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散歩  作者: 黒井羊太
1/3

鼠、象

散歩って楽しいよね。一緒に楽しもうよ。

ある日、道を歩いていると、向かいから年老いたネズミが歩いてきた。

 よろよろと覚束無い歩き方だ。右へ左へ、ふらふらと歩いている。酔っ払いのそれとは明白に違うのだ。力強さが全く感じられない。

 小さなネズミは、すれ違いざまに私を見た。私も思わず視線を合わせてしまった。合ってしまったものは、なかなか外せないものだ。お互いに立ち止まってじっと見つめあう事になる。

 やがて老いたネズミは、フッと小さく笑って私に言った。

「君は、随分ゆっくりと歩くのだね」

 驚いた。ネズミが話す、というのもおかしな話だが、何より問題なのは、別段普通に歩いているつもりなのにゆっくりなどと言われた事だ。

 決してゆっくり歩いているつもりはない、とネズミに伝えてやると、今度はネズミが驚いて言葉を続けた。

「すると君はそんなゆっくりなのが普通なのかい?…はぁ~…」

 感心の溜息をついて、俯く。それからしばらく、ぶつぶつ言いながら考え込んで、そして言った。

「君はもう少し早く歩いた方がいい。一生など、短いものだ。その調子では何一つ、成す事も出来ず死んでしまうだろう。もっと早く歩きなさい」

 ドキッとする内容ではあったが、如何せん納得がいかない。ネズミの彼と人間の私、歩調が同じになるわけがあるまい。この助言は、必ずしも当てはまらないのではないだろうか?

 その旨を伝えてやると、ネズミはまた小さく笑った。

「なるほどなるほど。確かに、それはそうかもしれないな。だがな、君。一生の終わりなど、いつ来るか分かったものではないぞ。少しでも早く前に進む事は、間違ったことではないと思うがな」

 言い終わると老ネズミは、後ろから飛びかかってきた若い猫に銜えられていずこかへ消えてしまった。

 私には、最期の瞬間、老ネズミがこう呟いたように聞こえた。

「な?」


 私は老ネズミが消えた方向に一礼して、また前を向いて歩き始めた。

 すると向かいから、巨大な影が歩いてきた。象だ。それも、老いているらしい。

 よろよろと覚束無い歩き方だ。右へ左へ、ふらふらと歩いている。酔っ払いのそれとは明白に違うのだ。力強さが全く感じられない。

 あまりの大きさに、私は必然的に目がそちらに向く。象は、こちらの視線に気づいたらしく、じろりとこちらを見た。

 ジッとしばらく見つめあってから、象がゆったりと、地響きのような声で言葉を発した。

「君は、そんなに急いでどこに行こうというのかね?」

 急いでいる、と言われるのは心外であった。私は何をするでもなく道をぶらついているだけで、目的があるわけでもなく、したがって急いでいる訳でもない。

 私は決して急いでいる訳ではない、と老象に説明してやると、意外そうな声で答えた。

「そうなのか。私からは随分急いでいるように見えたのだがな。失礼失礼」

 そして少し、愉快そうに笑った。笑い声は、ちょっとした地震のようだった。

「体の大きさを考えれば、それもそうか。いや、合点いった。ありがとう」

 象から礼を言われるのは初めてだった。戸惑いながらも、どういたしまして、と短く答える。

 その態度が如何にも気に入ったようで、象はまた少し大きな声で笑った。

「君は実に礼儀正しいのだな。感心感心。」

 笑い終えて、少し間をおくと、

「しかし君、もう少しゆっくり歩く事も心掛けてみるといい。人生はいつ終わるか分からない。残りの人生を計算して、早いうちにあくせく働いて、金を貯めたはいいが、使う間もなく人生が終わってしまうかもしれない。つまらない人生だろう?」

 それもそうですね、と相槌を打つ。それを見て満足げに頷く老象。

「時に息抜きも必要なんだ。ゆっくり歩いて、いろいろ見渡して御覧なさい」

 呟いて、老象は再び歩き始めた。重い足取りで、いや、重いのは間違いないか。

続きます。

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