける。

 ブーストでそんなヤタの方へ迫る。


「!?」


 そして、そのまま背中と肩で体当たりした。

 ブーストの挙動で意表を衝かれた事もあり、ヤタは体当たりをモロに受けて吹き飛ばされた。

 壁に背中を打ちつけられ、膝をついた。


 十年早いんだよっ!


 膝をついたヤタが、無言で立ち上がる。

 構えを取った。

 私もまた、そこで初めて構えを取る。


 じりっ、と間合いを詰めるヤタ。

 そして、拳を振るってくる。


 右腕で受ける。

 次いでのフックを屈んでかわし、こちらもボディを狙ってのフック。

 身を退いてかわされる。


 手を出し合い、しかしそれが致命打にならない。

 避けあい、当たる事も稀である。

 当たったとしても、確実に防ぐ。

 互いに隙のない攻撃で戦法を組み立てているからこそだ。


 カナリオとブッパ無しでやり合う時と似ている。


 拳や蹴りが空を切る音と時折の肉を打つ音。

 それだけが室内に木霊する。


 膠着する戦況は永遠の事かに思えてくる。

 しかし、少しずつ経験の差が出てきた。


 顔を狙ってくる拳に私は頭突きを合わせた。

 ガントレットに固められたヤタの拳はとてつもなく痛かったが、それでも威力はこちらの方が勝ったようだ。


 ヤタの拳が砕ける感触が伝わってきた。


「くっ」


 呻くヤタ。

 そして、続く私の蹴りを後ろへ退いて避ける。

 その先は窓の外。

 窓から飛び出したヤタは、マントを広げて背中を向けた状態で滑空する。

 私もそれを追った。

 マントを広げ、風の魔法を操って飛ぶ。


 ヤタが着地したのは他の家屋の屋根だ。

 私も着地し、互いにまた構えを取る。


 再び攻防が始まる。

 白色で治したのだろう。

 ヤタの拳が治っていた。


 そんな中、ヤタはショベルフックを放つ。

 アルディリアの得意とする、内蔵を破壊する拳だ。

 私の脇腹に抉り込まれる。

 衝撃が、私の内臓を抜けた。


「……優しい子だね」


 私は呟く。

 ヤタは戸惑いの表情を見せる。


 ヤタのショベルフックは、前と逆の方向を狙って放たれていた。

 闘技者として、ここは前に砕いた場所を狙うべきだ。

 けれど、この子はそれをしなかった。


 でも、どちらであってもまだ甘い。

 前の油断していた時ならいざ知らず、威力が足りない。

 私が本気で固めた腹筋を穿つ程の力はない。


 私はフックの腕を掴んだ状態で、もう一方の手を振りかぶった。

 ヤタの顔面に思い切り張り手をぶつける。


 ヤタは顔を張られ、その威力で後方の屋根へ仰向けに倒れた。


 ヤタはすぐに跳ね起き、また挑んでくる。

 その顔は涙と鼻血まみれだ。


 ははは、ぶっさいくな顔だ。

 それが妙に愛おしく感じる。


 必死になって挑んでくる娘。

 私はその攻撃を受ける。


 全部受ける。

 受けながら、きっちりと反撃を返す。


 先ほどのような避け合い防ぎ合いの闘いではなく、殴り殴られ合う形の闘いになった。


 そんなやり取りを交わし続け、気付けばヤタは屋根の淵まで追い詰められていた。


 私の裏拳を避けて、一歩後退する。

 その先にもう屋根はない。

 彼女は屋根の下へ落ちた。


 追いかけて下を覗き込む。

 蹴りが私の顎を捕らえた。


 見ると、サッカーボールキックの体勢のヤタ。

 どうやらヤタは、壁に張り付き立っていたようだ。


 壁歩きだ。

 私がアルディリアに教えた技術を教わったのだろう。


 妙に嬉しくなった。

 自然と笑みに顔が綻ぶ。


 蹴られた威力を消すように、バック宙返りする私。

 そのまま壁に立つヤタ目掛けて、下方向への蹴りを放つ。

 ガードするヤタ。

 それと同時に、私も壁へ手をついて張り付いた。

 壁を地面としての闘いが始まる。


 私の血だろうか?

 ヤタの壁歩きは、アルディリアよりも巧みだ。

 安定していて、壁に張り付きながらもちゃんと闘えている。


 闘いながら、そんな事を考える。


 さっきと同じように、私の顎が蹴り上げられた。

 そしてまたさっきと同じように私はバック宙返りしてから、壁に着地せず真下へ向けてフライングクロスチョップを見舞った。


 避けられた。


 私はそのまま地面へ落ち、その直前で体勢を立て直して着地する。

 見上げると、ヤタが蹴りを放ちながら追ってきた。


 そんな彼女の蹴り足を掴み、ぐるりと一回転。

 そして、隣の家屋の壁へ叩きつけた。


 家屋の石壁が崩れ、その中へヤタを放った。

 崩れた石壁の穴から、私は家屋の中へ入る。


 どうやらそこは酒場だったらしい。


 酒や料理を口へ運ぶ体勢のまま、客達が呆然と私を見ていた。


「お騒がせしてすみません」


 一言謝って、私はヤタを探す。


 ヤタは一人の客とテーブルを下敷きにして倒れていた。


 流石にダメージが大きかったか。

 私の子はきっと頑丈だから大丈夫だろう思ったんだけど、やりすぎたかもしれない。


 そんなヤタに近寄る。

 目が開き、私を見る。


「それで終わり? 私に伝えたい気持ちは、それだけなの?」


 言うと、ヤタの眼に闘志が宿った。

 倒れた体勢から腕の力で体を跳ね上げ、蹴りを放ってくる。


 手の平で受けて防ぐ。


 ヤタは蹴りの勢いを利用して、そのまま立ち上がった。


「まだまだ、足りない! 足りるものか!」


 ヤタが叫ぶ。


「いいよ。ならもっとぶつけて来い! 全部だ! あなたの全部、余す所無く! 私にぶつけて来い!」


 私も叫び返し、ヤタは跳ぶ。

 空中から高速で私へと迫った。


 何をするのか受けようと見ていると、ヤタは私の首へ組み付いた。

 それを基点にして、腕の関節を狙ってくる。


 だが、かかりが甘い。

 腕を捻って掴みを解き、逆に腕の関節を極める。

 ヤタの腕から抵抗が消える。

 関節をわざと外したようだ。


 そのまま関節技から逃げられる。


 しかし今の空中からの関節技……。

 空中からの投げ?

 チヅルちゃんが言っていた、エミユ・アルマールの技か。


 ヤタは関節を嵌め直し、すかさずその場でサマーソルトキックを放つ。

 一歩退き、仰け反って避ける。

 その勢いで背後へ距離を取りつつ、空中にいる最中、水で出来た刃を飛ばしてくる。


 私は魔力を込めた手刀でそれを打ち破る。

 距離を取って飛び道具で戦うつもりか、と思って近付く。


 すると、逆にヤタもこちらに迫り、手を伸ばした。


 私の強化服の襟付近の布を掴み、そして……。


 ヤタに掴まれた襟を強引に外させた。

 それと同時に、ヤタの手から爆炎が上がった。


 酒場の客達から悲鳴が上がった。


 飛び道具と投げ技。

 距離を選ばない闘法。


 チヅルちゃんが言っていた、オルカ・ヴェルデイドの戦い方だ。


 ヤタから距離を離そうと手を出す。

 が、その手を逆に取られ、不思議な投げで転がされた。

 気付いた時には、天井が見えていた。


 これは何だ?


 アールネスにはない技術だ。

 まるで、前世で見た合気道のような投げだ。

 日本の……倭の国か。


 これは多分、チヅルちゃんの技なのだろう。


 面白い。


「はははっ」


 仰向けに倒れながら笑う。


「何がおかしい!」


 ヤタが怒鳴りながら、顔目掛けて踏みつけてくる。


 私は倒れた体勢から前蹴りを放ち、ヤタの顔を逆に蹴りつけた。

 怯んで後退するヤタ。

 その間に起き上がる。


「はははははっ!」


 ヤタの右腕と後頭部を掴み、店の壁目掛けて走る。

 思い切り壁へ顔を叩きつけた。


 この子が可愛く思えてならない。


 もっともっと構ってやりたくなる。


 私の掴みを払い、離れようとするヤタ。

 飛び上がって逃げようとする彼女の足を掴み、引き下ろす。


 逃げないでよ。

 そんな事されたら、お母さん寂しい。


 私の目の前、壁を背にする形で尻餅をついたヤタの顔を目掛けて拳を振るう。

 ヤタはさらに体勢を低くする事で拳を避けた。


 私の拳は壁を貫通する。

 再び離れようとするヤタを蹴りつける。


 防御するヤタごと、壁を蹴り抜いた。

 ヤタが店の外へ転がり出る。


「お騒がせしました」


 私は店の方に声をかけてから外へ出た。

 あとでお詫びに来よう。


 ヤタが転がった場所を見る。

 けれど、そこにヤタはいなかった。


 首を傾げ……。

 振り向き様の上段後ろ回し蹴り。


 背後の壁に張り付き、私の背後から跳びかかろうとしていたヤタを蹴り落とす。

 石畳に倒れこむ。


「ヤタ」


 名を呼ぶ。

 ヤタは顔をあげた。


「強い子だね。流石は、お母さんの子供だよ」


 それは私にとって、最大級の褒め言葉のつもりだ。

 私が父上に言われて、嬉しかった言葉でもある。


 ヤタの顔がくしゃりと歪んだ。

 けれど、すぐにその表情が険しくなる。


「なら、どうして……」


 ヤタは言いかけ、言葉を飲み込んだ。

 私を睨みつける。


「まだ夜は始まったばかり……。時間はたっぷりあるよ。十年以上溜め込んだ気持ち、この夜で全部吐き出しちゃいなよ。この夜の私は、ずっとあなたのそばにいるから……」


 ヤタは答えない。

 黙りこみ。

 そして、立ち上がった。

 構えを取る。


 私は彼女を受け入れるように、両手を広げた。


 さぁ、おいで。




 私達はそれから、どれぐらい戦ったんだろうか?


 長かった気もするし、とても短かった気もする。


 ヤタはいろいろな技を見せてくれた。

 私の知っている技もあったけれど、まったく知らない技も見せてくれた。

 本当に全部、持ち合わせている技を見せてくれたんじゃないだろうか?


 それは私のためだ。

 私に気持ちを伝えるためだ。

 彼女が習得した技は自分の気持ちを表現するための手段だった。


 この日、私にぶつけるためにだけ磨いてきた技のように思えた。


 そして私は、そんな彼女が愛おしかった。


 彼女が技を披露するたび……。

 振るった拳がぶつけられるたび……。

 私の中の彼女への愛しさが溢れていくようだった。

 今はもう、彼女の事が愛おしくて堪らない。

 狂おしいほどだ。


 ずっとこのまま、時間が止まってしまえばいい。

 そう思える程に、私はこの時間が愛おしくてならなかった。


 でも、楽しい時間は必ず終わる。


 時は流れ続けるものだ。

 人は時間の流れの中で、必ず終わりへ導かれている生き物だから。


 気付けば、夜が明けようとしていた。



 中央広場。

 その真ん中で、私達は対峙していた。


 がむしゃらに闘っているうちに、ここまで来てしまっていた。


 きっと彼女は全て自分の中にある物を出し切ったのだろう。

 彼女が私に向ける構えは、源流に近いビッテンフェルト流闘技の物ではない。

 少し形の違うもの。


 自分にある物を全て出し切り、その上で私へ気持ちを伝える手段として生み出したものだろう。

 ヤタ自身の、ヤタだけの構え。

 ヤタだけの戦い方だ。


 左手を開き前へ出し、右手は顔の側面に位置して拳を作っている。


 まるで、仁王像のようだ。


「多分、これで最後だね」

「……ああ」


 答える声は、くたびれているようにも寂しんでいるようでもあった。


「おいで」


 言うと、ヤタは迫ってきた。


 新しいヤタの技を受ける。

 彼女にとって一番馴染む技なんだろう。


 へとへとに疲れているはずなのに、その技のどれもが今までのどの技よりも重い。


 私はその技を全て受けた。

 出し切らせた。


 ヤタの攻撃はどれも強烈で、受けるたびに私の体が悲鳴をあげている。

 とても痛い。


 母親としては娘の気持ちを全て、受け入れるべきだ。

 受け入れて、反撃する。


 拳が胸を打つ。

 胸甲に凹みができた。

 ヤタの強化服についているものと同じ場所、同じ形の凹みだ。


 なるほど。

 これは、確定された歴史なのか。


 そして拳の一撃が私の頬を殴りつけた時、彼女の体が弛緩する。

 それが最後の力を振り絞ったものだったのだろう。


 これで、最後なんだね……。


 そう思い、私はヤタを両手で抱き締めた。


 私の左腕は背中の後ろでヤタの左腕を掴み、同時に右腕を拘束する。

 そして彼女の首を私の右腕と肩で絞める。

 足を蹴り、膝を落とさせた。


 頚動脈が腕と肩で締められる。


「このまま眠ればいいよ」


 ヤタの体から、ゆっくりと力が抜けていく。


「……母上。何故、私を捨てたのですか?」


 耳元で囁かれる。

 私に向けてきた言葉の中で、どれよりも悲痛な声だった。


 胸がキュッと締め付けられる思いだった。


「わからない。わからないよ、今の私には……」


 私にはそう答える事しかできなかった。


 ヤタが気を失う。


 そんなヤタの体から技を外し、今度はちゃんとした形でしっかり抱き締めた。

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