ネコの挨拶(前編)
「スピピ~。スピピ~」
窓から差し込む光がまぶしくて一度、目が覚めたけど、
「まだ起きなくていいにゃん」
ぼくは光に背を向けて目を閉じ、また眠ることにした。
「二度寝はいいにゃん。三度寝もいいにゃん。何度寝たっていいにゃん」
そう思いながら
「スピピ~。スピピ~」
また眠ってしまった。
しばらく眠っていたら、
「ピンポーン」
玄関チャイムが鳴る音でぼくは目を覚ました。
「うにゃ~。誰か来たっぽいにゃん。いったい誰が来たのかにゃ~」
リビングから首を出し、廊下をのぞくと、
「あ、小沢さんだにゃん」
小沢さんは、二軒隣のおうちに住んでいるおじさん。
趣味で、じゃがいもやキャベツなどの野菜を作っている。
「おすそ分けに来た」
と言ってぼくのおうちに来るけど、
近所に住んでいる中村のおばちゃんみたいに、話し出すとなかなか帰らない。
だから小沢さんも、おすそ分けは口実っぽい。
本当は、誰かとお話ししたいのだと思う。
小沢さんは一人暮らしをしているからお話し相手がいなくて寂しいのかもしれない。
野菜を育てることで寂しさを紛らわせてくれているのかも。何かに夢中になっていると気が紛らわす。そんな気がする。
よくおすそ分けで持ってきてくれるのはじゃがいもだけど、ぼくは食べたことがない。
じゃがいもはネコにとって、食べてよいものではないらしく、ご主人様は食べさせてくれない。
ご主人様がじゃがいもを使ってお料理しているときは、とてもいいにおいがしているから、おいしいに違いない。
じゃがいもを食べることはできないけど、触ることはできるからぼくは、じゃがいもをコロコロと転がして遊ぶ。
転がしやすい大きさだし、よく転がる。
だけど、ご主人様に見つかると、取り上げられてしまう。とても残念。
ご主人様と小沢さんはリビングに入ってきた。
どうやら今日は、じゃがいものおすそ分けで来たようではないらしい。
小沢さんは、じゃがいもが入っている袋を持っていないし、ご主人様を見ても、じゃがいもをもらったように見えなかった。
それ以外におうちに来ることと言えば、お料理の作り方でも習いにきたのかも。
でも、小沢さんは野菜を育てることはするけれど、自分ではお料理を作らない人じゃなかったっけ? 作った野菜のほとんどは誰かにあげちゃうらしい。
もしかしたら、ぼくと遊びたいのかも。
けど、小沢さんはぼくにあんまり興味がなかったんだよね。い
つもご主人様とばかりお話をしてぼくにはかまってくれない。今日に限ってぼくと遊ぶとは思えない。
「う~ん。何しに来たのかサッパリ分からないにゃ~」
と思っていたら……。
「んにゃ? 小沢さん、大きなカゴを持っているにゃん」
もしかして、あの中にヒミツがあるのかも。
小沢さんは座布団の上に座り、大きなカゴをカーペットの上に置いた。大きなカゴには白いタオルが掛けられていて、中が見えないようになっている。
これまでに何度も小沢さんは、ぼくのお家に来たことがあるけれど、大きなカゴを持って来ることは一度もなかった。
「あの大きなカゴ、謎だにゃん。気になるにゃ~。あの中には何が入っているのかにゃ?」
気になって、大きなカゴをじーっと見ていると……。
「モゾッ」
「にゃにゃ? 白いタオルが少し、動いた気がする。けど、見間違い?」
しばらく見ていると、
「モゾッ」
また動いた。どうやら見間違いではないみたい。
「動いたってことは、ものが入っているのではなくて、生きものが入ってるのかにゃ?」
小沢さんは、大きなカゴに手を入れると、小ネコが出てきた。
「あ、小ネコだにゃ!」
ぼくは思わず、近づいて行った。
小沢さんが子ネコを静かに降ろして、カーペットの上に置いた。小ネコはジーっとぼくを見ている。
「こんにちは」
ぼくは挨拶をすると、小ネコはぼくのことをジーっと見つめた。
けど、何も言ってこない。
「もしかして、聞こえなかったのかなぁ」
小ネコに向かって、
「こ・ん・に・ち・は!」
ゆっくりと大きな声で言った。
すると、
「聞こえていますよ」
子ネコはそう答えた。
「聞こえているなら挨拶してにゃ!」
「私は人見知りなので、挨拶はニガテなんです……」
小ネコは恥ずかしそうにしていた。
この小ネコ、なんだか緊張しているような感じもする。
「人見知りをするから挨拶はニガテなのは分かったけど、そうゆう問題じゃないにゃん。ちゃんと挨拶をしないとダメだにゃ!」
ぼくは強い口調言った。挨拶は基本だよ。人見知りするしないに関わらず、挨拶をしないのはダメ。
「これからは初めて会った人にもちゃんと挨拶しないとダメだよ。あとあときみが困るはずにゃん」
「何で困るのですか?」
子ネコはわけが分からないようだった。
まだ子ネコだか何も知らないのかもしれない。
ぼくが、挨拶の大切さを教えてあげないといけないとダメかも。
「挨拶をしないと、感じが悪い子って思われちゃうし、礼儀にゃん。これから先、たくさんの出会いがあるからコミニュケーションを取ることが大切になってくるにゃん。そのためにはまず挨拶は必要なことにゃん!」
ぼくはもっともらしいことを言ったつもりだった。
しかし、小ネコはすぐに反論してきた。
「私はおうちから出ないネコなので、今日みたいに外出することはそうありません。だから、他のネコたちとコミニュケーションを取ることは、ほとんどないと思います」
小ネコは、ぼくの言っていることをちっとも納得していないっぽい感じ。他のネコともあまり会ったことがなさそうだから、コミニュケーションとか挨拶が大事と言われても、よく分からないかも。
「今はそうかもしれないけど、そのうち必要になってくるにゃん。これからは朝、起きたらご主人様には挨拶をするんだよ。おそらく、きみはしていないだろうから」
まずは、常識的なことを教えた。
しかし、ここでも小ネコは反論してきた。
「小沢さんに挨拶しても、分かってもらえますか? ネコ語が分かるとは思えないのですが……」
確かにネコ語は人間には分からない。それは事実。
小ネコなのに、鋭い指摘だった。
ぼくは一瞬、子ネコにどう言い返したらよいか、分からなくなってしまったけど、自分が普段、ご主人様にしていることを思い出して言ってみた。
「ネコ語が分からなくたって、きみのご主人様は分かってくれるにゃん。朝、起きてご主人様に近づいてスリスリしたり、にゃーってないたら『おはようございます』と言っているんだなと思ってくれるはずにゃ!」
小ネコのくせに、あーいったらこーいってくる。
結構、生意気だよね。年上をうやまわなきゃいけないのに!
「分かりました」
ぼくの熱意が通じたのか、小ネコは渋々だけど理解したようだった。
ところでぼくは大事なことを聞くのを忘れていた。
「きみの名前は何と言うの?」
小ネコに名前を聞いた。
「私の名前はりりこです」
子ネコはそう答えた。
「ぼくは肉まんだよ~」
ぼくも名乗った。
「よろしくお願いします」
りりこは言った。
「これがコミニュケーションの一歩にゃん。もう、りりこは人見知りネコじゃないにゃん」
ぼくは笑顔で言った。
「そ、そうですか?」
りりこは自信がなさそうに言った。
「もっと自信を持つにゃん!」
「は、はい」
りりこは弱そうな返事をした。
ぼくとりりこの様子を見た小沢さんはうれしそうだった。どうやら仲よくしているように見えたみたい。
小沢さんがご主人様にお話しているのを聞いていたら、小沢さんは、りりこの人見知りが気になっていたみたいたらしい。
だから、ぼくのお家に連れてきたらしい。
ぼくとならネコ同士、心を開いてくれると思ったみたい。
すっかり安心したのか、小沢さんはりりこのことを忘れ、ご主人様といつものように話しこんでいた。
でもどうして、りりこは小沢さんのお家に住むことになったのだろう。
「ところで、りりこはどうして小沢さんのおうちに来たの?」
小沢さんは一人暮らしだったから寂しくてネコを飼うことにしたのかもしれない。
「私は、小沢さんのお友たちさんが飼っているネコから生まれました。生まれたときは兄弟が四人いました。小沢さんのお友たちは、一気に子どもがたくさん増えてしまったので、生まれてきた私たちの面倒が見切れなくなり、子どもたちを手放すことにしたのです。他の兄弟ネコたちは、次々に知らない人にもらわれていったのですが、最後に私だけ残ってしまったのです。誰にももらってもらえなかったので、私には、魅力がないネコだと思い、すっかり人見知りになりなってしまいました」
りりこは寂しそうな顔をした。
「そうだったんだにゃん……」
そう思っちゃうのは仕方ないかもしれない。
「そんな私だったのですが、小沢さんは気にかけていてくれて、よく私と遊んでくれました。けれど、人見知りのせいで小沢さんともうまく打ち解けることができませんでした」
「小沢さんは、ずっと前からりりこのことが気にかかっていたんだね」
「そんなある日、小沢さんのお友たちさんが、小沢さんに『私のことを飼ってみないか』と勧めてくれたのです。当時、私のご主人様である小沢さんのお友たちさんともなじめませんでしたから、私のことを気に入らなかったようでした。そのせいで、名前もつけてもらえませんでした」
「だから、りりこに興味がある小沢さんに勧めてきたんだね」
「はい。そのようでした」
りりこの人見知りは、相当ひどいみたい。
「小沢さんは以前からネコを飼いたいと思っていたようですが、ちゃんと世話ができるかどうか不安で迷っていたそうです。でも、小沢さんのお友たちさんの強い勧めで、私のことを飼うことを決めてくれたみたいでした」
そう言えば、ぼくのおうちに来てぼくを見るたびに、「ネコが飼いたい」って言っていた。元からネコを飼いたかったんだね。
「それがきっかけで、小沢さんのおうちに行くことになったのです。名前も小沢さんにつけてもらいました」
「へ~え~。そうなんだぁ」
りりこは小沢さんにもらわれてよかったね。
きっと、あのまま小沢さんのお友たちさんのおうちにいたら、心が病んでしまい、りりこは病気になってしまうかもしれない。
そう言えば、小沢さんのことをご主人様ではなく、「小沢さん」と呼んでいる。
何だか他人様って感じがするけど、りりこにとってはその方が呼びやすいのかもしれない。
《続く》