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散歩  作者: 黒井羊太
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猿、犀

愛も変わらずのテイストで散歩は続いていきます。短めなので読みやすい。

 老象が去って行った方向に一礼をし、僕はまたぶらぶらと歩き始める。

 不意に、後ろから声がする。

「お前は何をなした?」

 驚いて後ろを振り向くと、そこには年老いた猿が座っていた。全身の毛が白く野放図に伸び、上体はフラフラと前後左右に動き続けている。酔っぱらいのそれとは明白に違う。力強さが全く感じられない。

 目が合って、まだ何も言えないでいると、私が言葉を解せなかったと思ったらしい、猿はもう一度繰り返して見せた。

「お前は、何を、なした?」

 改めてそんな事を聞かれても、また漠然と聞かれた所で何と応えたら良いのか分からない。しょうがないのでまあ何かをそれなりに、と曖昧に応えた。

 そんな私の返答に、がっくりと肩を落とし、溜息を吐いた。

「なんだそれは。何一つ成してないのではないか?」

 全く持ってその通りだ。僕がうんうんと頷くと、呆れた口調で猿が続ける。

「愚か者め…まず子を成せ。話はそれからだ」

 ずっこける。子を成すって…

 それにはまず伴侶を得る必要があり、僕にはそれが居ないし得る当ても無いという旨を伝えると、眉を釣り上げて老猿は怒鳴った。

「馬鹿もん!そんなもん、その辺に幾らでもいるだろうが!そら、そこの娘を捕まえろ!そしてさっさと犯…」

 僕は慌てて老猿の口を塞ぐ。老猿は暴れたが、やがて落ち着いた。

「何をする」

 僕は老猿の言った事は犯罪といって、それを行うと僕は往来を歩けなくなり、また社会的に死んでしまう事を諄々と語った。

 老猿は納得いかない顔をしていたが、最後に小さく呟いた。

「もっとシンプルに生きればいいものを…」

 それでは猿と変わらないでしょう。僕は言葉を飲み込んだ。

 まぁ、猿みたいな人間なんて、掃いて捨てるほどに居るのも事実だが。



 老猿がぶつくさ言いながらどこかへ歩いていった後、僕はまた道を歩き出す。

 すると前から、大きな角が見えた。あれは…サイだ。随分とふらついている。

 すれ違いざまに、サイは僕をちらっと見やって、溜息を吐いた。

 人の顔を見て溜息を吐くなんて失礼な事をあまりされた事がなかったもので、怒気を堪えつつもどうしました、と声を掛ける。

「ん?あぁ、すまない。君の顔がどうこうではなく、自分の問題なんだ。すまなかったね」

 口振りからも、このサイは年老いている事が分かる。年寄りは大事に扱わねばならない。自分は気にしてないが、改めてどうしたのかを尋ねてみると、サイはまた大きく溜息を吐きながら話し始めた。

「君から見て、私は何というサイに見えるかね?シロサイか?クロサイか?」

 面食らった。僕は、サイの種類の見分け方どころか、蝶々と蛾の区別すら付かない男だ。見た目で分かれば良かったのだが、残念ながらサイの体は灰色だ。白なのか、黒なのかなど、判断できない。

 しょうがないので黒っぽい見た目から、適当にクロサイと答える。溜息を吐かれた。間違えたらしい。

「私はシロサイなのだ。…あぁ、間違えても仕方がないんだ、気にするな。よほどのサイフリークでも無ければ区別はつくまい。何せ、間違えて付けられた名だからね」

 どういう事でしょう?と尋ねると、三度溜息を吐きながら答えてくれた。

「私はクロサイに比べ、口の幅が広いんだ。それでWide Rhinoceros。広犀とでも書くべきかな。それが…誰かが聞き間違えたか何かでwideをwhiteに…で、白犀。白じゃない方だから黒犀。そんないい加減な名前なんだよ」

 確かに、冗談みたいな名前の付き方ですね、と相槌を打つと、じろりと睨まれた。

「確かにそうだ。私は、生まれながらにして冗談のような誤解を背負わされ、今まで生きてきた。分かるかね?誤解にまみれた一生の辛さが?」

 分からない。ただ、私自身だって自分の言葉や行動が誤解される事が沢山あると伝えると、サイは目を見開き、そして間を置いて呟いた。

「人間とは、高等な言葉を操り、より高度な情報伝達が出来るとばかり思っていた…違うのか?」

 …それは必ずしも正しくなくて、自分の心の内半分も上手く言葉に出来なくて、齟齬があって、誤解があって、傷つけあったりするのが人間だ、等と偉そうに講釈を垂れてみる。サイは私の言葉に一々頷き、唸っていた。

「そうか、人間とはそんなにも誤解に満ちあふれた生き物なのか…どうやら私は人間という物を誤解していたようだ」

 いや、誤解に満ち溢れたというのは大げさ過ぎで、よく話し合えば分かり合える事も有って、それは素晴らしい事と賞賛されるという旨を慌てて伝えようとしたが、そうだったのか、誤解ばかりなのか…と呟きながらよろよろとどこかへ歩いていった。

 私は、少し大げさに言い過ぎてしまった事を後悔し、余計な誤解を与えてしまった気分だったが、もうどうしようもないので、そのままサイを見送った。

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