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閑話 快楽主義者は失態を重ねる

 サハスラータから抗議に対する返答があり、陛下はその内容について協議を行なった。


 政治全般を統括するフェルディウスは勿論、私とヴェルデイドの三公は全員招集され、他にもあらゆる分野の担当者を集めて協議は行なわれた。


 一晩費やした協議の後、八日目となったこの日。

 その決定を事態の当事者でもあるビッテンフェルト候へ伝える事になったのだが……。




「どういう事でしょうか?」


 陛下の発言に、問い返すビッテンフェルト。

 隠しようのない怒気を含んだ声が玉座の間へと響く。


 不用意な事を言えば、相手が陛下であってもぶち殺されるのではないか。


 そんな雰囲気が今のビッテンフェルト候にはあった。


 決定を伝え、こうなる事は容易く予測できた。

 協議では誰がビッテンフェルト候へ伝えるのかについても軽い議論が行なわれる程度に容易く。


 その役目は引き受けようとフェルディウスが申し出たが、結局は陛下が自身でやると決断なされた。


 しかし、それを後悔している事が陛下の尊顔そんがんからは見て取れる。


 それでも陛下は威厳を維持しつつ、しっかりとした口調で言葉を返す。


「私はサハスラータに抗議を行なった。その返答としてもたらされたのは、クロエ・ビッテンフェルトの身柄を正式にサハスラータで預かりたいという物だ」

「ぬけぬけとそのような事を……。その戯言、受けると申されるか?」

「これが通らぬなら和平条約を破棄し、即刻宣戦布告するとの事だ」


 ビッテンフェルト候は口元に笑みを作る。


「よろしいではないですか。こちらから宣戦布告する手間が省ける」


 陛下は首を左右に振る。


「そなたが活躍し、武功によって侯爵として取り立てられたあの戦い。サハスラータ王を退けた時の戦いだ。あの時、サハスラータは国の奥へと攻め入り、この王都へと迫った。そもそも、どうしてそこまでの侵攻を許してしまったのか、知らぬわけはあるまい」


 ビッテンフェルト候は黙り込む。


 サハスラータが我が国と和平条約を結ぶきっかけとなり、ビッテンフェルトが侯爵となったあの戦い。

 そもそもあそこまで追い込まれたのは、もう一つの隣国が関わっている。


 このアールネスは三つの国に囲まれる場所にあった。

 東のサハスラータ。

 西の同盟国。

 そして、南の隣国。


 今現在、敵性国として想定されているのはこの南部の隣国だ。

 サハスラータの侵攻を許したのは、先にこの南部との戦いがあり、国力を消耗していたからである。


 今は休戦状態だが、南部の隣国は時折アールネスへ攻めてくる事がある。

 ティグリス・グランが騎士公に取り立てられた戦も、この南部が起こしたものだ。


 あれからもう十年近い。

 いつ攻めてきてもおかしくはなかった。


「なら、両方とも相手をすればいいではないですか」

「かつてならいざ知らず、残念ながら今のアールネスに二つの国を相手にするだけの力は無い。今攻められれば、消耗したアールネスは南部を抑えられずに滅ぶ事となるだろう」

「そうはなりません。私ならば、たとえ二国を相手にしようとも勝利を掴んで見せます」


 ビッテンフェルト候は異を唱える。

 彼は普段、こんな大言壮語を吐くような人間ではない。

 言葉よりも行動の方が雄弁な男だ。


 それだけ、娘への気持ちが強いという事だろう。

 いや、あるいは本気でやってのけるという覚悟で言っているのか。


「そなたならば、二つの国を相手にできると? 私はそう思わん。……アルマールとて同じ意見だ」


 陛下。

 さらりと私に責任を分散させないでいただきたいな。


「そなたがいくら武勇に優れていようと、個人の力には限界がある」

「やってみなければわからない」

「何よりクロエ嬢を人質にされた時、そなたは動けるか?」

「……」


 ビッテンフェルト候の顔が苦く歪んだ。


「動けるというのなら、今それを証明してみよ」

「……どういう意味です」


 陛下が私に目配せする。


 えー、最後まで御自分で言ってくださいよ。

 私は渋々ながら口を開く。


「悪く思わないでくれよ。陛下の決定を聞き、君が王城から向かう先はサハスラータだったろう。それはいろいろとまずいのでね」


 それがクロエ嬢を救出する目的であろうと、サハスラータに迎合するためであろうと、彼にこの国から出てもらうわけにはいかない。

 だからそのための手を打たせてもらった。


「何の話をしている?」


 半ば理解しているのだろう。

 ビッテンフェルト候の表情は、すでに怒りの形相へと変貌し始めている。

 私は顔を背けて続ける。


「君が出かけた後、国衛院を屋敷へ向かわせた。今頃、奥方は国衛院が丁重に持て成している頃だろう」


 まぁ、簡単に言えば人質だ。

 彼をこの国へ留めておくための枷である。


 私は言い終えて、ビッテンフェルト候を見た。


 ………………。

 …………。

 ……一瞬、自分は死んだのでは無いか、と錯覚した。


 殺気というのだろうか?


 殺してやる、という意識の塊みたいな物をぶつけられた。


 なるほど。

 武人は拳を交わすだけで分かり合う事ができるという話を聞くが……。


 言葉を用いずに、こうまで明確な意思を伝えられるなら疎通も可能かもしれない。


 目を見開き、口を固く引き結んだ相貌は、もはや人の物には見えない。

 獣と形容するのが妥当かもしれない。


 彼には今にも飛び掛ってきそうな、迫力があった。


 怖ぇー……。

 超怖ぇー……。


 この怒りの全てを拳に乗せてぶつけられたなら、どうやって身を守ればいいだろうか?


 いや、違うな。

 守るのは私の命だけではない。

 陛下の命も守らなければならない。


 ……楽しいな。

 その方法を考えるのは、とても楽しい。


 笑みを作りそうになる口元を私は苦労して取り繕う。


 そんな時だった。


「無礼であろう」


 フェルディウス公が、陛下とビッテンフェルト候の間へ割って入るように立ち塞がった。

 つかつかと歩き、ビッテンフェルト候の目の前で立ち止まる。


 フェルディウス公は、決して武に秀でた人間ではない。

 むしろ逆で、身長は高いが筋肉が一切ないようなひょろりと細長い体つきをしている。

 ビッテンフェルト候相手なら、軽く小突かれただけで死にそうである。


「陛下は決定を下したのだ。臣下であるならば、謹んで受けるべきだろう。それどころか、異を挟み、そのうえ威圧を向けるとは何事か!」


 だというのに、こうして怖気も見せずに啖呵を切れるのだから……。

 フェルディウス家の王家へ対する忠義には頭が下がる。


 むしろ感心を通り越して、異常に思える所だ。


 一方的にまくし立てるフェルディウスをビッテンフェルト候は睨みつける。

 フェルディウスもそれを冷ややかな眼差しで受け止める。


「娘を諦めろと言われたのだ。怒りもする!」

「たかだか娘一人と国家全体の命運を同列に語るな」

「そうだ。娘の価値は国家以上に重い。実の娘の悲しみを察する事のできない人間にはわからんだろうがな」

「臣下であるならば、全てを国へ捧げるべきなのだ。それは子供であろうとも例外ではない」


 言葉を交わし、しばし睨み合う。


「用件は伝えた。もう貴様に用はない。この場より去るがいい」


 フェルディウス公が冷ややかに告げる。

 ビッテンフェルトはなおも彼を睨みつけていたが、不意に身を翻した。


「いいだろう。今は従ってやろう。だが、お前達がした事は決して忘れないぞ」


 そして言い残し、玉座の間から出て行った。


 彼が出て行き、扉が閉じられる。

 途端に、玉座の間に複数の溜息が漏れる。


 ただ一人、フェルディウスだけは平然とした態度を崩さぬまま陛下のそばに控えた。


「ふぅ……。どうしたものか……。なぁ、アルマール。我が国大丈夫か? 滅ばない道を選んだつもりなのに、どう転んでも滅びる気がしてきたのはどうしてだ?」


 クロエ嬢がどうなるかによっては本当に滅びるかもしれないな。


「彼は軍人に人気ですからなぁ。場合によっては内乱が起こる可能性はありますが……。奥方を押さえている限りは何もしないでしょう」


 まぁ、奥方を救出しようとする動きがどこかしらで進行する可能性があるから、気をつけねばならんが。


「あとは、その間に彼の機嫌を治せれば万事解決です」

「そんな方法があると?」

「帰る途中で転んで頭を打って記憶を失ってくれればあるいは……」

「無理なら無理と言え」

「……クロエ嬢を連れ戻せれば、機嫌も治るでしょうがね」


 私が言うと、陛下は私を注視した。


「できるのか?」

「確率としては四割ぐらいでしょうか」

「……いや、できぬな。たとえ彼女を取り戻せたとしても、それで条約を破棄されるかもしれない」


 でしょうな。


「しかし、何故このような事になったのでしょうな?」

「クロエ嬢がさらわれたからではないか?」

「クロエ嬢は元々こちらの人間。それを取り戻して条約を破棄されるのはおかしいではないですか」

「そうだな……」

「それにあのビッテンフェルト嫌いのサハスラータ王が、何故ビッテンフェルトを欲しようというのでしょう?」

「わからぬが……。調べておいた方がよいか。頼むぞ」

「お任せください」


 そんな時、玉座の間へ慌てたメイドが駆け込んでくる。


「陛下!」

「何があった?」

「ビッテンフェルト候が!」

「どうした!?」


 陛下は腰を浮かせる。


「廊下に飾られた調度品を次々と壊しています!」


 陛下は深く椅子に座り、天井を仰いだ。


「まぁいい。それで少しでも気が済むなら……いや、済まんか……」


 陛下はまた一つ、深い溜息を吐いた。




 王都の門。

 その前に、旅の装備に身を包んだ一人の少年が立っていた。


 一度門を見上げた彼は、意を決するように強く頷いた。


 可愛らしい少女のような顔つきをしているが、決意を固めたその表情は確かに男の顔をしていた。


「アルディリア・ラーゼンフォルト」


 そんな彼に声をかける。

 振り返った彼は、私に気付いて驚いた顔をする。


「アルマール公爵様?」


 手招きする。

 彼は、ベンチに座っていた私に近づいてきた。

 素直な子だ。


 近付いてくる彼は、先程の勇ましい顔つきもどこへやら、今はもうただの可愛らしい少女にしか見えなかった。


「どこかへ行くつもりかね?」

「え、は、はい」


 本当に素直な子だ。

 彼がどうしてここに来たのか。

 これからどうするつもりなのか。

 とてもわかりやすい。


「残念ながら、今の王都は全面的に出入り禁止となっている」

「そうなんですか?」


 彼は愕然とする。


「うむ。そうなのだ。そういえば、体の調子はどうかね?」

「まだ少し違和感はありますけれど、魔力は使えるようになりました」


 魔力を使えなくする薬の効力は一週間。

 順当に行けば、クロエ嬢も今頃薬が体から抜けている頃だ。


 そうなれば自力で脱出できそうなものだが……。


 ただ、一度あの薬で魔力を使えなくなってしまうと、あの薬を使わなくともその状態を維持する事が可能となる。

 薬を盗む際、連中が薬の資料を盗み見てその用法を知った可能性は十分にあった。


「ところで、これは独り言なのだがね」


 言いながら、あからさまに目をそらす。


「え?」

「国衛院には非公式の第四部隊というものがある。これは他国へ入り込んで情報収集に務める細作スパイのような部隊なのだ。そして、サハスラータにも無論その部隊は潜入している」

「え? え?」

「彼らとコンタクトを取る方法はある特定の酒場でテーブル席に座り、茶を注文する事。

 そして蓋を茶器に立て掛けて、茶を飲まずに三分待つのだ。そうすると三分後、前の席に男が座る。

 男は「今日は雨かねぇ」と言うが、ここで何の返答もしてはならない。

 その代わり茶に小指をつけて湿らせ、指先の水滴でテーブルに十字を書くのだ。

 それから「傘が必要でしょうかね」と返し、すぐに後ろへ手の平を向けておく。

 すると、別の男が君の後ろを通る途中で紙を握らせてくれる。

 その紙には、クロエ嬢がいると思われる場所を示した王城の見取り図が描かれているはずだ」


 私が言い終って彼の顔を見ると、アルディリアは真剣な表情で私を見ていた。


「ああ、こんな極秘情報が漏れてしまったら大失態だ。で、だ」


 私はわざとらしく、カバンを目の前に落とした。


「アールネスからサハスラータ国内を行き来できる、比較的に安全だと思われる極秘のルートがあるのだが……。そのルートを記した地図の入ったカバンを落としてしまった」


 アルディリアはカバンを無言で拾う。


「カバンの中には、連絡用の狼煙もある……。こちらは作戦成功を知らせる意味の赤い色の煙を出す物だ。あとは、第四部隊と接触を図るための酒場の所在を書いたメモ。これらは落としても問題ない。だが、国衛院隊員用のアールネス国内ならどんな封鎖も通れる印章も入っている。あれは誰かに拾われると大変だ。どうしたものか……」

「ありがとうございます。すみません」


 アルディリアは私に頭を下げた。

 そんな彼を無視して、独り言を続ける。


「でもまぁいいだろう。最近の私は失態続きだからな。今更一つ二つ失敗を重ねた所でどうという事もないだろう」


 アルディリアは再び深く頭を下げ、門の方へ向かった。


 彼一人でどうにかなるとは思えないが、陛下が決定を下した以上、国衛院が直接手を出す事はできない。

 私が彼女のためにできる精一杯は、こうしてわずかなりとも可能性を作っておく事ぐらいだ。


 陛下にバレたら、爵位が低すぎて見逃してしまった、とでも言い訳しようか。

 これが公爵以上であれば、流石に見逃せなかっただろうからな。


 しかし……。

 もう一人ぐらいなら、見逃す事もできるだろうか……。

 可能性を少しでも高めるために。


 どうせ最近の私は失態続きだからな。

 フェ 「静まれ! 陛下に危険な役目を押し付けようとするとは何たる事だ。ここは臣下として我こそはと身を挺する所であろう。陛下、そのような雑事はわたくしが引き受けます」

 大臣 「フェルディウス公の言う通りだ。ここは私が!」

 大臣 「いや、ここは私が!」

 陛下 「いや、この役目はそなたらに押し付けるわけにいかぬ。ここは王として私が引き受ける」

 大臣共「「どうぞどうぞ」」

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