八十七話 私達の戦いはまだこれからだ!
打ち切りじゃありません。
アルエットちゃんから黒色を引き剥がした翌日。
私は医院から直接、馬車で学園へ向かった。
学園に着くと、校舎の前でアードラーとアルディリアが待っていた。
「おはよう、アードリア」
「「まとめないで!」」
冗談を言ったら二人からハモリながら怒られた。
「昨日は家に帰らなかったそうね」
「何で知ってるの?」
「僕が迎えに行ったからだよ。その時にいないって言われた」
アルディリアが答える。
「その話を学園に来てから聞いたわ」
アードラーも答える。
「で、どうして朝帰りなの? 相手はイングリット子爵?」
その言い方だともう、聞く前から答えが出ているみたいだね。
アルディリアもそれが気になっているらしい。
ちょっと落ち着かない様子だ。
「いや、相手はアルエットちゃんだよ」
「な、なんですって? イングリット子爵と出かけたと思ったら、アルエットちゃんと一夜を共にしていた? どういう事なのかさっぱりだわ」
アードラーは混乱の局地に陥ったようだが、アルディリアはホッと安心していた。
だから、アルディリアの不名誉になるような事はしないよ。
「二人が期待してるようなスキャンダラスな事はしてないよ」
「「期待なんかしてない(わ)よ」」
またハモる。
「で、それはどうしたのよ。片目なんか瞑っちゃって」
「ああ、これはちょっと物貰いみたいなもの」
本当は目の色を隠すためだが、説明しにくいので誤魔化した。
ここへ来るまでに、右目で馬車の窓から眺めた世界は私が今まで見ていた世界とは少し違うものだった。
街並みは薄っすらと黒く濁り、道行く人の体には黒い塊が見えるようになっていた。
きっとこれが、ヴォルフラムくんが見てきたこの王都の姿なのだろう。
あんな量を全て取り込もうとすれば、確かに命が危うくもなる。
あんまり気持ちのいい光景では無い。
今日は仕方ないが、明日からは眼帯をつけてこよう。
ゆくゆくは、自分でデザインしたカッチョイイ眼帯を作って使おう。
でも、使うのは半年程度の期間だけだろう。
ゲームのカナリオも、半年で黒色を見る力が消えた。
それで一度、戦いから身を退くようヴォルフラムに言われ、迷った末にまた復帰するというイベントがあるのだ。
そして、より強く二人の絆は強くなるという内容だ。
朝の挨拶の後、私は先生から教室へ来るよう言われた。
休み時間に職員室へ向かう。
「今朝、アルマール公爵が俺に会いに来た」
着いて早々に、先生はそう切り出した。
「公爵が言うには、アルエットの病が完治したという話だ。詳しい経緯は教えてくれなかったがな」
ヴォルフラムくんへの配慮だろうか?
だったら、私も黙っていよう。
「お前が何かしたのか?」
「どうしてそう思うんです?」
「前に聞いたろう。アルエットの病気が治ったら、どうするか? と」
「だからって、普通の女学生が病気を治せるなんて考えないでしょう」
「そうなんだがな……。お前ならやりかねん、とも思ってしまったんだよ」
先生は苦笑する。
「病気が治ったんなら、マリノーとの事を考え直してくれますよね?」
「そうだな」
そう答えて、先生は小さく笑った。
「悲しませる事がないのなら、それもいいな」
「クロエさん」
教室に戻った私に、マリノーが声をかける。
「何?」
「先生に謝られました」
ちょっと戸惑った様子で、マリノーが言う。
「私また、先生と一緒にいてもいい事になったんです」
「そうなんだ。よかったね」
「ええ……そうなんです。アルエットちゃんの病気も治ったみたいで……。あの、これは夢じゃないんですよね?」
「何でそう思うの?」
「それが本当だったら嬉しすぎて、ちょっと実感がわかないんです」
なんじゃそりゃ。
「色々な事が、私にとって都合良い事ばかりで……幸せで……」
「ふぅん。でも、そんなに良い事ばっかり?」
「どういう意味ですか?」
「アルエットちゃんの病気が治った事はいい事だけど。結局は前と状況は一緒って事じゃない。別に、先生と恋人になったとか、プロポーズされたとかじゃないんでしょ?」
「それは……そうなんですけど」
「だったら、幸せを感じている暇ないんじゃない? マリノーが目指すのは、先生の嫁ポジションなんでしょ?」
マリノーに衝撃が走る。
表情から戸惑いが消え、驚愕に目が大きく見開かれた。
「先生の、嫁……!」
「そうだよ。今はまだ、前と同じ関係に戻っただけ。マリノーはこれからも頑張らなくちゃならないんだよ」
「それもそうです。私は少し勘違いしていました。私はまだ、何も手に入れていないのですね。目指すのは嫁……。私はそれを目指さなくちゃいけないのですね」
おお、マリノーが燃えている。
ここ最近の落ち込み方が嘘のようだ。
マリノーが、改めて私の顔を見た。
「クロエさん。ありがとうございます」
「私はあんまり何もしてないよ」
やった事なんて、アルエットちゃんの中の黒色を弱らせたくらいだ。
それに、これからの二人にしてやれる事だって何もない。
ゲームでも二人がどうしてくっついたのかもわからないし、気の利いたアドバイスだってしてあげられない。
だから、これ以上私がマリノーにしてやれる事なんて、本当に何も無いのだ。
私には色恋なんてわからない。
私の知ってるイロコイなんて、プリスキンくらいのものだからね(キリッ)。
休み時間になって、私はヴォルフラムくんを中庭の奥へ呼び出した。
「あなたのおかげで、私の大事な人が不幸にならずに済みました。本当にありがとうございました」
私はヴォルフラムくんに、深く頭を下げた。
彼は小さく溜息を吐く。
「それはこちらからも言いたい言葉だ。あんたのおかげで、俺も長生きできそうだからな。それに、俺はあれを引き剥がしただけで、あとはあんたが一人で倒したみたいなものだしな」
もう私一人だけいればいいんじゃないかなって?
いや、ヴォルフラムくんがいなければ、私はあれを見つける事も殴りつける事もできなかった。
本当に感謝しているよ。
「それより、一つ聞いておきたい事がある。昨日の魔物の事だ」
「何?」
「あれは長い年月を経て、力を蓄えた強い魔物だった。内包する黒色の濃度も他に類を見ない物だ、と俺は一目見てわかった。戦ってみれば、それは確信に変わった。だが、吸収してみればどうだ。思っていたような黒色の濃さはなかった。どういう事だ?」
「知らないよ。白色で殴ったから、散らされたり、対消滅したりとかして薄くなったんじゃない?」
「白色とぶつかると黒色はそうなるのか?」
「そうなるんじゃない?」
SEで追加された後付け設定のためか、ゲームでは意外とその辺りの説明がアバウトなのだ。
ただ、こちらは現実なのでそんなアバウトな物じゃないはず。
ちゃんと理に適う法則はあると思うのだが……。
「黒色の事なら、むしろヴォルフラムくんの方が詳しいでしょうよ」
「内包する黒色の影響か、イングリット家の人間は白色を使えない。白色をぶつけられた時の黒色がどうなるかなんて、俺にはまったくわからない」
正体を秘匿し続けたせいで、代々一匹狼だからね。
一応アルマール家との繋がりはあるようだけど、共闘はしなかったと見える。
黒色を見る事のできるイングリット家の人間が白色を使えないとなれば、白色と黒色が反発するなんて事に気付けるわけはないか。
ちなみに、黒色を内包していなくても白色を使えない人間はいる。
ポジティブな考え方の人間は才覚を持っているが、ネガティブな考え方をする人間は使えないそうだ。
アードラーが白色を使えないのは、彼女がネガティブな事を考えやすい人間だからなんだろう。
色々と溜め込みそうだからね。
友達としてちょっと心配だ。
「しかし、あんたの説が正しければ白色で弱らせた黒色は薄くなるという事だな。……なぁ、あんた――」
「手伝ってほしい?」
彼の言葉が形になる前に訊ね返す。
「ああ。できるなら」
「いいよ」
私は快く了承した。
正直に言えば、その提案は私にとっても願ったり叶ったりだ。
彼にあの場所の事を教えはしたが、私は彼にあまりあそこを利用して欲しくないのだ。
黒色の奉納だけではまだ、事は起こらない。
鍵が足りないからだ。
だから放っておいても大丈夫なのかもしれないが、用心に越したことは無い。
少しでも利用する機会が減るのなら、私は力を惜しまないつもりだ。
それに、昨日の戦いはなかなか楽しかった。
人間との戦いとはまた違った味わいがある。
またあれと戦えるなら、ちょっと楽しみだ。
「じゃあ、よろしく。ヴォルフラムくん」
「くん付けは止せ。あまり好きじゃない」
「アルディリアとはそう呼び合っているのに?」
「あまり目立ちたくないからだ。その方が大人しい人間だと思われるだろう」
「ふぅん。じゃあ、私の事もあんたって呼ばないでくれる?」
「ビッテンフェルトと呼ぶ事にしよう」
「クロエでもいいよ」
「アルディリアに勘繰られるのは御免だ。傷付けたくもないからな」
なんだかんだで、友情を感じているのかもしれないな。
こうして、アルエットちゃんの病気は治り、先生とマリノーの関係は修復された。
そして、漆黒の闇に囚われし黒の貴公子は変身ヒーローのサイドキックとして夜の町へ出没するようになった。
一応、ティグリス先生とマリノーの話はこれで完結です。
ここから彼女は、卒業するまでの間にじっくりと先生を落としていきます。