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百十話 食欲を持て余す

 幸い、私が休んでいた倉庫は、あまり使われていないらしい。

 鍵もかかっていて、誰も入ってこなかった。


 夜になると、城の中が慌しくなった。

 扉越しに聞いていると、ばたばた兵士が走り回る音が聞こえ始める。

 私がいない事がばれたのか、とも思ったが少し違うらしい。


「おい、ビッテンフェルトの娘が部屋に立てこもったらしいぞ!」

「何だと! 応援に行った方がいいんじゃないのか?」

「ああ。俺達も行こうぜ」


 そんな会話が聞こえてきた。

 どうやら、今頃になってようやく部屋の扉が開かない事に気付いたらしい。

 だったら、まだ私が脱出している事は気付かれていないはずだ。

 動くなら今だ。


 目印になるよう、窓に干しぶどうを潰して色をつける。

 そしてまた壁を伝って移動し、下の階へ向かった。

 中を見ると、廊下だった。

 兵士の姿はない。


 窓は開かれていたので、私は慎重に廊下へと下り立った。


 やはり警備が甘くなっている。

 私が捕らえられていた部屋に兵士が殺到している今なら、このまま城から脱出できるかもしれない。


 そう思い、私は前に来た時の記憶を頼りに出口を目指してみたわけだが……。


 簡単に言ってしまえば、脱出できなかった。


 時折いる兵士を、空き部屋に入ったり、窓の外の壁へ張り付いたり、とやり過ごしながら私は出口を目指した。

 けれど、肝心の出口付近に行くと、警備が城内とは比べ物にならないくらい厚かった。


 ここの兵士は、誰も私の監禁部屋へ向かっていないのだろう。

 どうやら、ここだけは何があっても配置を変えないよう命令されているようだった。


 今の私では、一人の兵士を相手にしても勝てるかわからない。

 二人ならほぼ無理。

 三人なんて絶望的である。


 それでもどこかに警備の穴がないか、としばらく探ってみたのだが……。

 ありそうにない。


 壁伝いは警戒されていないが、逃げる際にはどうしても地上に下りなければならず、その下りるための場所にはたいがい兵士が二、三人配置されている。


 とてつもなくいやらしい配置である。


 絶対配置を考えたのはヴァール王子だ。

 あのイジメっ子が私を嘲笑っているのが見えるようだ。


 でも、ちょっと不思議だ。

 私の監禁部屋に兵士が向かっているにしても、兵士の数が思ったより少ない気がする。

 思った以上にガラガラだ。

 城が広すぎるというのもあるが……。

 たしか、アールネスの王城ならもっと警備の人も多かったと思う。


 まぁ、考えても仕方ないか。

 逃げられない事には変わりないし。


 どうにか脱出できるルートがないかと考えあぐねていた私だったが……。

 急に城内が騒がしくなり始めた。


 廊下にいる時、前からも後ろからも走る足音が聞こえて来た。


 逃げ場がない。

 そう思って、中を確認せず近くにあった部屋の中へ入り込む。

 中は、どうやら調理場のようだった。

 部屋の中央には、出来上がった料理を置くための大きなテーブルがある。


 間一髪で、兵士達が角を曲がって走りこんできた。

 別方向から駆け込んできた兵士同士が会話を始める。

 私は扉越しにそれを盗み聞く。


「居たか?」

「居ない」

「まさか、すでに逃げられていたとはな」

「城内にいる事は確かだ。殿下……ヴァール様が絶対に出られないよう兵を配置していると言っていた」


 やっぱりあいつか。


「それはいいが……。見つけた所で俺達にどうにかできるのか?」

「……大丈夫だろう。ヴァール様は大丈夫だと言っていた」

「そうか? 俺は不安だ。だって、ビッテンフェルトだぜ?」


 何その言い方?


「お前は臆病すぎるんだ」

「何とでも言え。俺は装備を取ってくる」

「わかったよ」


 一方の兵士が廊下を走り去っていく。

 そして、もう一人の兵士は調理場の方へ向かってきた。


 兵士が扉を開ける。

 部屋の中へ入り、扉を閉めた。

 部屋中を見回しながら、歩く。


 部屋の中央にあるテーブル。

 その下に隠れていた私は兵士の背後に飛び出すと、胸に巻いていたスカートの布で兵士の首を締め上げた。


「あ……ぐ、が……」


 しばらくもがいていた兵士の体からガクリと力が抜ける。

 そんな兵士を静かに床へ寝かせた。


 起こさないでくれ。

 死ぬほど疲れてる。


 実際、殺してないからね。


 さぁ、これからどうしようか?

 とりあえず気絶した兵士を探ると、腰に提げたポーチから一口大のパンが出てきた。

 携帯食料のようなものだろうか?

 もしかしたら、兵士全体に支給されているのかもしれないな。


 ぐぅ、と腹が鳴る。


 私はパンを口に放り込んだ。

 どうやら、チーズとマヨネーズとベーコンチップが入っているようだ。

 携帯食だけあって、小さいのにカロリーが高そうである。

 何より美味しい。


 そうか……。

 兵士を倒せば、とりあえず食料の確保ができるのか……。


 私は次に、調理場を漁る。

 酢漬けの野菜が入ったビンと干し肉の入ったビンとあんずのシロップ漬けが入ったビンを見つけた。

 他にも色々とあったが、とりあえずそれだけをチョイス。

 持っていけるのは、せいぜいこの三つぐらいだろう。

 大き目の布巾を三枚見繕い、ビンを包む。

 そして、スカートの布地に結びつけた。

 そのビンを結んだスカートの布をたすきがけにする。


 そして、窓から出て最初に居た倉庫へ戻る事にした。




 残念ながら、今は逃げられない。

 私にできる事があるとすれば、隠れて機会をうかがう事だけだ。

 じっくりと見極めて、逃げ出せる方法を模索するのだ。


 そのためにも今は、食料が必要だ。

 隠れて機会をうかがいつつ、体力を落とさないためにも食料を蓄える事が必要だと判断したのだ。


 首尾よく食料を倉庫《巣》に持ち帰った私は、収穫物を食べた。


 酢漬けの野菜で食物繊維、各種ビタミンとクエン酸を摂取。

 シロップ漬けの杏からも同様に食物繊維と各種ビタミン、そして炭水化物を摂取する。

 クエン酸と炭水化物が合わされると肝臓がグリコーゲンを作りやすくなるらしい。

 これは人が動く上で必要なエネルギー源のような物だ。

 今現在、必須の栄養素である。


 干し肉は蛋白源。

 筋肉繊維を減らさないために必要だ。

 ビタミンB6も含まれており、精神的な安定を助けてくれる。

 こんな極限状態においては精神を強く保つ事も必要なのだ。



 収穫物を貪り食い、私はこれからの脱出作戦のための鋭気を養った。

 脱出編は二回で終わるつもりだったのですが、書き切れないと判断したので途中で切りました。

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