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八十九話 埋まる節穴

 最近、アルディリアとアードラーが王子とまともに戦えるようになってきた。


 場所はビッテンフェルト家の庭。

 私は組み手をするアルディリアと王子を眺めていた。


 最初の頃、アルディリアは王子に手も足も出ず、近付く事すらもできなかった。

 でも今は、時折王子の攻撃を掻い潜って迫る事ができるようになった。


 まだ勝利を収めた事はないけれど、王子の動きにかなり順応している。

 アルディリアが勝ち星を修めるのも遠い未来ではないだろう。


 と、思っている内に、決着がつきそうだ。


 体を捻って、アルディリアの拳をかわす王子。

 それはただの回避じゃない。

 回避動作に見せかけた、次の攻撃への予備動作だ。

 そこから繰り出されるのは、フックとアッパーの中間の軌道を辿るショベルフック。

 しかし、アルディリアはそれを読んでいた。

 一度バックステップで距離を取ってかわし、すぐにダッシュして距離を詰める。

 そのダッシュの勢いを殺さないままの右ストレート。

 だったが、その右ストレートの影へ巧妙に隠しながら放たれた王子の左ショートアッパーがアルディリアの顎を捉える。


 アルディリアはそのままガクリと膝を折ると、勢いのまま前転して倒れた。


 決着だ。


 最近、こういう読み合いみたいな展開が繰り広げられるようになった。

 腕を上げたのはアルディリアだけでないようだ。

 王子もまた強くなっている。


「そなたは本当に強くなったな」


 倒れたアルディリアに、王子は手を差し伸べた。


「今度こそ勝てたと思ったんですけどね」


 アルディリアは可愛らしく照れ笑いを浮かべてその手を取った。


 王子はアルディリアとはすぐに打ち解けた。

 男同士だからか、私によりも早く心を開いたように思える。


 それに比べ、アードラーにはあまり話しかけようとしないのである。

 まだ、わだかまりがあるからだろう。


 次に、少しの休憩を挟んでから王子はアードラーと組み手をする事になった。


 互いに構えを取る。


 アードラーも王子の動きに対応できるようにはなったのだが、アルディリアほど王子に迫っている感じはしなかった。

 というのも、アードラーが少し素直すぎるからだ。


 アードラーは相手の動きを読む事に長けている。

 だから、王子の攻撃の虚実を見極める事も早い内にできるようになった。

 懐へ飛び込む事もアルディリアより容易くできる。

 でも、いざ攻撃の段になると上手くいかなくなる。


 攻撃を見切られ、逆にカウンターを狙われてしまうのだ。

 アードラーは攻撃の虚実を見極める事が得意だが、自分の攻撃に虚実を加える事が苦手なようだった。


 まっすぐな攻撃というのも躊躇いがない分、威力が乗っていいのだが……。

 その分読みやすいのだ。


 結果、いつも王子からあしらわれている。

 作業されている感じだ。


 強キャラを作業するというのは、格闘ゲーマーとしてはロマンのある展開であるが……。

 いつも負けてしょんぼりするアードラーを見ているのは心が痛む。


 そして今日も、アードラーは王子に負けてしまった。

 地面に座り込み、俯いている。


 ちょっとアドバイスとかして慰めた方がいいかもしれない。

 そう思って近付こうとする。

 けれど、私が近付くよりも前に、王子がアードラーに手を差し出した。


「そなたは少し、素直すぎるな」


 その手をじっくりと眺めてから、アードラーは王子の顔を見上げた。


「……性格は、捻くれているようですが」

「そうだな。そなたは、難しい」


 王子は苦笑した。

 アードラーはその手を借り、立ち上がった。


 王子が、デレた……。




「驚きました」


 組み手が終わり、木陰で休憩する王子に話しかける。

 今はアルディリアとアードラーが組み手をしていた。


 私の言葉だけで察したのか、王子は苦笑する。


「そなたにはさぞ、私が了見の狭い滑稽な人間に見える事だろう。そして、人を見る目のない愚か者にも」

「まぁ、そうでしたね」


 あえて肯定する。


「でなければ、あんな事は言いませんよ」

「この節穴に、目を入れろ。というやつか……」


 まぁ、そんな感じだったっけ。


 その発言に対して、私には一切謝罪するつもりなどない。

 謝るくらいならば、始めから言っていない。

 それを言って、どうなってもいいと思ってちゃんと覚悟して言った言葉だったからだ。


「最近、私にもその意味がわかるようになった」

「そうですか」

「そなたと関わってから、私の目に映る彼女は違う」


 アードラーの事か。


「アードラーが変わったわけじゃないですよ」

「わかっている。私は本当に、何も見えていなかったという事だろう」


 王子は私の方を向いた。


「すまなかった、クロエ・ビッテンフェルト。心から、謝罪する」


 深く頭を下げられる。


「私よりもアードラーに謝ってください。私は、謝られるような事をされたわけじゃありませんから」


 私は何もされていない。

 むしろした方だ。

 王子の髪を掴み、脚の骨を折り、出て行くと宣言した。


 不敬罪のオンパレードである。


 どちらかと言えば、謝られる方がおかしいのだ。

 そんな私よりも、直接的な言葉で傷付けられたアードラーの方に謝ってほしい。


「無論だ。ちゃんと謝らせてもらう」

「なら、よかった」

「……私は節穴に、目を宿す事はできただろうか?」

「さぁ。まだ、王子は陛下に言われて人を見ようとしただけです。自分から見ようとしなければ、結局は節穴のままですよ」

「そうだな」


 王子は私から視線を外し、組み手を行う二人を見た。


 組み手は、アードラーの優勢に傾いているようだ。


「不思議に思っていたのだが、何故アルディリアはアードラーに負け越しているのだ? アルディリアの方が強いだろう」

「相性の問題ですよ。アルディリアは堅実。アードラーは攻撃的。王子は拳速を重視するあまり、あまり力まずに打つ癖がありますよね。だから、手数で押し切るか、カウンターを狙うという二つの戦法をとっている。そうしなければ、打倒する力を補えないから」

「カウンターを狙うならば、攻撃的な相手の方が容易い、か……」

「まぁ、そういう事ですね」




 後日、王子はアードラーに謝ったそうだ。

 その事を王子自らが、私に報告してくれた。

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