ネコの爪とぎ(前編)
「ん?」
ご主人様がぼくを呼んでいる。
「ご主人様。どうしたのかにゃ? もしかして、ぼくにおやつをくれるの?」
と思ってご主人様の所に行ったら、なんだかいつもと違う様子。座っているご主人様は、
ぼくをお膝の上に乗せて肉球を軽く押した。
「何がしたいの?」
と思っていたら、ご主人様の手には怖そうなハサミを持っている。
「まさか、それを使ってぼくの爪を切ろうとしているのかもにゃ!」
ぼくは怖くなり、ご主人様の手を振り切って隣のお部屋に逃げた。
こうゆうときばかりは普段、動きがにぶいぼくなのに信じられないスピードで逃げることができる。ご主人様は、「しまった」という顔をしている。
怖くてたまらない。
ぼくは、自分で爪とぎをするのは好きだけど、誰かに自分の爪を切ってもらうことは大きらい。
どうしてそうなってしまったのはどうしてかと言うと、前にご主人様に爪を切ってもらったとき、とっても痛かったからだった。ただでさえ、切るハサミが怖いのにその上、切ったときの
「パチン」
って音も怖い。
「う~」
考えただけでもどんどん怖くなってくる。
だから、ぼくに爪切りはしないで欲しい。
「そもそも、ぼくのいやがることをするなんてご主人様はひどいにゃ!」
ぼくは怒った。
「あっ!」
ぼくは気がついた。
「もしかして、このお部屋から出なかったら、ごはんがもらえないかもしれないにゃん。それは困るにゃ!」
このお部屋に、ぼくのごはんを運んできてもらえるとは思えない。
ごはんを食べる場所は、リビングかお庭と決まっているから。それ以外の場所は、お部屋を汚すからだめらしい。
でも、リビングに戻ったら、爪を切られてしまうかもしれない。それはいや!
「どうしようかにゃ……」
そんなことを考えていたら、ご主人様がやって来た。
「もう、きみの爪を切らないからこっちへおいで。今日は特別に、『ネコセレブ』あげるから」
と言っている。
「普段は食べられない高級キャットフード『ネコセレブ』をくれるの?」
ぼくはさっきまでのことを忘れ、『ネコセレブ』につられて、お部屋から出てきてリビングに戻ってきた。
目の前には、『ネコセレブ』が運ばれた。やっぱり『ネコセレブ』をくれるのは本当らしい。
「いっただっきまーす」
ぼくは『ネコセレブ』をほおばをった。
やっぱりおいしい。お腹がふくれたぼくはすっかり満足して、
「スピピ~。スピピ~」
眠ってしまった。
そして夜、事件が起こった。
「スピピ~。スピピ~」
ぼくは気持ちよくまだ寝ていた。
すると、
「痛いにゃ!」
ぼくは爪が痛くて目が覚めた。ふと見ると、ぼくはご主人様のお膝の上に乗せられていた。
ご主人様の手にはあの怖そうなハサミを握っている。
「もしかして……」
ぼくの自分の爪を見た。親指の爪が少し短くなっていた。
どうやらぼくが眠るまで待って、その間に爪を切ろうとしたらしい。
眠ったのを確認して爪を切ることができたけど、不器用なご主人様は爪を切りすぎてしまって、ぼくを起こしてしまったらしい。
「ひどいにゃ~。ご主人様~。それに痛いにゃ~」
ご主人様は、
「ごめんね」
とぼくに謝っていたけど、ショックのあまりなきながら隣のお部屋に逃げた。
そのうち、爪が痛いのはおさまったし、血は出ていないけど、
ご主人様が持っているハサミを思い出すと怖かった。このお部屋は寒いから、お部屋を出ようかとも思ったけど、
「今日は、ここで寝よう」
ぼく用の毛布をかぶってまるくなって眠った。
次の日。
「ぐ~」
ぼくはお腹が空いて目が覚めた。
このお部屋は普段は使わないお部屋だから、ご主人様がお掃除をするとき以外、ほとんどカーテンを閉めている。そのせいで、暗いからなかなか目が覚めなかった。
一晩、眠ったせいか、昨日の爪切り事件のことをすっかり忘れ、リビングに行った。すると、ご主人様がいた。
なになに。
「きのうは本当にごめんね」
そう言って、ぼくのごはんを持ってきてくれた。
「あっ。そうだったにゃん」
昨日の事件のことを思い出した。
ご主人様が持って来たごはんを見ると、さすがに今日は『ネコセレブ』ではなかった。
「これは『ネコセレブ』をねだるべきだにゃん。
ぼくが眠っているすきに、爪を切って痛い思いをさせるなんて、ひどいことにゃ!」
と思いつつも、欲を出しすぎたら目の前のごはんを下げられてしまうかもしれないから、だまっていた。
「もういいよ。ご主人様。もう、ぼくの爪を切らないでにゃん」
そう心の中で思いながらごはんを食べた。
ごはんを食べ終わり、あらためて自分の爪を見た。
やっぱり、爪は切ってもらうんじゃなくて、自分でバリバリといだ方がいいよね。
「バリバリバリ~」
テーブルの脚に爪をといだ。やっぱり、テーブルの脚でとぐのが一番だよ。
「バリバリバリ~」
ぼくはとても気持ちよかった。
その様子をご主人様がいやそうな顔をしながらジロジロと見ていた。
当然、爪とぎに夢中になっているぼくは気づかなかった。
テーブルの脚には、これまでにぼくが爪をといだ跡がたくさん残っている。
最初は柱とか床とか色々な所で爪をといでいた。
あるとき、テーブルの脚で爪をといだら
「いい感じだにゃん」
と気に入ってしまい、いつもここで研いでいる。
ご主人様は、ぼくのごはんを入れていたお皿を片付けて、出かける準備をしている。
なになに。
「ちょっと出かけてくるから、お留守番よろしくね」
だって。
どうやらお買いものに行ってくるらしい。
「いってらっしゃ~い」
ぼくはご主人様を玄関までお見送りした。
ご主人様を無事にお見送りしたから、ぼくはもうひと眠りしよう。お腹いっぱいだしね。
「スピピ~。スピピ~」
ぼくは眠った。
一時間後。
「ガチャ」
玄関が開く音がした。
「ご主人様が帰って来たっぽい」
ぼくはリビングを飛出し、玄関に向かった。
「お帰りなさい。ご主人様~」
ぼくは、お出迎えした。
すると、ご主人様の手には、三十センチくらいある長い板のようなものを持っている。
「あれは何に使うのかにゃ?」
ぼくは気になっていた。ご主人様といっしょにリビングに入り、買ってきた長い板のようなものを袋から取り出してぼくの目の前に置いた。
《続く》