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九十九話 わからなかったら人に聞く

「それにしても、すごい格好をしていますね」


 先輩は私達……というよりもカナリオを見て言った。


 今のカナリオは虎のマスクを被り、手には私がプレゼントした槍を持っている。

 これで服を着ていなかったら、原住民とかバーバリアンという感じの格好だ。


「何故先輩がここにいる?」


 私が訊ねる。


「それはもちろん、助けに来たんですよ」

「一人でか?」

「いえ、私だけじゃありませんよ。軍に、あなたの学友、お父様も探索に加わっていますよ」


 パパ……!


「あと、どういうわけか国衛院も人員を割いてくれていますよ。アルマール公が直接指揮を執っています」


 総帥がわざわざ来てくれたのか。

 帰り着いたら、あとでみんなに迷惑かけた謝罪と探してくれたお礼をして回らないといけないな。


「それから、王子も……」


 ムルシエラ先輩がボソッと聞き取りにくい声で最後に告げる。


「本当ですか!?」


 その小さな声を聞き取るカナリオ。


「ええ、まぁ」


 ムルシエラ先輩は顔をそらして答える。


「近くまで来てますよ。王族を危地へ向かわせるわけにはいかないので、私が先行させてもらいました」


 言って、先輩はカナリオに笑いかける。


「でも、それは建前です。本当はあなたのためですよ。カナリオさん」


 先輩がカナリオへ迫る。


 私もいるってわかってる?


「私は誰よりも早く、あなたを助け出したかった。王子よりも、早く……」


 先輩はカナリオの手を取ろうとする。

 けれど、カナリオはスッと手を引いて先輩の手をかわした。


「ありがとうございます、先輩!」


 代わりに、感謝の言葉と共に満面の笑顔を向ける。


 そこには、前のように戸惑う様子がない。

 先輩からのアタックにも動じず、カナリオはケロリとしていた。


 先輩は面食らった顔をする。


「じゃあ、行きましょうか。クロエ様」

「あ、ああ、そうだな」


 先輩が怪訝そうな顔で、私を見た。


 私のせいじゃないですよ。

 多分。




 先輩の先導で、私達は川にそって行く。

 探索隊の人間も基本的に川を中心に行動し、時折森の中へ入って私達を探索していたらしい。

 なので、私達の行動は概ね間違っていなかったのだ。


 そうして歩いていくと、川が次第に浅くなっていく。

 広く浅く、今や脛の辺りくらいの水位になっていた。


 そんな時……。


「王子……」


 不意にカナリオが立ち止まり、呟いた。

 彼女は、川の向かい側へ視線を向けている。

 彼女につられて、私もそちらを見る。


 すると、森の中から一人の少年が現れた。


 リオン王子である。

 最初はこちらに気付いていなかった彼は、不意に何かを感じたようにこちらへ目を向けた。


 カナリオは、走り出した。

 川に向かって。


 先輩がその手を掴もうと手を伸ばし、そして途中で掴む手を止めた。


 私はそのまま行かせるわけにはいかんと思い、カナリオの頭から虎のマスクを剥がす。

 槍を取りそこなう。


 カナリオは何の束縛もなく、そのまま川をバシャバシャと蹴り分けて走る。

 一直線に、王子の方へ走っていった。

 その直前で槍を手放す。


 そして、驚く王子の胸へ勢いよく飛び込んだ。

 王子はカナリオを支えそこない、そのまま倒れこんだ。

 カナリオが王子を押し倒す形になる。


 ダイナミック床ドンだ。

 いや、地面ドンか。


 語呂が悪いな……。


 そんな様子を対岸の私達は眺めた。


「止めなくてよかったのか?」


 先輩に訊ねる。


「わかって言っているのでしょう?」


 先輩の答えに、私は黙り込む。


「彼女にはもう、迷いがない……。私には、揺れる彼女の心に付け入る事しかできなかった。そして、付け入ってしまえば物にする事もできると思っていました。自信だってありました。けれど……もう、その余地もない」


 先輩は私に向き直る。


「あなたが何かしたのですか?」

「私は何もしていない。迷いを断ち切ったというのなら、それは奴自身がそれを成したのだ」


 私がした事は、ボーっとしてたら生き残れないからしっかりしろとさとしたぐらいだ。


「何より、この結果はわかりきっていた事だ」

「どうしてそう思うのですか?」

「奴は言ったのだ。王子と先輩、どちらを選ぶのが正解であろうか? と。好き嫌いではなく、奴は正解不正解で選ぼうとしていた。それは、好き嫌いという区分ではすでに答えが出ていたからだろうさ」


 カナリオの気持ちは、最初から王子の方にあった。

 でも、彼が好きだからこそ、悩み、答えを出す事ができなかった。


 王子の幸せを願う。

 その気持ちがなければ、カナリオは悩みもしなかったはずだ。


「私は、王子が好きです! ずっと一緒にいたいです! それは本心です。でも、王子が不幸せになるのは嫌です。だから、聞かせてください。私は、王子のそばにいていいですか? 私は、王子に王位以上の幸せを与えられますか?」


 カナリオの大声が聞こえてくる。

 おお、カナリオがルクスばりに恥ずかしい告白をしている。


 多分、彼女はすっきりした頭で考え、悩むよりも相手に聞いた方がいい、という結論に達したのだろう。

 それが前に言っていた、わかった事なんだろう。


 そうだね。

 片方の気持ちだけじゃなくて、相手も気持ちも大事だ。

 一人であれこれ考えるものじゃなくて、二人で考えるものなんだ。

 恋愛は、一人じゃ出来ないものだからね。


 ナルキッソス?

 知らんがな……。


「それに先輩は……」


 言いかけて、私は口を噤んだ。

 本人に言っていいような事じゃないだろう。


「わかっていますよ。私の気持ちは、不純なんでしょう」


 先輩は苦笑する。

 そして、続けた。


「私は、彼女を手に入れるためにいろいろな手を講じました。

 色々な根回しをした。彼女と一緒にいられるように、あらゆる手を尽くしました。

 でもね、その根回しが不備に終われば、私はあっさりと彼女を諦めていた気がします。

 きっと私は、恋という感情だけで、人を愛する事ができないのでしょう……」


 語る先輩の声には、哀愁の響きがある。


「諦めろ……そういう事なんでしょうかね……」


 呟く声。


 私は居たたまれなさを覚え、何も言葉をかける事ができなかった。

 慰める言葉も思い浮かばない。


 そんな時、不意に先輩が笑顔を私に向ける。


「そういえば、さっきからどうしてそんな喋り方なんですか?」

「ぬぅ、すまない」


 最近ずっと、カナリオと過ごしていたせいでこっちの口調に慣れてしまったのだ。

 今しばらくは直りそうにない。


 対岸へ視線を移すと、王子とカナリオが口付けを交わす所が見えた。


 王子の答えはここからじゃ聞こえなかったけれど、それだけでどういう返事をしたのかがわかる。


 私は人を好きになった事はないし、恋愛というものがよくわからない。

 でも、ああいうのはいいな。


 複雑で、いろいろな駆け引きをするようなややこしい恋愛よりも、ああいうわかりやすくストレートな方が私には良く思える。


「お前が好っきや!」とか言って、キスされるようなわかりやすい告白に、私は憧れているのかもしれないな。


 すると、森の奥からぞろぞろと人が集まってくるのが見えた。

 救助の人員だろう。

 さっきのカナリオの超告白を聞きつけて集まってきたのかもしれない。


 わお! 二人とも目を瞑ってないでそろそろ気づけ!

 羞恥プレイ状態になるぞ!


 と、そんな時、集まってくる人々の中にアルディリアとアードラーを見つけた。

 他にも、ティグリス先生やマリノー、ルクスとイノス先輩にコンチュエリ、珍しくヴォルフラムくんもいたけれど、私が目を離せなかったのは始めに見つけたその二人だ。


 その姿を見ると、私の心の中に何かよくわからない感情が湧きあがってくる。

 なんていうんだろうか?

 懐かしさ、みたいな、それともちょっと違うような感情だ。


 気付けば私は、カナリオと同じように対岸へ走り出していた。

 一直線にアルディリアとアードラーの方へ向かい、驚く二人を纏めて抱き上げた。


「うおおっ! 友よぉ! もう二度と放さぬぞ!」

「うわ、クロエ!」

「どうしたのよ!」


 なんか解からないが二人に再び会えた事が嬉し過ぎる。


 平気なつもりだったけど、私も遭難した中で不安を押し殺していたのかもしれないな。




 ちなみに、父上は総帥が止めるのを聞かずに森の奥へ分け入り、そのまま行方が知れなくなったらしい。

 家に自力で帰ってきたのは、数日経ってからの事だった。

 アルマール公は心配もしていましたが、何より楽しそうだったので来ました。

 それから……。


 アル「待っててクロエ。今、探しに行くから」

 アー「一人で行くつもり? 抜け駆けは無しよ」

 二人とも遭難。


 という展開を思いついたのですが、クロエと再会してもらいたかったので父上に遭難していただきました。

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