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閑話 失態続きの快楽主義者

 クロエ・ビッテンフェルトの対処法について。


 クロエ・ビッテンフェルトは父親に匹敵する身体能力を有している。

 純粋な力の強さは父親に劣る物の、敏捷性と魔力運用に長ける。

 基本的に器用であり、使う技も多彩。

 相手の動きを見て分析し、それを応用に移せる戦術眼も持つ。

 不意打ちへの対処能力も極めて高い。


 性格は基本的に温厚。

 しかし時折苛烈、と極端に変わる。

 闘技巧者特有の慢心は比較的薄い。


 武人に対する鎮圧法としては、投網を被せる事で自由を奪い、その上で長い棒状の武器で叩き伏せるか、弓と魔法の一斉掃射で殺害するという物がある。

 が、彼女に関してならばそれでも不十分だと思われる。


 不意打ちであろうとも彼女は投網を避ける可能性が高く、かかったとしても物ともせずに網を切り抜けるという事も考えられる。


 父親と同じく、懇意にしている人間が多く情も深いため、人質という方法は有効だと推測される。


 しかし、人質としての有効度が高いとされる人物達に関しては、更なる問題を誘発させる恐れがあるため、父親と比べるべくもなく厄介である。

 なので彼女に関して言うなら、人質は最後の手段である。


 ただ、彼女は力の大半を魔力の運用法によって補っているらしい。

 恐らくその部分が父親と明確に違う唯一の部分であろう。

 そのため、魔力を使えない状況下では能力が大幅に落ちる事が推察される。


 宮廷魔術師に協力を要請し、一時的に魔力を一切扱えなくする薬品を開発してもらう。


 その薬で魔力を奪い、力を無くさせた上で鎮圧する。

 それが今現在、彼女が反乱を起こした際に取れる対処法である。




 少し前に起こった、国衛院への賊の侵入。

 その際に、賊が見ていたであろう資料の内容を要約すればこういうものである。


 それは、イノス・ピグマールが暫定的な物として記したクロエ嬢への対処法だった。


 費用の関係で魔法薬の量産は困難であり、確実性に欠ける部分もあったが、一応今現在において最も有効であろう方法だ。


 そして、その有効性は実際に証明された。


 一週間前。

 文化祭のあったあの日。

 クロエ嬢は王城へ向かう最中、消息を絶っていた。


 彼女はあの日、婚約者のアルディリア・ラーゼンフォルト、サハスラータの王子ヴァール・レン・サハスラータの両名と同じ馬車に乗っていた。

 国衛院が見つけた時、彼女らの乗った馬車は道中で横転しており、その場にはアルディリア・ラーゼンフォルトと御者の二人だけが倒れていた。


 御者は襲撃の際に気を失い、襲撃の直前に馬が射殺された所しか見ていなかったが……。


 アルディリア・ラーゼンフォルトが言うには、クロエ嬢はヴァール王子に連れて行かれたらしい。




 賊の目的を察した私は、その日からクロエ嬢を密かに警護させていた。

 賊の正体を探りつつ、彼女の通学路にも何人か人員を配置していた。

 当然、文化祭当日も密かに人員を割いていたし、息子とイノスにも話は通してあった。


 だが、その警備にも穴が空いた。

 ヴァール王子が同行する事になったからだ。


 クロエ嬢が王子を王城へ送る事は、国衛院にとっても予定外だった。


 当初の予定では、国衛院の人員で学園からヴァール王子を送るはずだった。

 前もって定めてあったルートは最短の道筋ではなく、襲撃などのトラブルに備えてあえて迂回するようにしていた。


 だが、ビッテンフェルト家の御者がそのような事を知るはずもなく、当然彼は警備予定外の最短ルートを通った。

 予定外の事態の中で国衛院に取れる方法は、学園にあった三台の馬車で追従してビッテンフェルト家の馬車を護衛する事ぐらいしかできなかった。


 その警備の甘さを衝かれてしまったのである。


 が、その護衛の馬車は正体不明の馬車数台により襲撃を受け、馬や車輪を攻撃されて走行不能にされた。

 その後、馬車は前方のビッテンフェルト家の馬車を追い、そこから先に何があったのか正確に把握できなかった。


 詳細な状況がわかったのは、アルディリア・ラーゼンフォルトの証言を聞いてからである。

 彼の証言も混乱した主観によるもので、いまいち理解のしにくいものであったが……。

 その証言を整理する事で、ある程度何が起こったのかは把握できた。


 証言も、状況も、これがサハスラータの仕業である事を示唆していた。


 彼らはどういうわけか、クロエ嬢の拉致を企てていた。

 国衛院に侵入した賊もサハスラータの手の者だったのだろう。


 だからこそ、国衛院にあったクロエ嬢の対処法を知ろうとした。

 侵入を隠蔽しようとしたのは、その拉致計画を知られたくなかったからだ。


 そして連中は、その対処法を用いてクロエ嬢を捕縛する事に成功した。

 アルディリア・ラーゼンフォルトにも一時的な魔力不全が起こっていたため、例の薬が使用された事は疑いようのない事実であろう。


 その後の連中の足取りだが……。


 護衛の馬車を襲撃したと見られる黒塗りの馬車はスラム街で発見された。

 当然、下手人はいない。


 恐らく、前もって用意していた馬車に乗り換えたのだろう。


 私は事態の報告を受けてすぐに王都の出入りを禁じたが……。

 封鎖する前に、二台の馬車が王都を出た後だった。

 恐らく、その馬車に下手人とクロエ嬢は乗っていたと思われる。


 その馬車は、王都に居を構える商家の物だった。

 仕入れなどでその店の店主はよく門を通るらしく、門番はその店主の顔をよく見知っていた。


 門番が言うには、その人物は間違いなく店主本人であったという。


 つまり、その商家は「草」と呼ばれる細作スパイだったのだろう。

 何代にも渡って暮らし、一般人として埋没し、有事の際に細作としての役目を果たす。

 そういった種類の細作だ。


 商家の馬車。

 その荷物として、連中とクロエ嬢の身柄は運ばれたと見るべきだろう。


 早馬と狼煙で国境の封鎖も行なったが、例の一行が通った形跡は無かった。

 これは私の憶測だが、馬車は街道を通らずに北部へ向かったのではないかと思われる。


 北部には東西に伸びる山岳地帯があり、それに沿った森がある。

 途中で馬車を乗り捨て、山の合間を徒歩で行き、北東へ向けて抜けると海へ出る事ができる。


 その海岸部に予め船を用意し、海を進んでサハスラータへ向かったのではないか、と私には思えた。


 これはあくまでも私の所見でしかないが、クロエ嬢を王都よりみすみすと連れ出されたのは私の失態である。

 大変な失態だ……。



 陛下は国衛院の報告を受け、サハスラータへの抗議を行なった。


 これら一連の事柄が、サハスラータ全体の意見であるのか、それともヴァール王子の独断か……。

 それはまだ判然としてはいないが、全体の意見という考えだとは思えなかった。


 しかし、依然としてサハスラータから何の釈明もない事もまた事実であり、今回の暴挙が交戦の意思を示すための布石だったのでは、と陛下は不安に思っておられるようだった。


 そして、一週間が経った今日。

 サハスラータよりようやく返答が来た。

 その内容は……。




 王城。

 玉座の間。


「ビッテンフェルト侯爵。入城致しました」


 報せの者が声を上げる。


 玉座に座る陛下が、息を呑むのが聞こえた。

 強く緊張しておられるようだ。


 それは陛下のみならず、この玉座の間にいる全員に言える事だった。


 緊張していないとすれば、そばに立つフェルディウス公爵くらいのものであろう。


 それからしばしして、玉座の間の扉が開け放たれた。


 自ら扉を開け放ち現れたのは、鎧で完全武装したビッテンフェルト候だった。


 彼が入室した時、何か圧のような物が体を押し付けた。

 錯覚かもしれない。

 だが、室内が急に息苦しく感じられる。


 これも錯覚だろうが、彼の体にまとう空気が歪んでいるようにも見えた。

 景色がぐにゃりと変な像を結んでいる。


 おお怖い。


 圧と恐ろしい様子に、気の弱い文官が青くなっている。

 今にも倒れてしまいそうに見える。


「ビッテンフェルト。お呼びに預かり、参上いたしました」

「……うむ。よくぞ来た」


 陛下は何とか威厳を保ちつつ、鷹揚に答える。

 流石は陛下だ。


「それで、如何な用件でございましょうか? サハスラータへ攻め入る準備はできております」


 もうすでに、ビッテンフェルト候の中ではサハスラータとの開戦が決定的な物となっているようだ。

 下手人に関しては極秘だったが、誰かが漏らしたようだ。


 しかし……言いにくいだろうな。

 陛下。


「いや、そのような事はしない」

「では、どう致します?」

「先日の抗議に対し、サハスラータより返答があった」

「…………」

「その内容を吟味した結果、クロエ・ビッテンフェルトの身柄をサハスラータへ預ける事にした」

「……あぁ?」


 室内の圧がさらに増し、ついに気の弱い文官が気を失った。

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