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閑話 嫌な夢の話

 これを含めた三話ほど、クロエはずっと寝てます。

 朝起きて鏡を見ると、世紀末覇者のようないかめしい面の男がいた。


 太くギザギザした眉毛、人一人は殺していそうな目つき、割れた顎。

 笑顔が邪悪。


 女性よりもバストサイズがありそうな胸ははち切れんばかりの筋肉を搭載している。

 腹筋は八つに割れ、どれを触っても固い。

 筋肉のない場所がないような鋼の肉体だ。


 体の中の筋肉を筋肉で圧し留めないと体を突き破って屋敷を覆ってしまうのではないか、と思ってしまうくらいのマッチョテイストなバディである。


 この男はいったい誰だ?


 まぁ、鏡を正面から覗いているのが私だけなのだから、この厳しい男は私なのだが……。

 はて、見慣れた自分の体なのにどうして違和感を覚えているのだろうか?


 誇るべき強固な肉体だというのに、心へ付き纏うこの嫌な気持ちはなんだろうか?


 今日は学園の登校日だ。

 いつもの通りに屋敷で待っていると、婚約者が馬車で迎えに来た。


 馬車から出てきたのはいつもの可愛いアルディリアだ。

 見るからに女の子のアルディリアである。


「クロウ。おはよう」


 私の名を呼んでアルディリアが微笑む。


「……」

「あれ? どうしたの? 不思議そうな顔して」


 違和感がない事に違和感を覚える。

 何故だろう?




 馬車に乗って学園へ向かう。

 すると、私の親友アドラーが馬車の駐車場で待っていた。


 赤い制服がよく似合う、すらりとした身体つきのイケメンだ。


 黒い髪はつやつやと輝き、赤い目は細く鋭い。

 触れたものを何もかも切り裂いてしまいそうな、危険な雰囲気がある。


「クロウ。待っていた」

「うむ」

「どうした? 僕の顔に何かついているか?」

「なんでもない。何か違う気がするだけだ」

「僕は何も違わないさ。ふふ、変なクロウだなぁ」


 かすかに笑い、彼は私のそばへ寄った。


 普段と変わらぬ事のはずなのに、やはり違和感がある……。


 二人と別れて教室へ入る。


「あ、クロウさん」


 金髪碧眼の優しげな顔をした野太い声の大男が私に声をかけてくる。

 緑色の制服を着ていた。

 その手には、なにやら袋を持っている。


「マリノフか……。どうした?」

「先生のためにクッキーを作ってみたんですが、ちょっと自信がなくて……。味見をしてくれませんか?」


 袋を渡してくる。

 どうやら中身はクッキーらしい。


「いいだろう」


 クッキーを貰う。

 食べてみた。


 美味しい。

 何を心配に思う所があるのだろうか?


「美味いな……」

「よかった」


 ほっと安心したように笑うマリノフ。

 そんな彼をじっと見た。


「どうしました?」

「……いや、なんでもない。朝から何か違和感を覚えていてな。何がどう違うのかわからないんだが……」

「ああ……そういう事ってありますよね。僕にもたまにありますよ。思い出せそうで思い出せない、みたいなちょっと変な気分とか。そういうものじゃないですか?」

「そうだな。そんな感じだ……」

「何なのでしょうね、そういうのって」

「さぁ……」


 休み時間。

 廊下を歩いていた時。


「クロウさん」


 後ろから声をかけられた。

 振り返る。


 すると、杖を突いた細身の男がこちらへ歩いてきていた。

 制服は青である。

 その眼光は鋭く、顔は整っているが表情はなかった。

 冷淡な印象のある彼は、私の先輩である。


「イノケンティウス先輩。どうしました?」

「リンクス様がどこにいるか知りませんか?」


 リンクス。

 確か、イノケンティウス先輩の婚約者だった気がする。


「そうですか。ありがとうございます」


 それだけ言うと、彼は踵を返した。


「…………」


 私は彼にも言い知れぬ違和感を覚えつつ、その背中を見送った。


 中庭に行く。


「クロウさんじゃないですか」


 赤い髪の男に声をかけられた。

 基本的に素朴な印象があるが、夏に吹く風のような一抹の爽やかさが彼にはあった。

 何故か制服をはだけ、胸元を露出している。

 たくましい胸筋を見せつけていた。


「カナリ夫か……」


 カナリ夫……。


 この名前に今までに感じた事のない強い違和感を覚える。

 何がおかしいのだろう?

 普段と変わらないはずなのに……。


「どうしてここに?」

「お日様が照っていたから、ちょっと浴びたくなったんです。クロウさんは?」

「私はただの通りすがりだ。強いて理由をあげるなら、お前と同じかもしれん」

「そうですか。なんだかうれしいですね」


 爽やかに微笑む。

 その笑顔には、男性の私ですら見惚れてしまうほどの不思議な魅力があった。

 色気が強い。


「もう行くぞ」

「はい。また、鍛錬に付き合ってくださいね」

「わかった」

「今からでも、いいんですけどね……」


 言いながら、カナリ夫は服を人差し指で引っ張り、胸元を広げて見せた。


「いや、やめておこう……」

「そうですか。残念ですね」


 私はその場を離れた。


 何だろうか?

 朝から何かおかしい。


 これは違う。

 絶対におかしい。


 そう思えてならないのに、どう違い、何がおかしいのかわからない。


 嫌な気分だ。


 こんなんじゃなかった気がするのだ。

 私も、みんなも……。


「おやぁ、クロウくんじゃないのぉ」


 妙にダンディな声で呼ばれた。

 振り返る。


 そこには、もう一人の先輩が立っていた。


 その姿を見た時、私は何がおかしいのかを察した。


 先輩はピンク色の髪をした男性だ。

 そしてその顎は大根のように長く尖っていた。

 人を殺す凶器にできそうな鋭さである。


 コンチュエリはそんなんとちゃうわい!

 というか貴様のような顎の人間がいるか!




「うーん……ハンサムゥゥ……顎で人を殺せそう……ううっ」

「ちょっと、大丈夫? クロエ。クロエ!」


 私はアードラーの呼ぶ声で目を覚ました。


 上体を起す。

 そこはベッドの上だ。

 隣ではアルディリアが寝ている。

 私を挟んだ反対側にはアードラーがいる。


「汗びっしょりよ。大丈夫? 悪い夢でも見たの」

「え、夢?」

「うなされてたわよ」


 そうか。

 あれは、夢か……。


 思わず自分の顎を確認する。

 割れてない……。


 ちょっと安心する。


「本当に、ちょっと嫌な夢を見ちゃったみたいだ」

「そう……。でも、それは夢よ。ほら、大丈夫。私が一緒にいるから安心して」

「うん……。うん、ありがとう」


 私はもう一度ベッドに寝転んだ。

 そして、また眠りに就いた。




 そこは牢屋の中だった。

 サハスラータの牢屋だ。


 私はヴァール王子にさらわれて、逃げようとしたけれど失敗してしまったのだ。

 そのため、ここに閉じ込められてしまった。


 明日、また来る。とヴァール王子に昨日言われた私は、向かいの牢屋にいるサハスラータと取引して今は逃げるために兵士が来るのを待っている所だ。


 すると、誰かが下りてくる足音が聞こえた。

 そうして現れたのは、マントで体をすっぽり覆ったアルディリアだった。


「アルディリア!」


 私は笑顔で喜びの声を上げる。

 しかし、次の瞬間には表情を強張らせた。


 なんと、彼の後ろからヴァール王子が現れたのだ。


 よく見るとヴァール王子は手に鎖を持っており、その鎖はアルディリアの首の辺りに繋がっていた。


「ごめん、クロエ」


 アルディリアが謝る。

 そして、体を隠していたマントを脱ぎ去った。


 そこにあったのは、黒いブーメランパンツ一丁になったアルディリアの姿だった。

 首には首輪をつけられており、首輪はヴァール王子が持っている鎖へ繋がれていた。


「僕、王子に捕まって、身も心も王子の物になっちゃったんだ……」


 力なく、それでいて甘美な色を含む声でアルディリアが言う。

 そして王子が嗜虐的な笑顔で、私に語りかけてきた。


「ふふふ、戯れに遊んでみたが……。これもなかなか悪くないものだ。お前もいずれ俺の物にしてやるが、今しばらくはこいつで楽しませてもらおう。フハハハハ」


 なんじゃそりゃ!




「ううっ……だらしねぇ……ゆがみねぇ……仕方ねぇ……。ア、アルディリアッーー! 」

「クロエ! 起きて、クロエ!」


 アルディリアの声で私は目を覚ました。


「大丈夫? うなされていたよ」


 アルディリアが私を心配そうに見ていた。


「悪い夢でも見た?」

「う、うん。本当に悪い夢だったよ」

「そう。でも大丈夫だから。ただの夢だからさ。ほら、僕もそばにいるよ」


 アルディリアは肩を抱いてくれる。


「うん。ありがとう」


 そのまま寝転ぼうとして、やめる。


「どうしたの?」

「……アルディリアは、私のだーっ!」


 私はアルディリアを押し倒した。


「いいでしょ? アルディリア」

「え、今から? ……うん、頑張るよ」


 アルディリアは儚げな笑みを作った。


「私も混ざるわよ」


 隣で寝転んでいたアードラーが起き上がり、混ざってくる。


「……わかった。頑張るよ……」


 アルディリアの笑顔がさらに儚くなった。


 そうして、私の眠れぬ夜は過ぎていった。




 翌日。

 アルディリアは軍の仕事中に倒れたらしい。


「もう少しアルディリアを労わってやれ」


 それを知らせに来てくれた父上に注意された。

 直接的な描写は避けていますが、今回は特にまずい気がするのでR15タグをつけました。

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