一話 祝日の襲撃者
ミスを修正致しました。
ご指摘、ありがとうございます。
秋も半ばが過ぎ、これから緩やかに冬が訪れる時分。
その日は「冬迎えの祝い」と言われるアールネスの祝日だった。
「冬迎えの祝い」は他の四季を迎える祝日であり、平民達にとってはみんなで寄り合って煮込み料理や酒など、体の温まる物をたらふく飲み食いして祝う祭りが行なわれる。
正直、冬というのはあまり歓迎される季節ではないが。
それでも祝うのは、一月は正月で酒が飲めたり、二月は豆まきで酒が飲めたりする理屈と同じである。
みんなお祝い事が大好きなのだ。
しかし、貴族にとってはまた別の意味合いがある日だった。
この時期は、穀物の収穫などが終わる頃である。
ここから冬になればもう収穫物は何も見込めない。
実質的に一年の収支、その具体的な数字が出る日なのだ。
なので、領地を持った貴族達はこの日になると王城に集まって、領地の収益等を報告する事になっていた。
つまりこの日はアールネスにおいて、総決算の日という事である。
私もこの日は、母上とアードラーと一緒に王城へ参じる事になった。
今は母上がビッテンフェルト家の領地運営を一手に引き受けているが、いずれアルディリアが当主になった時は、私とアードラーが領地運営をしなければならなかった。
正直に言ってしまえば、アードラーはいろいろな事をそつなくこなせるので私などいらない気もする。
だが、彼女だけに全て任せるのはよくない。
私も自分にできる事はしっかりできるようになっておきたいのだ。
決算報告は、謁見の間において爵位の序列順で行なわれる。
玉座の王へ報告書を渡し、それを改めた王や文官達によるいくつかの質疑応答を受けて終わりである。
うちは公爵家なので、順番は早くに回ってきた。
陛下の前に立つ。
順番待ちをしていた時から気になっていたのだが、陛下の目には布がぐるぐるに巻かれていた。
陛下の代わりにフェルディウス公が報告書を受け取り、吟味し、質疑応答をする。
目隠しされた陛下を気にしつつ、それらを受けた。
「うむ。わかった。ご苦労」
フェルディウス公の説明と質疑応答のやり取りを聞き、陛下は言った。
「はい」
母上が返事をする。
「しかし、見目麗しい女性達が目の前にいるというのに、この目にできないのは心苦しいな。少し取ってはいかんかな?」
陛下はフェルディウス公にうかがう。
「王妃様が口を聞いてくれなくなりますよ」
「だろうなぁ」
どうやらアルマール公が、陛下のセクハラ行為を王妃様に伝えてくれた結果らしい。
ありがとう!
総帥!
報告を終えて、私達はその場を後にしようとする。
次の報告者とすれ違った。
リオン王子である。
私達は互いに会釈して、笑顔を向け合った。
彼もまた、領主として報告のために王都へ帰って来ていた。
きっと、カナリオも一緒だろう。
報告が終わって、母上は帰った。
私とアードラーは、久し振りに話をしようとリオン王子が出てくるのを待った。
「久し振りだな、クロエ嬢。アードラー嬢」
「うん。久し振り」
「お久し振りです」
王城の廊下で、挨拶を交わす。
「領主の仕事は順調ですか?」
「慣れない事も多いが、今の所は上手くいっている」
「ならよかったです。……カナリオは、来てますか?」
「うむ。来ているぞ。そなたらに会いたがっていた。町で待ち合わせているが、一緒に行くか?」
もちろんである。
「ああ、クロエさん。丁度よかった」
そんな時、声をかけられた。
見ると、ムルシエラ先輩だった。
「それに……」
先輩はアードラーと王子を見る。
王子が顔を強張らせた。
先輩も表情は笑顔だったが、目が笑っていない。
あまり良い空気ではない。
「先輩。私に用があったんじゃないですか?」
二人の張り詰めた空気を解くために、私は声をかけた。
「そうでしたね」
先輩は私に向き直って答えた。
「あれが完成しましたよ」
あれ。
あれかぁ。
あれとは、変身セットの事だ。
今まで成長するたびにサイズを調整して使っていたが、私の成長期も落ち着いてきたのでこれを機に新しく作りなおす事に決めたのだ。
ニュースーツである。
私も三年を経てのパワーアップイベントである。
やっぱり男の子の好きなの物の定番といえば、新たなフォームや後継機やら武器の追加である。
三年間も代わり映えしないと、変身物が好きな男の子達にだって飽きられてしまうのだ。
「城の設備まで使って仕上げましたからね。品質は期待してくれていいですよ」
「いろいろと無理を聞いてくださって、ありがとうございます」
「いえいえ。あなたの発想はいい刺激になりますよ。おかげで今までにないまったく新しい素材ができあがってしまいましたからね」
上機嫌に先輩は笑う。
そんなやり取りを終えると、先輩は再び王子を見た。
「そういえば、殿下がいらっしゃるという事は彼女もいるのですよね」
「……ああ。来ているぞ」
「そうですか。今すぐに会いたい所ですが仕事がありますのでね。滞在中にまた会いに行くとお伝えしてください」
「伝えておこう」
王子は溜息を吐いて答えた。
ムルシエラ先輩と別れて、三人で町へ向かった。
待ち合わせの場所にいくと、すぐに彼女を見つける事ができた。
人ごみの中にあっても、その赤い髪はよく目立つ。
彼女はリオン王子を見つけ、次に私とアードラーを見つけた。
驚いた顔が、すぐに笑顔に変わる。
「お久し振りです、二人共」
「久し振り」
「久し振りね」
そして、彼女は一人ではなかった。
三人の人物と一緒にいる。
二人は青い制服を着ていた。
国衛院の制服である。
それを着ているのは、ルクスとイノス先輩だ。
そしてそんな二人から挟まれるようにして立っているのは、ヴァール王子だった。
「おお、お前達か」
私達を見つけ、楽しそうに笑う王子。
「王子。また性懲りもなく……」
「ふん。このような楽しい時に謹慎など、罰則を受けるようなものよ」
そういう意味合いもあっての軟禁だと思うんですけどねぇ。
「で、お二人さんはこのミスターアンチェインの護衛ですか?」
「ああ、そうだよ」
ルクスが吐き捨てるように答える。
「親父に朝早くから叩き起こされてな。それからずっとだ。気ままにちょろちょろどっか行こうとするし、財布も持ってないくせに出店の食い物を注文する。しかも払いは俺だ。本当に最悪だぜ」
「まぁそう言うな。俺は楽しいぞ」
ヴァール王子が口を挟む。
「あんたはそうだろうよ!」
「それでこの赤髪を見つけて声をかけたんだが、お前達も一緒に祭りを楽しまないか?」
「俺の話を聞けぇ!」
ルクスは怒りをあらわにして怒鳴った。
「どうだ? クロエ」
ヴァール王子はルクスの怒鳴り声を気にせず、改めて私に訊ねた。
近付こうとする王子を前に、アードラーがサッと私の前に立った。
ヴァール王子はにやりと笑う。
前に私をさらった前科があるため、アードラーは警戒しているのだろう。
ヴァール王子に対しては、私もちょっとだけ警戒心を持っている。
が、その申し出は一考の余地があるだろう。
祭りは大勢で楽しんだ方が良さそうだ。
「私もみんなで回りたいけど、どうする?」
「クロエ。いいの?」
「大勢の方がきっと楽しいさ」
「私は二人の方がいいわ」
今日はアルディリアが王都の警備で遅いから、二人っきりは帰ってからね。
「みんなで一緒。いいですね!」
「私は構わぬが、良いのか?」
カナリオが賛同し、リオン王子が訊ね返してくる。
「多少気になりますが、逆に考えればルクスとイノス先輩ともご一緒できますからね。最近、めっきり仕事関係以外で会う事がありませんし」
「私達は今も仕事中ですが」
先輩が言う。
いいじゃないですか。
「まぁまぁ、一緒に回れる事には違いありませんよ。ルクスだって、このまま気まぐれプリンスのお守りだけして祝日を過ごしたくないでしょ?」
「そりゃあ、そうだけどよ」
「幸い、ここに揃っているのは奇しくも全員武闘派ばかり。王子に逃げられそうになったり、誰かが襲い掛かってきたりするような事があっても、どうにかできますって」
相手が王子だろうが暗殺者だろうが、相手は事を起こした瞬間にフルボッコである。
インガオホーだ。
当方の迎撃体勢は万全なのだ。
零式インガオホーである。
ルクスは私へ視線を向けたまま黙り込む。
一つ溜息を吐いた。
「……そうですね。わかりました」
そうして、私達はみんなで祭りを楽しむ事にした。
美味しい料理を楽しみ。
各国から祭りを目当てに集まった行商人達の市を見て回り。
そんな中、ティグリス先生とマリノー夫婦とばったり出くわした。
アルエットちゃんとレオパルドも一緒だ。
今日は父上も母上も用事があったので、レオパルドはティグリス先生に預けられたのだ。
ティグリス先生は父上からの信頼がとても厚いのである。
レオパルドは私を見つけると「アニェウエ」とちょっとだけ上達した発音で私を呼び、私に抱っこをせがむ。
抱っこしてあげた。
「お腹、目立ってきたね」
私はマリノーのちょっとだけ膨らんだお腹を見た。
彼女は先生の赤ちゃんを妊娠中なのだ。
「三ヶ月だそうです」
「そうなんだ」
彼女は幸せそうに笑う。
「弟がいいの!」
アルエットちゃんが元気よく望みを口にする。
「ずっとそう言ってたもんね」
「レオくんみたいな可愛い子がいいなぁ」
無邪気に笑うアルエットちゃんの頭を撫でてあげた。
それからレオパルドをこちらで連れて行こうかとも思ったのだが、やっぱりレオパルドはアルエットちゃんの方がいいらしい。
先生達の方についていった。
お姉ちゃん寂しい。
そんなこんなで、私達の祝日は過ぎて行った。
そして日が暮れて夜になり、私達は馬車で帰る事になった。
「カナリオ達はどこに泊まるの?」
「一応、滞在用の屋敷が貴族街にありますからそこに」
教えてもらったその屋敷と我が家はそんなに離れていない。
途中まで一緒の道筋になりそうだ。
一緒の馬車で帰る事を提案し、リオン王子とカナリオは賛同してくれる。
「では、私達はヴァール殿下を護送せねばなりませんので」
「じゃあ、またな」
「ふむ。名残惜しいが別れるとしよう。アルディリアによろしく言っておいてくれ」
そう言って、ヴァール王子とルクス・イノス夫妻と別れる。
ヴァール王子。
最近、私よりアルディリアの方が好きって事ない?
かつて見た夢のせいでちょっと不安なんですけど。
「行きましょう」
「うん」
アードラーが言い、私は返した。
私とアードラー妻妻、リオン・カナリオ夫妻の二組で馬車に乗り、帰路へ就く。
その途中だった。
馬車が急停車する。
「どうしたの?」
私は御者に声をかける。
「奥様。それが、前に人がおりまして」
私は言われ、窓から前方を覗く。
馬車の灯りに照らされて、前に立つ誰かの足元だけが見えた。
「カナリオ・アールネスが乗る馬車で間違いないか」
すると、前方の人物が声を発した。
歪んだ声だ。
魔法によるものだろう。
「どういたしましょう? ちょっと行ってどかせてきましょうか?」
御者が判断を仰いでくる。
「いや、私が行くよ」
もしかしたら、夜盗の類かもしれない。
そんな危険な相手の所へ向かわせるのは可哀想だ。
「カナリオ・アールネスの乗る馬車で、間違いないな?」
その人物は歪んだ声で再度問うた。
何なんだ、あの人物は……。
「カナリオ。あれが誰か、わかる?」
「いいえ、わかりません」
そりゃそうか。
姿も声もわからない。
あれが父上だったとして、私にだってわからないだろう。
「じゃあ、ちょっと行って確かめてくる」
「私も行った方がいいかしら」
「ううん。大丈夫。それより、二人を守ってあげて」
申し出るアードラーに、私は返した。
私は馬車から降りた。
その人物へ近付いていく。
手に魔法の炎を灯し、夜道を照らしながら歩く。
灯りが、その人物の姿をあらわにした。
その人物は、全身を黒一色で統一していた。
髪も黒だ。
胸には胸甲があり、手足にはガントレットとグリープを装備していた。
私の変身セットに似ている。
でも、別の物だ。
細部が違う。
それに、私の使っているものより古い。
胸の胸甲には大きな凹みが残っている。
そして私よりも少し低い位置にあるその顔には、黒い仮面がつけられていた。
私はその仮面に見覚えがあった。
それは私が漆黒の闇(略)姿の時につけているものと、同じデザインの仮面だった。
目の前まで行って立ち止まる。
「クロエ・ビッテンフェルト……か」
その人物は私の名を呼んだ。
搾り出すような小さな声だった。
「どちらさんですか? どこかで会った事がありましたっけ?」
私が言うと、その人物が拳を握りしめるのが見えた。
まとう空気が、怒気を孕んだように感じられた。
「あなたが乗っているという事は、やはりいるようだな。カナリオ・アールネスは……」
「カナリオに何の用?」
「答える必要は無い。それよりも――」
蹴りが、鼻先を掠めた。
仰け反ってかわさなければ、頭を蹴られていただろう。
「今の我が望みのは、あなたを二度と戦えないように叩きのめす事だ!」