ネコとガムテープ(前編)
「ピンポーン」
ブザーが鳴った。
「んにゃ~。誰かが来たっぽいにゃ~」
リビングで雑誌を読んでいたご主人様はすぐに立ち上がり、玄関に向かって歩いて行った。
誰が来たのかとそっと首を出してのぞいてみると、宅急便のお兄さんがいた。
「あっ。いつもの宅急便のお兄さんにゃん」
ぼくの住んでいる地区の担当のお兄さんで、腕も足も細いのに、とても力持ち。
だってこの前、おうちに荷物を運んできてくれたとき、
「大きくてとても重いで、玄関先に置きますね」
荷物を玄関先に置いて、宅急便のお兄さんは次のおうちへ行った。お兄さんが、荷物を軽そうに持ってきたからご主人様は、
「このお兄さんにとっては重い荷物なのだろう」
と思ったみたいで、軽いものだろうと思いこんでいたらしい。
いざ、ご主人様が荷物を持ち上げようとしたら、とても重かったらしく、ヨロヨロしながらリビングまで運んできて大変そうだった。
だから、お兄さんは力持ちなのだと思った。
それに比べて今日の荷物は小さいし、軽い荷物だったみたいで、ご主人様はらくらくとリビングに運んできた。
ダンボール箱に貼ってある宛名を見ると、“森下りん”と書いてある。
どうやら、りんちゃんが送ってくれたみたい。
りんちゃんは、ご主人様の昔からのお友たちで、ずっと仲良くしていたのだけど、お仕事の都合で、今は東京に住んでいる。ぼくにも、優しくしてくれるからりんちゃんのことは大好き。
たまにりんちゃんは今日みたいに、石川県に住んでいるぼくらに宅急便を送ってくれる。
ご主人様は荷物が入っているダンボールを開けると、一枚の手紙を取り出した。手紙は、ぼくに聞こえるようにご主人様が読んでくれた。
『こんにちは。お元気でしたか? りんは元気です。
「ネズミアイランド」に行ってきたので、お土産を送ります。
お休みが取れたら石川県に帰りたいです。
肉まんちゃんにも会いたいです。日にちが決まったらまた連絡しますね。
りんより。』
ご主人様は手紙を読み終えた。
「ぼくもりんちゃんに会いたいにゃ~」
りんちゃんに最後に会ったのは、一年前だった。
そう言えば、「ネズミアイランド」ってずっと前からご主人様が行ってみたい場所じゃなかったっけ?
テレビ番組を見ているとよく「ネズミアイランド」の特集やテレビコマーシャルが映る。「ネズミアイランド」にはいつ行っても飽きないように、よくイベントが開かれているらしい。新しいアトラクションが次々と作られ、期間限定のパレードもあるらしい。
お土産屋さんやレストランがたくさんあって、とてもにぎわっているんだって。
「ネズミアイランド」に行ったことがないご主人様は、テレビ番組で特集をしているときは、目をキラキラと輝かせながら見ている。
いつも行きたそうにしているけど、なかなか行けないみたい。今は、石川県から東京へ行くのには新幹線があるから、数時間で行けるけど、ぼくがいるから無理って思っているかも。
「もしそうだったらごめんね……」
ぼくはそう思った。ぼくもいっしょに行くとなると、ご主人様の手間が増えるから大変そうだし、行くのは難しいのかもしれない。
それにしても、「ネズミアイランド」ってそんなに面白い所なのかなぁ。ぼくにはよく分らなかった。ぼくはネコだから、アトラクションにも乗れないし、お土産屋さんに入ることもできない。
「にゃ!」
ぼくはふとひらめいた。「ネズミアイランド」って言うくらいだから、ネズミがいっぱいいるはず。
「もしかして……」
ぼくはあることが頭をよぎった。
「ネズミがたくさんいたら、ネズミ食べ放題にゃん!」
それなら行ってみたい。考えただけで、
「ジュルジュル」
よだれが出てきた。
いや、そんな夢みたいな所があるはずがない。そんなにネズミがたくさんいる所に人間が行っても楽しくないはず。
「あっ」
ぼくはまたひらめいた。
「人間って普段はネズミを食べないけど、ここなら人間が食べる用のネズミがたくさんいる所なのかもにゃ!」
そんなことを思っていたら、ご主人様はダンボール箱から何かを出して、ぼくの目の前に置いた。
よく見ると、ぼくの身体の二倍以上はある大きさのネズミの顔だった。
「にゃー!」
思わず悲鳴をあげ、後ずさりしてしまった。
「え? もしかして、「ネズミアイランド」にはこんなネズミたちがたくさんいるの? こんなのがたくさんいるのなら、ぼくがネズミに食べられてしまうにゃん」
ご主人様はビックリしたぼくを見て笑っている。
なになに。
「ネズミアイランドは、きみが思っているような所じゃないよ。ネズミの姿をした、かわいいキャラクターがいる遊園地だよ」
だって。
そう言えば、「ネズミアイランド」のテレビコマーシャルには、ネズミの姿をしたキャラクターがいて、メリーゴーランドに乗っている子どもたちが楽しそうに遊んでいたっけ。
ぼくはふと、ネズミの顔を見た。
「ただのぬいぐるみにゃん!」
ぼくは気がついた。自分よりも大きな顔だけのぬいぐるみだったからビックリしてしまったけど、ただのぬいぐるみなら怖くない。
ぬいぐるみは動かないからね。
けど、自分よりも大きいものを見ると、ちょっといやな感じがする。
圧迫感みたいなものを感じてしまう。
それに、ネズミのくせにぼくよりも大きいなんて!
ぼくは、にらみつけるようにぬいぐるみを見た。
一方、ご主人様は、ダンボール箱からネズミのキャラクターが描かれているお菓子の箱を取り出した。箱をよく見ると、
「あ、さっきのぬいぐるみと同じネズミの顔にゃん」
「パカッ」
ご主人様は箱を開けた。
すると、クッキーが出てきた。クッキーにも、ネズミの顔が描かれている。早速、中に入っている袋を開けて、
「カジッ」
ご主人様はクッキーを食べた。おいしかったのか、あっという間に食べてしまった。
よっぽどおいしかったのか、もう一枚取り出して食べている。
それを見ていたぼくは、
「おいしいならぼくにも一口、食べさせてにゃん!」
と思った。
ぼくはご主人様に、
「欲しいにゃ~」
というオーラを出し、
「にゃーにゃー」
とないて、必死にアピールをしてご主人様をじーっと見つめた。
「ねっ。お願い。ぼくにもちょうだい」
ぼくは目をキラキラと輝かせた。
すると、ご主人様は、分かってくれたみたいで、持っていたクッキーを少し割って、ぼくに一口食べさせてくれた。
「おいしいにゃん」
クッキーは想像通りおいしかった。
「人間っていいにゃ~。お肉やお魚とか色々なものを食べることができるからうらやましいにゃん」
さっき、分けてくれたクッキーがおいしかったから、
「もう少しちょうだい」
とねだったけど、
「もうあげません。人間の食べ物をネコに食べさせない方がいいし、あげすぎちゃうと、きみはさらに太ってしまいます」
だって。
ご主人様はくれなかった。
次の日、ご主人様は車でお出かけをした。帰ってくると、ダンボール箱と買い物袋を持って帰ってきた。
「お買い物から戻ってきたみたいにゃん」
どうやら、りんちゃんがお土産を送ってくれたお礼に、りんちゃんが好きなお菓子を買いに行ったみたい。
だからダンボール箱をもらってきて、お菓子を送るらしい。買い物袋からは、りんちゃんが好きな、小豆がはいった和菓子とおせんべいが入ってきた。
これらのお菓子をダンボールに入れ終わると、ご主人様は手紙を書き始めた。
しばらく、
「あーでもない。こーでもない」
と言いながら、手紙を書くのに苦戦していたけど、やっと書き終え、封筒にしまった。
それをダンボールに入れた。ご主人様がダンボール箱を閉じようと、
「べリべリべリべリ~」
とガムテープを伸ばした。
そのとき、予期しないことが起こった。
《続く》