ネコとおばあちゃん4
「きみー。おいで。お出かけするよ」
ご主人様は、ぼくに声をかけた。
ご主人様を見ると、マスクをしている。
花粉症だから、マスクをするのは珍しいことではないけれど、
今年、初めてマスク姿を見た。テレビでは、時期的に花粉は飛んではいるけれど、
たくさんは飛んでいないみたいな感じで言っていた気がする。
おうちでは、空気清浄機だってつけていないし、そこまでひどい症状は出ていないはず。
ご主人様はマスクが好きじゃないから、症状がひどいときぐらいしか
マスクをつけない。それなのに、マスクをつけてお出かけするってことは、
花粉がたくさんとんでいるところに行くのかにゃ?
ぼくは、ご主人様の車に乗った。
なんとなくだけど、ご主人様に違和感があった。
15分ほど車を走らせると、金沢駅の駐車場に入った。
「きみ、ちょっと待っていてね。すぐに戻るから」
そう言うと、ぼくを置いて、金沢駅に向かった。
ふと、窓から外を見ると、あることに気がついた。
「人が少ない」
いつもなら、もうちょっと人が多い気がする。
だって、ココ駅でしょ?
観光客とか、学生とかいるはず。それなのにいない。なんでだろう?
それに、ご主人様がなんとなくだけど、落ち着かない感じがした。
ぼくが思った違和感はコレ。
15分後、ご主人様は和菓子らしきものを買って戻ってきた。
どうせ、ぼくには食べさせてもらえないだろうけど、
誰かのおうちに行くことは間違いないらしい。
ご主人様と目が合うと、
「どうせ、ぼくにはくれないんでしょ? って顔をしているね。コレはあげられないけれど、きみ用の
おやつは用意しているから」
えっ? 本当! それなら安心だにゃん。
とは思ったけれど……。
やっぱりご主人様はいつもとは違う。
ピリピリというか、心配しているような雰囲気があって、
ぼくはご主人様が気になって仕方なかった。
車を走らせ、街並みを街並みを見ていたけど、車も少ない気がする。
今日は全体的に人が少ない日? それとも、午後になったら、人が増えてくるのかにゃ?
車に乗るとすぐに眠ってしまうぼくだけど、それでもいつもはもっと人がいたことくらいは
覚えている。なんだか町全体にも違和感があるような気がする。んー。なんでだろう。
しばらくすると、
「きみー。ついたよ」
いつもなら眠っているぼくだけど、眠ることなく目的地に着いてしまった。
「あっ! ココって……」
見慣れてたおうちがあった。
「おばあちゃんのおうちじゃない!」
もしかして、おばあちゃんになにかあったのかにゃ?
そうじゃなきゃ、ご主人様の様子がいつもと違うことなんてないはずだにゃん。
今まで具合が悪くなったなんてことを聞いたことはないけれど、
おばあちゃんの年齢は70歳近い。身体の調子が悪くなってもおかしくはない
はず。
しかも今日はおばあちゃんのために、お土産を買ってきている。
おばちゃんは甘いものが大好きだからお菓子を持っていくことは変なことではないけれど、
旅行へ行ったわけでもなく、手土産で持っていくことなんてなかった。
ますますおばあちゃん病気説は濃厚になってきた。
あの雰囲気からして、元からこの日におばあちゃんのおうちに行くと決めていたわけではく、
突然行くことにしたっぽい。
ますます、おばあちゃんが心配になった。
おうちに入ると、
「いらっしゃい」
おばあちゃんが出迎えてくれた。
顔を見ると、元気そうだった。
ぼくの思い違い? それとも、ぼくたちを心配させないようにと
元気にふるまっているだけ??
「おばちゃんの好きなきんつば買ってきたよ」
※きんつばは、皮が薄く四角く固めた和菓子で、中にはあんこが入っている。
ご主人様は言った。
「ありがとう。ささっ。入って。今、お茶をいれるからね。
肉まんも元気かい?」
ご主人様はぼくを見た。
「にゃー」
ぼくはおばあちゃんの足元にいって、スリスリした。
おばあちゃんは、嬉しそうにしている。
それを見てぼくも嬉しくなった。
けれど、おばあちゃん病気説がなくなったわけではない。
しばらくは様子を見なくては。
おばあちゃんはお茶をいれてくれて、ご主人様は紙の包装紙を開けてきんつばを出した。
ぼくにはささみのおやつを目の前に出してくれた。
「おばあちゃん、身体の調子はどう? 」
「いつもと同じだよ」
「外にはなるべく出ないようにしているんでしょ?」
「そうだよ。変なウイルスが流行っているからね。怖いから外になるべく
出ないようにしているよ」
「ウイルス?」
ぼくは思い出した。そういえば、テレビで新型ウイルスが流行っているせいで、
病気になっている人が多いと。
「新型ウイルス感染症対策のため、公共の施設のイベントはすべて中止。
今まで大きな病気をしたことはないけれど、私みたいな高齢者がこのウイルスにかかったら
かなり危ないらしいし、外出を控えるようにテレビで報道されているから、
必要最小限なお買い物ならいいけれど、それ以外は控えているんだよ」
おばあちゃんは毎月、公民館で絵を描いたり俳句を作ったりしている。
そこでしか会えないお友だちも多いらしい。
だから、おばあちゃんは会える楽しみもあって通っている。
けれど、楽しみにしていることがすべて中止になってしまい、
寂しがっているからご主人様はおばあちゃんのおうちに来たみたい。
おばあちゃんはきんつばの包み紙を開いて取り出すと二つに割った。
内からつぶあんが見えた。
「パクリ」
おばあちゃんはきんつばを食べた。やわらかそうで食べやすそうだった。
「子どもころから中田屋のきんつばは食べているけど、今も食べれるのは
幸せだね~」
おばあちゃんは嬉しそうに食べた。だからご主人様は買ってきてあげたんだね。
その後、ご主人様とおばあちゃんは楽しそうな会話が続いた。
気がつくと、5個あったきんつばは最後の1個になっていた。
ご主人様もおばあちゃんもおいしそうに食べているのを見ていたから
ぼくは食べたくなった。
1個しかないのだから、取り合いになっちゃう前に、
ぼくが食べてあげるにゃ~。
「ジャーンプ」
ぼくはテーブルの上にあるきんつば目掛けて飛んだ。
すると、
「ヒョイ」
寸でのところできんつばは目の前で消えていた。
「きみが狙うと思っていた」
きんつばはご主人様が持っている。
「あげません。コレはおばあちゃんの明日の分。さっ。帰るよ」
ご主人様は立ち上がった。どうやら帰るらしい。
お外を見ると、夕日が沈みかけている。
きんつばは食べられなかったけど、おばあちゃんが元気そうでよかったから
ヨシとしよう。
「また来るね。おばあちゃん」
おばあちゃんは嬉しそうな顔をしてぼくたちを見送った。
【終わり】