ネコと花粉症(前編)
「クシュン」
ご主人様はくしゃみをした。ぼくは、そんなご主人様をチラリと見た。
「これできょうは何回目かにゃ~。いっぱいくしゃみをしているにゃん」
二、三日前からご主人様はずっとこの調子。
「風邪でもひいたのかにゃ? でも、具合は悪くなさそうだし、熱はないみたい」
ご主人様は今までこんなことはなかったから心配になった。
「ズビー」
ご主人様は鼻をかんでいた。くしゃみをするから鼻水もたくさん出るらしい。
ティッシュで何度も鼻をかんでいるから、ご主人様の鼻は赤くなっていた。
「ご主人様の鼻は痛そうにゃ~。ヒリヒリし痛そうにゃ~」
ぼくは気になって、ご主人様に近づいた。何か教えてくれるかも。
なになに。
「きみは心配してくれているのかな。ありがとう。実は、花粉症のせいなんだよ。花粉症は、スギ・ヒノキ、ブタクサなどの植物の花粉が、鼻や目にくっつくことで、くしゃみとか鼻水が出たりするんだ。目がかゆくなることもあるんだよ。けど、これは病気じゃなくて、アレルギーというものなんだ。そのアレルギーを持っていると、こんなことになっちゃう」
だって。
「へ~え~。病気じゃないみたいだね。でも、辛そう」
人間って大変だね。
「クシュン!」
ご主人様はまたくしゃみをした。
「かわいそうなご主人様。ぼくがもしそんな風になったら辛いけど、ぼくが花粉症になることはないから関係ないにゃん」
このときぼくは、他人ごとのように思っていた。
「クシュン!」
んにゃ? ご主人様につられるようにぼくもくしゃみをした。
そう言えばぼくも、ご主人様がくしゃみをするようになってから、くしゃみをしている。ご主人様よりはひどくはないけれど、一日に何回も。ぼくがくしゃみをするときなんて、寒いときぐらいだから、この時期にくしゃみをするのは珍しいことだった。
「もしかして、風邪気味なのかにゃ~」
それから三日後。
「クシュン!」
これできょうは何回目かなぁ。ぼくは、いっぱいくしゃみをした。
気がつくと、ご主人様よりもひどくなっていた。
あれからご主人様はマスクをつけたり、花粉症の人がかけるメガネをかけていた。病院からもらった花粉症のお薬を飲んでいるから、だいぶよくなったらしいけど、
「クシュン!」
その代わり、ぼくのくしゃみがひどくなっていた。
そんなぼくを見かねてか、ご主人様はぼくに近づいてきた。
なになに。
「きみ、もしかして、花粉症なんじゃないの?」
だって。
「え~。だってぼくネコだよ。ネコが花粉症になるの? ミーコだって、ハリーだって花粉症になったって話し、聞いたことがないよ。それに去年までは何ともなかったにゃ!」
ぼくはそう思った。
なになに。
「花粉症って、今までは何ともなかったのに突然なるものなのだよ。最近は、イヌやネコも花粉症になる子が増えているから、もしかしたらきみもそうなんじゃないの?」
だって。
「そんな~」
ぼくは信じたくなかったけど、ご主人様の言っていることは正しいかもしれない。ご主人様も去年は何ともなかったのに突然、今年から花粉症になった。
「クシュン」
またくしゃみをしてしまった。そう言えば、くしゃみをするだけじゃなくて、目もかゆい。
「ゴシゴシ」
ぼくは目をひっかいた。昨日から目がかゆくて何度も目をひっかいている。
確か、ご主人様は、
「花粉症になると目もかゆくなる」
って言っていたっけ…。
「う~。かゆいにゃ~」
さっきも目をひっかいたばかりなのに、またかゆくなってぼくは目をひっかいてしまった。
「ゴシゴシ」
何度もひっかいているから、目が痛くなってきたし、ヒリヒリもしてきた。
「何だか目の周りが気になるにゃ~」
目の周りが熱くなってきたから気になってきて、ご主人様のお部屋にある鏡を見に行った。
すると、ぼくの目も、目の周りも赤くなっていた。
「にゃ~。これはひどいにゃ!」
腫れあがったかのように目が真っ赤になっている。
「もしかして、ぼくは花粉症なのかにゃ?」
そうだとしたらどうしよう。病院に連れて行かれるかもしれない。
「このまま様子をみよう」
とご主人様に言われたらのなら、病院には行かないでいいはず。
ぼくは病院がニガテだった。その理由は注射がきらい
「チクっ」
と刺す瞬間はとても痛いし怖い。何より、あの注射器が怖い。
注射を打つ理由は、ぼくが病気にかからないようにするためらしい。
「予防接種」と言う名前の注射なんだって。
そのおかげで病気にはかかったことはないけど、もう打たれるのはいや。そのことをご主人様は知っている。
だから、病院にぼくを連れて行くときは、
「ドライブに行こう」
とか、
「きみのおもちゃを買いに行こう」
そう言って、ぼくを車に乗せて連れ出す。
目的地の着くとそこは病院。
ぼくは、
「だまされていたにゃ~」
と気づいたときにはすでに遅い。
こんな調子で毎回、病院に連れて行かされていた。
さすがに、病院の前まで来るとぼくは逃げることはできないから、
病院の待合室で順番が来るまでおとなしく待っていることになる。
病院にはネコ以外の動物がたくさんいる。ハムスターやウサギならいいけど、大きな犬やワニがいるときがあるから、待合室もあんまり好きじゃない。特にヘビは舌をベーと出して、ニョロニョロしているからニガテ。
大抵は檻やケージみたいなものに入っているから、ぼくにおそいかかって来ることはないけれど、姿を見るだけで怖い。
けど、一番怖いのは診察室。そのお部屋に入ったら、確実に痛いことをされる。台みたいな所に寝かされ、動かないように縛られる。
大声で、
「にゃーにゃー」
とぼくが助けを求めても、ご主人様は助けてくれないし、逆に、
「静かにしなさい」
と怒られる。
一方、先生は、
「大丈夫だよ。怖くないよ~」
と言う。そんなことを言われたらますます怖いし、手には注射器を持っている。これではちっとも説得力がない。
そして、
「チクッ」
ぼくは思い出しただけで、
「ブルブルブルブル」
ゾッとした。ぼくは思わず、後ずさりをしてその場を離れようとした。
「んにゃ? ご主人様は何かぼくに言いたそう。ドキドキする」
そして、ご主人様はぼくに向かってこう言った。
「病院に行って先生に一度、診てもらおう」
だって。
「にゃ~。やっぱり病院に行くの? いやにゃ!」
ぼくは猛スピードで隣のお部屋に逃げた。こうゆうときばかりは普段、
動きが鈍いぼくなのに、信じられないスピードで逃げることができる。ご主人様は、ぼくを追いかけるようにすぐに入って来きて、こう言った。
「きみが病院に行くのがきらいだということは知っています。だけど、このままだと悪化するかもしれない。それに、花粉症なのか、ただの風邪なのか、それとも別の病気なのか分らないから、どうすることもできない。きみの症状はどんどん、悪くなっていくから心配!」
だって。
確かに、どんどん悪くなっている気がする。
「クシュン」
またクシャミをした。
ご主人様は続けてこう言った。
「きみも辛いでしょ。だから病院に行こう!」
ご主人様をチラリと見た。本当に心配しているみたい。今でさえ辛いのに、もっと辛くなったらどうしよう。ご主人様がぼくのことをものすごく心配しているのは分かるけど、やっぱり病院は怖い。
また目がかゆくてなってきて、
「ゴシゴシ」
と目をかいたら、さっきもかいていたせいもあって、目がもっと痛くなってきた。
「痛いにゃん」
でもかゆいのは止まらない。
そして、
「クシュン」
またくしゃみをした。
《続く》