〈花蟷螂〉
ちょっと短めですが。マニアックな生き物にも焦点を当てていくスタイル。
サイを見送り、再び道を歩き出すと、道端に花が咲いていた。それはそれは白くて巨大で、人の身の丈など遙かに越えていた。
あまりに奇妙な光景だったので、遠巻きに警戒しつつ観察していると、花が変形し、それは蟷螂になった。
「何故近寄らない」
それは余りにも常識外れで身の危険を感じた為ですと伝えると、蟷螂は残念そうな顔をする。
「そうか。今までは百発百中だったのだがな。君は実に勘がいい」
言うなり、蟷螂は再び花に変形する。その変形は鮮やかで、サイズ次第では可憐な一輪の花にしか見えないほどである。
「…私は花蟷螂といって、擬態をする事で餌を効率よく獲得する生き物だ。この技でかれこれ十年食っている」
昆虫にしては長生きですね、と答えてやると、蟷螂は少し自慢げに話し出した。
「そうなのだ。私は栄養の良い餌を沢山食ってきたからな。この狩猟法のお陰で労無く豊富な栄養、それによってこれだけ長生きできたのだ」
それからしばらく、蟷螂の自慢の半生について延々語られた。曰く、最初は1cm程度の大きさで、数多くの仲間と共に狩りに挑み、返り討ちにあったり、切磋琢磨しながら育ち、また時には種族を越えてミツバチの助けになってみたり、
私は適当に相槌を打っていたが、トークが途切れ、蟷螂は溜息を吐いた。
「こうして嘘を吐きながらも生き続けて、此程までに成長できた。しかしもう私は嘘を吐くのに疲れてしまったのだよ。分かるかね?この辛さが」
人間も多くの嘘を吐いて生きている物だから少なからず同意しますと伝えると、パッと華やいだ雰囲気でそうか、と答えた。
「分かってくれるかね!そう、とても辛いんだ。初めてだ、この気持ちを共有できる友と出会うのは」
それはどうも、と何だか妙に照れくさい気持ちになって答える。
「友よ、友よ。私にとって人間はどうもどれも同じ顔に見えてしまう。友の顔を良く見たい。今一歩、こちらに来てはくれないか?」
僕も人間相手にだってこんな事を言われた事はなかった。むず痒い気持ちでどうしようかと悩んでいると、蟷螂は冗談めかしてこういった。
「照れる事はない。何も取って食おうというわけではないんだから」
ピシッと、空気か凍る。蟷螂も、僕の表情が無くなった事に気付く。
「…今の、嘘々。」
僕は振り返ることなく、全力で走って逃げた。
これまでの作品もそうですが、それぞれテーマがあります。今回のはわかりやすい、『嘘』ですね。人間ってのは、自分の利益のために平気で嘘をついたりするもんです。