ネコと冬
「ウッツラ……。ウッツラ……」
ぼくはストーブの前に陣取ってウトウトとしていたら、
「きみー。お出かけするよ」
ご主人様がぼくに声をかけた。
「えっ。今から?」
時計を見ると夜の八時。
ぼくは窓に近づきカーテンをめくってお外を眺めた。
明らかに風が吹いている。今夜も絶対に寒いに決まっているにゃん。
雪が降っていないだけマシって感じ。
「え~。やーにゃん。お外寒いにゃん」
ぼくはできる限りの速さで首を左右に振り、全力で拒否した。
「どうせきみは車に乗って、目的地に着くまで寝ているだけでしょ。ほらおいで!」
「ガシッ」
ぼくの身体は宙に浮いた。
「えっ。なになに?」
ご主人様は、ぼくを捕まえ持ち上げていた。
「分かったにゃん。行くにゃ~ん」
こうしてぼくはいつものように強制的に車に乗せられた。
車に乗ったときは寒かったけど、だんだんと暖房がきいてきて暖かくなると、
「スピピ~。スピピ~」
と眠っていた。
車が止まるとぼくは目が覚めた。
「着いたよ」
ご主人様がそう言うと、ぼくは降りた
「兼六園だにゃん」
兼六園は金沢で有名な観光名所で、とても立派な庭園だから、日本の三大公園としても有名らしい。
「もしかして雪吊りを見に来たのかにゃ?」
雪吊りは、冬の金沢では有名で、秋ぐらいから組み立てられる。
雪がたくさん降る金沢では、雪が積もった重みで木の枝が折れないように縄で枝を固定して守るために雪吊りをしている。
雪吊りは、他の県から来ている人なら珍しいものかもしれないけれど、
金沢に住んでいるぼくらにとってはそう珍しくもない。
毎年見ているからね。
それに、まっ暗で兼六園の景色が見られないじゃない。
おまけに、ちょっと前に秋の景色を見に来たばっかり。冬だから雪が積もって景色が変わるけど、そこまで景色に興味はないにゃん。
「ピュ~」
風が吹いた。
「う~。寒いにゃん。積もっている雪を見るとさらに寒気が増した。どうしてもっと早い時間に来なかったの? お日様が当たっているときに来ればよかったじゃない。早く帰りたいにゃん!」
どうしてここに連れてきたのかにゃぁ……。ぼくたちはご主人様と歩きながら
そんなことを思っていたら、
「ほらコッチ見て」
ご主人様の声でぼくは振り向くと、
「にゃー。キレイだにゃん」
ライトアップされている兼六園を見た。
ライトに照らされている雪吊りもステキだけど、
池に浮かび上がる松の木々や雪吊りが映っている姿も
ステキだった。
この景色はお昼間では見ることができないから、この時間に来たのにはわけがあったのだ。
冬は寒いだけだと思っていたけれど、こんなステキな景色が見られるなんて、ぼくは知らなかった。
兼六園には冬のよさもあることを初めて知った。
ぼくがしばらく景色に圧倒されていると、
「さて、景色も楽しんだから、そろそろお腹も満たしに行こう。
金沢は夜の景色も素晴らしいけれど冬グルメも負けないぐらい素晴らしくおいしい」
やっぱり、それも目当てだったのね。ご主人様ならそうくると思っていた。
今の時期なら、ブリがいいにゃん。ちょっと贅沢して、カニも食べたい。もちろん、今の時季しか食べられない香箱ガニにゃん。冬の赤い宝石箱と呼ばれているらしい。
それか、今が旬のお魚が乗っている海鮮丼を頼んで、ぼくにごはんの上に乗っているお魚を分けてくれてもいいにゃん。
※石川県産ズワイガニのメスを香箱ガニといいます。
ご主人様はぼくを見てこう言った。
「きみは寒いのがニガテだから、車の中にあるあたたかいひざ掛けの中にくるまっていてもいいよ」
冗談っぽくぼくに言った。
やーにゃん。ご主人様以上に食いしん坊のぼくの気持ち知りながら~!
「ぼくも連れて行ってにゃ~!」
ぼくはご主人様に飛びつこうとした。
「ピョーン」
ぼくはご主人様めがけて思いっきり飛んだ。
すると、
「ヒョイ!」
ご主人様はサッとよけた。
「えっ!」
ぼくはバランスを崩し、雪の上に落ちた。積もっているとは言えないくらいの高さだったけど、雪は氷みたいに冷たくて痛かった。
それを見たご主人様はゲラゲラと笑った。
「ひどいにゃ~」
ぼくは悲しくなった。
すると、
「ごめんね。悪かったよ」
ふわりとぼくの身体が持ち上がり、ご主人様はぼくを抱き上げた。
「じゃあ行こうか。雪が溶けている所に着くまできみを運んであげるよ。きみの足だと雪に埋もれちゃうからね。他の冬の景色も見せたいからゆっくり行こう」
そう言うと、ご主人様は歩き出した。長靴を履いているか足を踏み出すと「ズシンズシン」と音がする。ぼくが重いせいもあってさらに足音がするのかもしれないけど。
金沢の冬はとても寒いけれど、町並みの景色はとてもキレイ。
寒いのがニガテなぼくだけど、コレが見られるなら我慢できる。
こうしてぼくはご主人様に抱きかかえられながら町中へ向かった。
《終わり》