ネコとブラッシング
「ゴロゴロゴロゴロ~」
公園の芝生に寝転んでいたら、
「肉まん」
ぼくを呼ぶ声がしたから振り向くとクロキョロがいた。
クロキョロは、全身が黒い毛並みで、目が大きくて挙動不審なくらいキョロキョロとまばたきをしているネコ。だから、クロキョロと名前をつけてもらったらしい。
「ふわっ」
クロキョロからいいにおいがする。
「いいにおいがするにゃん。お風呂に入ったのかにゃ?」
クロキョロをよく見ると、毛並みがすっきりしている。
「ご主人様がシャンプーをしてくれて、お手入れをしてくれたにゃんよ」
クロキョロはうれしそうな顔をした。
「そう言えば、クロキョロのご主人様はトリマーだったよね?」
「そうにゃんよ」
トリマーとは、ペットの美容師さん。クロキョロのご主人様は、ペットサロンを経営していて、ペットたちのシャンプーカットやつめ切り・耳掃除など色々なお手入れをしてくれる。
「ぼくのおうちに来たら、ご主人様にお手入れしてもらえるから、これからぼくのおうちに来たらいいにゃんよ」
クロキョロは、ぼくを誘った。
確かに秋はネコの毛の抜け替わる時期だから、
今は毛がたくさん抜ける。ご主人様は、ぼくの毛がいつも以上に抜けるから、お部屋のお掃除が大変らしい。
「けど……」
ぼくには不安があった。
「ぼくはいいにゃん。ご主人様にブラッシングをしてもらったとき、毛がクシに引っかかっちゃって、無理やり引っ張って痛い思いをしたにゃん。だから怖いにゃん」
ぼくは、ご主人様がブラッシングをしてくれたことを思い出していた。ご主人様のブラッシングはとても雑だった。
「平気だって。ぼくのご主人様は上手にゃんよ」
クロキョロは、「きみのご主人様といっしょにしないで!」みたいな感じで言った。
「そうだよね。プロだもんね……」
それくらいぼくにだって分る。ご主人様よりも上手に決まっている。
「シャンプーは気持ちいいにゃんよ」
クロキョロは思い出したのか、うっとりした顔をしていた。
「ううっ~」
ぼくはご主人様にシャンプーをしてもらったことを思い出し、
「ブルブルブルブル」
寒気がした。ご主人様は何も考えず、ゴシゴシとぼくの身体を洗ったせいでとても痛かったし、くすぐったいときもあった。
そもそもぼくは水がニガテだから、水やお湯に濡れるだけでもいや。
「でも、いいにゃん。せっかく誘ってもらったけど、また今度にするにゃん」
ぼくは断った。いくらご主人様とは違うとはいえ、一度怖い思いをすると、なかなか気が向かない。
「気持ちがいい」と言われても、ぼくには何の説得力もなかった。ぼくは、『毛づくろい』で十分だよ。
「分かったにゃんよ」
クロキョロはそう言った。
その後、ぼくたちは公園でいっしょに遊び、夕方になったので帰ることにした。
「ただいまにゃ~」
おうちに帰ってリビングに入ると、ご主人様が雑誌を読んでいた。ご主人様は、ぼくをじーっと見ている。
「にゃ? どうしたのかにゃ?」
ぼくはご主人様の異変に気がついた。
だって、ぼくのことを穴があくくらい、じーっと見ている。とても怪しい。ぼくは、いやな予感がした。普通に考えて、ぼくに用事がない限り、ぼくをじーっと見ているなんてことはないはず。何か用があるということだと思うのだけど、その用がなんなのか分らない。ぼくにとってよい用なのか悪いようなのか……。
「う~ん。どっちかにゃ?」
ご主人様の顔を見たけれど、どっちとも取れる顔をしていた。
何かくれる用なら天国。それ以外の悪い用なら地獄のような痛い目にあうはず。これまでのことを思い出すと、このパターンだった。
ご主人様は立ち上がり、ぼくに近づいてきた。これでどっちの結果なのかが分る。ぼくの胸がドキドキする。結果はこうだった。
「ガシッ」
ぼくのことを捕まえた。
「にゃ~。何をするにゃ!」
ぼくはジタバタとあばれた。ご主人様はブラシを持っていて、ぼくの毛にゆっくりとクシを使って毛をとかし始めた。
「ぼくのいやな予感は的中にゃ~」
とジタバタしながら思った。
だけど、不思議なことに、
「あれ? 今日は、痛くないにゃん」
ぼくは動くのを止めた。ふと、ご主人様がさっきまで読んでいた雑誌を見たら、
『あなたのかわいいネコがいやがらないブラッシングの方法』
というページが開いてあった。ご主人様は、ぼくがブラッシングで痛がらないようにするために、雑誌を読んで研究していたみたい。ぼくがあまりにもあばれるから、ブラッシングをしていなかったけど、本当はやりたかったんだね。
なになに。
「ネコの毛の抜け替わり時期には、毎日ブラッシングをしてあげるといいんだよ。飛び散る抜け毛を防ぐことができるし、新しく生えてくる毛もキレイに生えてくる。ネコは自分の身体をなめて『毛づくろい』をするのだけど、それだけは毛玉ができてしまうから、ブラッシングは大切なんだよ」
だって。
ブラッシングにはそうゆう効果があるらしい。
「へ~え~」
そう言えば前に、
「ネコの毛をちゃんとお手入れしないと、皮膚炎を起こしたり、ノミの巣になったりして、健康に害を及ぼすこともあるんだよ」
こんなことを言っていたのを思い出した。それもあったから、
ご主人様はずっとぼくの毛をブラッシングしたかったのかもしれない。
さすが本を見て研究をしてくれただけあって、何度もとかしてくれるけど、ちっとも痛くなかった。優しくすーっと毛をとかしてくれるから気持ちいい。
すっかり安心していたぼくは目が重くなり、ウトウトし始めた。ぼくの毛は、クシによくつくみたいで、最初はこまめにクシから毛を取ってブラッシングをしていたけど、そのうち面倒くさくなっていたみたいで、毛を取らずにブラッシングをしていた。
そんなことに気づかず、
「スピピ~。スピピ~」
ぼくは眠ってしまった。
すると、
「痛いにゃん!」
ぼくは目が覚めて悲鳴をあげた。クシについた毛が絡まってしまい、そのまま無理やりクシを動かしたから毛が抜けてしまった。クシを見ると、ぼくの毛がいくつもついていた。それを見てゾッとして怖くなってしまった。
ご主人様の腕から素早く抜け出し、隣のお部屋に逃げた。こうゆうときばかりは普段、動きがにぶいぼくなのに信じられないスピードで逃げることができる。
ぼくはすっかり忘れていた。ご主人様がおおざっぱな性格を。
ご主人様は、ぼくが逃げこんだお部屋のドアまでやってきて、こう言った。
「ごめんね。今度は、最後まで優しくクシでとかしてあげるからこっちへおいで」
だって。
ご主人様の性格なら、最初は優しくとかしてくれるけど、そのうち面倒くさくなって、また同じことが起こるに決まっている。そのことが分かっているんだから、ご主人様の所になんか行かないよ。ぼくは隠れるようにまるまった。
「やっぱり、ブラッシングはきらいにゃん」
と心の中でつぶやいた。
《終わり》