閑話 仮面騎士BLACK 第39話「恐怖! 下水道に蠢く黒い影」
タイトルを修正しました。
誤字報告、ありがとうございます。
修正致しました。
王都が夜の闇に染められた頃。
私は変身セットに身を包み、夜の町へ繰り出した。
目指すのは、王都の中央区画にある時計塔。
マントに風を送って空を飛び、時計塔の最上部にある鐘楼の大きな窓から侵入する。
すると、そこには黒い服に身を包んだヴォルフラムくんがいた。
鐘楼の壁際、影へ溶け込むように立っている。
「お待たせ」
「俺も今来た所だ」
なんという待ち合わせカップル。
浮気じゃないよ?
鐘楼で軽く打ち合わせをすると、私達は別々に時計塔から出た。
目的の場所は近くにあった下水道へ続くマンホールだ。
一応、このアールネスには下水設備がある。
王都の地下には下水道が通っており、各所から伸びる川を王都内へ通す事で下流の川へ下水が流れていく仕組みになっている。
川は途中で王都の上水と下水に分かれていて、上水は王都の人間達の生活用水として活用されている。
貴族の場合は魔法で水を出すので、上水を使うのは主に平民である。
王都の下水で束ねられ、一本になって流される下流の川がえらい事になってそうだが……。
実はそうでもない。
マンホールの中へ入り、二人で下水の流れの両サイドにある土手を歩く。
その時に、時折下水の流れの最中に立つ金属製の棒が立っているのが見える。
これは、下水内の臭いを消すための魔法道具だ。
ヴェルデイド公が作ったものらしい。
どういう原理かわからないが、どうやら臭いを消すプロセスの中で臭いの原因となるあらゆる物を分解しているらしい。
下水道なのにあまり臭いが気にならず、水の色も濁ってはいるが想像していた程汚くなかった。
これなら、下流に流しても環境破壊にならなさそうだ。
私達がこの場所に来た理由は、ヴォルフラムくんが強い黒色の気配を感じたからである。
私はアルエットちゃんの一件があってから、時折ヴォルフラムくんと一緒に王都の黒色を退治していた。
つまり、変身ヒーローのサイドキック(相棒)だ。
「元より、黒色はこういう暗い場所に集まりやすい。宿主の中にいる奴はそうでもないが、外に出た奴は太陽の光を嫌う。夜になってから這い出て、また宿主を探すんだ」
「そうなんだ。じゃあ、今回は宿主のない黒色が相手って事だよね。でも、宿主のない黒色がそんなに強い気配を持つの?」
姿を見たわけでは無いのに、その存在を確信するという事はそれだけ強い力を持っているという事じゃないだろうか。
「今回は集まった黒色が一つになり、力を持ったという事だろう。本来なら、無地の黒色は集まった所で力を持たないんだが……。一度宿主を経た黒色は宿主の感情を受けて特性を持つ事になる。そういった特性が同じもの同士であれば集まり合って強い力を持つ事があるらしい」
キングなんとかみたいな感じか。
不意に、ヴォルフラムくんは溜息を吐く。
「言いにくい事だが……。恐らく俺が宿主から引き剥がし、吸収し損なった奴が集まったんだろうな」
ヴォルフラムくん……?
「そんな目で見るな。尻拭いはちゃんとする」
彼は黒色を吸収して自分の体に封印する力を持っているが、そうして溜め込みすぎるといずれ黒色が暴走し、命を奪われる事になるのだ。
彼の両親はそれが原因で他界し、その場面を目撃した彼は黒色を吸収する事に抵抗を覚えていた。
だから、あんまり黒色の吸収に積極的ではなかった。
そのせいもあるだろう。
彼自身の命がかかっている事だ。
私が責められる事ではない。
「……おい、気をつけろ」
ヴォルフラムくんが唐突に注意を喚起する。
「近くにいる」
私は黒色を右目で視覚する事しかできないが、彼は黒色の気配そのものを感知する事ができるのである。
ちなみに今の私は仮面をつけているが、その下は普段の眼帯を外して裸眼だった。
周囲を警戒して、視線を巡らせる。
「……上だ!」
ヴォルフラムくんは叫び、その場から飛び退いた。
私もヴォルフラムくんとは反対方向へ飛び退く。
私達が今まで立っていた場所に、黒色の塊がどろりと粘性の物体じみた挙動で落ちてきた。
飛び退いた先で、ヴォルフラムくんは胸の前で腕をクロスさせた。
「我、黒を食らう魔狼とならん!」
唱えると同時に彼の体から黒い霧が発生。
一瞬にして彼の体が狼を模した鎧姿へと変わる。
これが変身後の彼の姿、魔狼騎士である。
ヴォルフラム・イングリットは魔狼騎士である。
格闘ゲームでは、ガッチガチのインファイター。
全体的に動きが早い事が特徴。
移動、技の出、技の戻り。
全部が速い。
火力も普通よりやや高い。
必殺技は対空、突進、三連続まで出せるコマンド式の連続攻撃。
そして何より、全部の技がカッコイイ。
ただし、性能はあまりパッとしない。
バランスよくまとまっているのだが、決め手に欠ける部分がある。
これを出しとけば安心、という通常技がなく、玄人向けという印象の強いキャラクターだ。
だが、カッコイイ。
一部の男の子達に大人気のキャラクターである。
一応、どんな場面でも対処できる技を持っているので、それらを的確に使える本当に強いプレイヤーが使うと、普通の人が使っている時と別物のような強さを発揮する。
だから、このキャラクターで勝ちを重ねられる人は別の意味でヒーロー扱いされている。
超必殺技は、一度ワンサイドキックでロックして怯んだ相手にとび蹴りを見舞う物と鳩尾の辺りから極太のビームを発射する物である。
前者は発生に無敵判定があり、トドメに使うと相手が特有の台詞を残して爆発する。
私の場合は「お許しください! 父上!」と言って爆発する。
ガードされてもペナルティが少ない。
後者は発生の速い飛び道具。カットイン後に一瞬で画面端へ届くので、相手はガードする以外に防ぐ方法がない。
相手の飛び道具を見て撃つとカウンターを取れる。
運よく跳んでいて、相手の後ろに回れても飛び道具を持たないキャラクターは手を出してはならない。
何故なら、その技の間は背中にも攻撃判定があるという詐欺当たり判定を持っており、近接攻撃はもちろん近付くだけでヒットする。
アードラーの特殊ステップで後ろに回りこんだと思ったら、ギリギリ当たり判定に入っていて、ヴォルフラムくんの背中でビクビク痙攣する彼女を見た事なんてザラである。
発生後の隙も少ないため、ブッパ性能が高い。
固有フィールドは、彼がもう一段階上の変身形態に変身するという物。
ゲーム中のイベントで、ある不思議な事が起こって黒色ではなく白色での変身を成した時の姿だ。
全身が銀色で、剣を持った姿に変わる。
ちなみに彼のテーマカラーは銀であり、実はレオン王子との対比となっている。
裏のメイン攻略対象といった感じだ。
そしてモーションと技が全て変化し、性能が別キャラクターになる。
その状態ならばアードラーやティグリス先生を超える強キャラだが、固有フィールド時以外で使えないため、活かせるプレイヤーは稀である。
限られた時間内で的確な運用が必要であり、そこもまた実力の高いプレイヤースキルを要する理由の一つでもある。
蛇足ではあるが。
この格闘ゲーム男性キャラは特殊カラーで全員上半身裸になるのだが。
ヴォルフラムくんの場合は兜と足甲はそのままで、まるでプロレスラーのような姿となる。
落ちてきた黒色を、白色を込めて踏み潰す私。
そんな黒色を魔狼騎士は吸収した。
「ふぅ、長く苦しい戦いだった」
「落ちてきてすぐに踏み潰しただろうが」
どうやら、白色を黒色にぶつけると少しだけ対消滅するらしく、黒色の濃さが薄くなる。
そのため、私が白色で攻撃した後でヴォルフラムくんが吸収すると負担が少なくなる。
つまり白色は消化酵素のようなもので、私が攻撃する事で吸収される黒色が少しだけ魔狼騎士の胃に優しくなるのだ。
そういう理由から、私は魔狼騎士のサイドキックをしていた。
「だって、物足りなさ過ぎるんだもん。あんなもったいぶった事言ってさ。これで決着はないよ!」
「勘違いするな。これじゃない。俺が感じたのは、もっと強い気配だ」
「あ、そうなんだ」
私達は再び、下水道の探索を開始する。
そうして三十分ほど探し回った頃だ。
それは私達の前に姿を現した。
「これが、言ってた奴だ」
そう答えるヴォルフラムくんの声が、若干強張っていた。
私もまた、その姿を見て緊張を隠せないでいる。
その黒色は、下水道を塞いでしまいそうな程に大きく肥大していた。
人が持っていた負の情念。
それらを集積したおぞましい敵意の塊だ。
人の心の闇がここまでの大きな怪物を作り出したのかと思えば、恐ろしいものがあった。
しかし、その黒色の恐るべき所はその大きさではなかった。
「形が変わる?」
私の見る前で、黒色が変形を開始する。
つるりと液状体じみた黒色の体面が揺れ、人の顔を形作った。
その顔は、カナリオの顔だ。
変化はそれに留まらず、そんなカナリオの体が形成され、その腕に抱かれるアルディリアの姿ができあがる。
そんな二人の下から、無数の兵士達が形作られる。
その兵士達は、鎧の形からして隣国サハスラータの兵士達だろう。
そして最後に、兵士達に混ざって豚頭の人型と矮躯の人型モンスターが姿を現す。
オークとゴブリンだ。
「違う。奴の形が変わっているわけじゃない。こいつは多分「恐怖」の特性を得た黒色だ。自分が恐ろしいと思える物に見えるタイプの奴だ」
魔狼騎士が言う。
人の恐怖を食らって成長した黒色という事か。
言われて納得した。
私に見えるそれは、私が恐れている物ばかりだ。
カナリオとアルディリアが共にある事で発生する死の運命、そして前に天虎と戦った時に存在を恐れた私の天敵だ。
「ヴォルフラムくんにも恐ろしい物に見えているの?」
「俺にはでかい黒色にしか見えんさ。何せ、俺にとって一番恐ろしい物はこの身を蝕む黒色だからな」
魔狼騎士が言うのと同時に、黒色が襲い掛かってくる。
二人同時にその場から別々の場所へ離れる。
そして、それぞれ思い思いに黒色と戦う。
兵士やオークとゴブリンの形をした触手が、私に迫ってくる。
その攻撃を避けつつ、私は反撃する。
しかし攻撃を当てても、あまり手ごたえがない。
一応、白色が効いている感じはするのだが、如何せん大きすぎる。
あんまりダメージを与えている感じがしない。
それに比べて、魔狼騎士の攻撃はよく効いているようだ。
一発殴ると、ごっそり黒色の体が削れているように見えた。
今回は、サポートに徹した方が良さそうだ。
そう判断する。
そうして戦っていた時だ。
「ぐぁぁっ!」
兜によって歪んだ魔狼騎士の悲鳴が聞こえた。
そちらを見ると、魔狼騎士が黒色に囚われていた。
両腕をオークに掴まれて吊るされ、その腹をゴブリンが棍棒でつついている。
本当はただの触手か何かだったのかもしれないが、私にはそう見えた。
……悪いとは思うけど、ちょっと絵面が面白かった。
オークとゴブリンを蹴散らし、囚われた魔狼騎士を助け出す。
「すまない」
「相棒だからね」
「そうだな」
立ち上がろうとする魔狼騎士だったが、すぐによろけて膝を付く。
そんな魔狼騎士を狙って、兵士の形をした触手が迫る。
その触手を私は殴り散らす。
「少し休んだ方がいいみたいだね。一度、逃げて回復した方がいいかもしれないよ」
「だが……」
「今の君は足手まといだよ」
言いながら、触手を迎撃する。
「……わかった」
魔狼騎士がその場から離れようとする。
そして、私が一緒に来ない事に気付いて振り返った。
「お前は逃げないのか?」
「私はまだ余裕があるからね。逃げて追いつかれても困るし」
「俺を逃すために食い止める気か?」
「危なくなったらちゃんと逃げるよ。……それに、こんな奴を野放しにしたくない。もし、表に出たら、と思うと恐いんだ。だからさ、少しでも力を殺いでおきたいんだよ」
「……約束だ。危なくなったら逃げろよ」
「うん。わかった。しかし……」
「?」
「別に倒してしまっても構わんのだろう?」
「ふっ……ちゃんと動けるようになったら戻ってくる。それまで、絶対に死ぬなよ」
そう言って、魔狼騎士は去って行った。
さて……。
私は黒色を前に、指の骨を鳴らす。
もう私は、死の運命を越えた。
それでもこんな物が見えるのは、私が完全にそれを信じきれていないからか……。
いい機会だ。
恐怖に真っ向から打ち勝ってやろうじゃないか!
物理的に!
自分の恐怖を殴りつけるなんて事、滅多にない機会だからな!
私は思い、黒色へ向けて走った。
そんな私を捉えようと、黒色の兵士達が私へと無数の槍を向けた。
で、本当に倒し切ってしまった件について。
いまいち戦っている間の事は詳細に覚えていない。
とにかくがむしゃらに、迫り来る兵士やらオークやらゴブリンやらを迎撃しつつ、隙あらば本体を白色でどつきまくっていた気がする。
そうして殴りまわしていたら、気付けば黒色の本体が半分ほどの大きさになっており、それからさらにどつきまくっていると、最初に倒した黒色と大差ない大きさになっていた。
その段になって逃げようとした黒色を白色で踏みつけた。
「おい、無事か?」
丁度、そんな時に魔狼騎士が戻ってくる。
「無事無事」
「……倒したのか?」
私が踏みつける黒色を見て、魔狼騎士は驚く。
「うん。倒せるとは思ってなかったけど」
魔狼騎士が踏み潰された黒色を吸収する。
「よくもまぁ、あれをここまで小さくできたものだな?」
「適当に殴ってもどっかに当たるくらい大きかったからね。一ダメージしか攻撃が当たらなくても、千発殴れば千ダメージだよ」
「納得はできるが、むちゃくちゃな理屈だな。……怪我はないか?」
「カッコイイポーズを決めた代償で腕がイったぐらいだよ」
「何をしているんだ……」
呆れられた。
冗談だったんだけどな。
こうして、その日のサイドキック活動は終わった。
サイドキックは大変だ。
ヴォルフラムの格闘ゲーム性能を書き忘れていたので、書かせていただきました。
多分、ここを逃すと閑話を挟むタイミングが本編の終わりまで来ないと思われるので、あと二回ほど閑話が続く予定です。