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百話 パパ、だーい好き

 遭難から救助され、帰ってきてから……。

 遭難時の疲れがあるだろうから、と私とカナリオは一週間の自宅休養を許された。


 それから四日ほど。

 カナリオはどうしているかわからないが、私は昼の間、家で大人しくしていた。

 夜は普通に町を飛び回っていたけど。


 授業のある時間は暇だが、授業が終われば友達が様子を見に来てくれたのでそれほど退屈のない日々を送っていた。


 それはいい。


 問題なのは私ではなく、今現在も遭難中である父上の事だ。


 父上は遭難した私を探すために、総帥の制止を振り切ってまで山の奥地へ分け入っていった。

 そしてそのまま行方が分からなくなり、今も軍の人が捜索中である。


 大丈夫だろうか、と母上に不安を吐露してみた所。


「大丈夫でしょう。しばらくしたら何事もなかったように帰ってくると思いますよ」


 母上はわりと余裕。


 気になって総帥にも聞いてみたのだが……。


「大丈夫ではないか?」


 総帥も同じ見解らしかった。


「一応、軍も展開しておるがね。あれも最低限だ。連中が一番ビッテンフェルト侯の事を理解しているからな。展開している目的も君の無事を伝えるぐらいのものだよ。二次、いや、三次被害が起きないよう要所を見張っているぐらいさ」


 心配しているのは私だけか?


 でも、昔からよく山篭りにいっているわけだし、山での過ごし方も私以上によく知っているはずだ。

 遭難する姿なんて、確かに思い浮かばないけど……。


 でも、帰ってこないのは私のせいなんだよね……。

 本当の所は、それが一番気になっているのかもしれない。


 そうして五日目の事。

 そろそろ私も探索に参加した方がいいかもしれない、と思っていた頃だ。


 父上が帰ってきた。

 先に報せを聞いた私と母上が、玄関で出迎える。


「今帰った」


 そう言った父上は顔を髭まみれにし、腰には虎の毛皮らしきものを巻いていた。


「無事だったようだな、クロエ」


 父上は私を見てそう言うが、私としてはこっちの台詞だと言いたい。


「では、出かけるぞ。皆、留守を頼む。それから、「あれ」を用意しろ」


 ホワイッ?


 帰ってきたばっかりなのに何を言っているのだろうか。


 私が聞き返す前に、父上は毛皮の腰巻を外し、荷物の中の余計な物を全て玄関の床に出した。


 そうして出てきたのは、山で採取したらしき山菜やら川魚の干物である。


 が、その中でも私が注目したのは、荷物の中にも入っていた虎らしき物の毛皮だ。


 腰に巻いていた物と合わせて二枚。

 広げてよく見ると、背中の辺りに二つずつ穴が空いている。


 多分これは天虎だろう……。


 そして最も気になったのは、両方の毛皮に頭がなかった事だ。

 この切り口……。

 刃物ではない……。


 恐らく父上は、手刀で天虎の頭を落としたのだろう。

 そして、姿で毛皮を剥いでおきながら頭だけないという事は、戦いの最中に落としたという事なのだろう。


「土産だ」


 眺めていると、父上が言う。


「すまんが、肉は全部食べてしまった。あまり美味い物ではないから、持って帰って来ても仕方ないと思ってな。羽根だけは美味いんだがな……」

「知ってます。私も遭難中に食べましたから」


 あの天虎の毛皮はなめされ、今は私の部屋の床で寝そべっている。

 女神の巫女を包み、野生動物の脅威から守った神聖な一品である。


「あれを倒したか」


 父上は笑い、私の頭を撫でてくれた。


「流石は私の娘だな」


 というやり取りをしている間に、使用人の準備も終わり、いつの間にか旅支度を終えた母上が玄関に来ていた。

 私もよくわからないまま急いで支度をして、玄関に戻った。




 唐突な父上によって私達が馬車で連れられてきたのは、私が遭難した山だった。

 学園の行楽で行ったルートを歩いていく。

 相変わらず赤い景色が綺麗だ。


「綺麗ですね」

「そうだな」


 母上と父上が景色を楽しんでいる。


 父上は、この景色を母上に見せたくて来たのだろうか?


 と思っていたのだが、そういうわけではなかったらしい。


 家で使用人に用意させていた「あれ」、背中に背負う椅子のような物。

 背負子と言うのだろうか?


 それに母上を座らせて、父上は行楽のルートから外れた。

 別の道を行く。


 いや、道じゃないかもしれない。

 生い茂る木々を掻き分け、道無き道を行く感じだ。

 道と言っても、頭に「獣」の文字が付きそうだ。


 どこへ行くつもりなんですか? 父上。


 母上は慣れたもので、背負子に座ったまま楽しそうに父上と会話している。

 不安など微塵もないようだ。


 足場の悪い斜面みたいな所を渡り、ロッククライミングと言ってもいいような断崖を登り、森の奥地へ進んでいく。

 すると、一際深い茂みを抜けた時、それは姿を現した。


「わぁ」


 私は思わず声を上げる。


 そこには、湯気の立ち昇る池がある。


 それは温泉だった。


「お前を探している時に見つけてな」


 赤い景色の合間、岩場に隠れるようにひっそりと存在する……。

 まさに秘湯、という風情の場所だった。


 父上はここへ私達を連れて来たかったのか。

 とんだミステリーツアーだぜ。




 裸になった私は、少しだけ足先を湯に浸けた。

 ちょっと熱めな感じだけれど、秋の肌寒い気候にはこれくらいが丁度いい。


 体をゆっくりと浸けていく。

 お湯の熱で血管が広がって、ピリピリとする。

 胸元まで湯に沈むと、心地良い水圧が体を締め付けた。


 ほう、と息が漏れる。

 同時に、心地良さが体を満たした。


 いい湯だ。

 平たい顔族の人間としては堪らない。


 いや、今は全然平たくないんだけどね。


 今の私は顔どころか、体全体が色々と立体的なのだ。

 平たくないよ!


 少し離れた所を見ると、父上と母上が温泉を楽しんでいる。

 母上は父上に寄り添い、身を預けていた。

 相変わらず、仲が良い。


 それにしても、父上はすごいなぁ。

 私を助けるために一人で山の中を探し回って、私があんなに苦戦した天虎だって、二匹も倒してしまう。

 その上自力で帰って来るし、帰ってきたら帰ってきたで私達を温泉旅行へ招待してくれた。


 全部、家族のためなんだよね。


 自分よりも家族の事を第一に考えられるなんて、父上はすごいなぁ。


 私は二人の方へ向かう。


「どうした? クロエ」

「パパは、すごいね」

「そうか?」

「だって、パパは私達のためにいつも頑張ってくれているもん」


 私が言うと、父上は苦笑した。


「もし、今の私がそう見えるのだとすれば、それはお前が居たからだろう。お前が居て、私を留めようとしたから、私は自分の未熟さを知る事ができた。自分がどうして強さを磨いていたのか、その本当の意味に気付けた」


 それは、父上が家から出て行こうとした日の事だろうか?


「だから、すごいのはお前だ」


 まさか、そんな切返しをされるとは思わなかった。

 照れるよ。


「何の話ですか?」


 母上が不思議そうに訊ねる。


「いや、何でもない」


 父上はあの事を母上に内緒にしているのか。

 じゃあ、私も内緒にしておこうかな。


「内緒だよ」

「もう。何なのですか? いったい」


 私と父上、二人だけの秘密だ。


「ねぇ、パパ」

「何だ?」

「だーい好きだよ」

 本当は三角関係のまとめの予定でしたが、どうしても百話目に父上の話を書きたかったので入れさせてもらいました。

 パパすごい! パパ大好き! というだけの話ですが、どうかお許しください。

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[良い点] パパすてき…
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