ネコと橋
「きみー。お出かけするよ」
ぼくは朝ごはんを食べ終わって、少しウトウトしている最中に
声をかけられた。
ご主人様の右手には、少し大きめのタオル持っている。
「どこへ行くのかにゃ?」
タオルを持っているってことは使うってことなのだろうけど、
何に使うのだろう。
汗を拭くには大きいし、今日はそんなに暑くない。
車を拭くタオルにしてはキレイすぎるから違うだろうし、
お洗濯はとっくに終わっているから、新しいタオルには替え終わっているはず。
やっぱり、これから行くところで使うんだにゃん。
もしかして、少し大きめのタオルを使うってことはこれから温泉に行くのかにゃ。
ぼく、水もお湯もニガテなのに?
きっと、車の中にぼくを置いておいて、自分だけ温泉を楽しもうとしているんだにゃん!
ひどいにゃん。自分だけ楽しんで~。
でも、仕方ない。
少し、寂しい気持ちにはなったけど、どこかには連れて行ってもらえそうだから、
おとなしく行くことにした。
さっきは、が少し気持ちが沈んでいたけれど、車に乗ってしばらくしたら、
「スピピ~」
といつものように眠った。
「きみー。そろそろ着くよ」
ご主人様はぼくに声をかけた。
「それなら着いてから起こしてよ。ぼくはもうちょっと寝ていたいのだから」
ぼくは眠たかったから、起きるのがいやだった。
それにいつもなら、目的地に着いたら起こすのにきょうに限ってどうして
と思っていたら……。
「あれを見てごらん」
「なに?」
ぼくは起き上がると、車の窓越しから外を見た。
「橋だにゃん」
ピンク色を少し濃くしたような橋が見えた。
あんなに明るい色の橋は今まで見たことがなかったし、
橋の形も少し変わっているように見えた。
少し、曲がっているように見える。ぼくの錯覚?
しかも人が見える。と言うことはあの橋は、渡れるのかにゃ?
「これから、あの橋を渡りに行くんだよ」
「そうなの?」
橋を通り過ぎると、“山中温泉観光案内”という看板が見えた。
車を止めて、ぼくたちは橋に向かって歩いて行った。
観光客らしき人たちがどんどん橋を渡っている。
ご主人様は橋の上を渡り、あることに気がついた。
「きみー。おいで」
ぼくがついてこないことに気づき、ぼくを手招きした。
ぼくは橋の前で止まっていた。
橋を渡ることが怖かったから。
だって、下を見ると峡谷があるからだった。
「大丈夫。落ちたりしないから。きみの身体の大きさなら、
橋の柵の隙間から抜けることはできないし、ジャンプしたって
飛び越えられないよ」
そうゆう問題じゃないにゃん。ぼくはこの高さが怖いにゃん。
「きみに見せたいものがあるの。
それを見るためには橋を渡らないとダメなの!だからコッチへおいで」
見せたいものがあるの?
ご主人様が温泉に行くついでに寄った橋じゃないってこと??
「そうじゃなきゃ、わざわざ来ないよ。温泉に入るわけでもないのに!」
温泉に入りに来たのだと思い込んでいたぼくは拍子抜けしてしまった。
「きみが水をニガテなのことを知っていて、自分だけ温泉に入るなんて、そこまでイジワルはしないよ」
確かに、そこまでご主人様はイジワルではない。
でもさっき、“山中温泉観光案内”という看板があったじゃない。
だからココは温泉地なんでしょ?
「温泉地に来て温泉に入らないって何しに来たの?」
と言いたいけど、それは今回は置いといて、ぼくに見せたいものが知りたくなった。
でも……。ぼくは、下をチラリと見た。
渓谷には人がいるけれど、とても小さく見える。
と言うことは、ぼくたちがいるところは、とても高いということだにゃん。
「大丈夫。おいで」
ご主人様は相変わらず手招きをしている。
怖いけれど、せっかく連れて来てもらったし……。
ぼくは思い切って、橋を渡ることにした。
一歩一歩ゆっくりと歩いた。
遠くから見たときも曲がっているように見えたけど、
実際に歩いてみるとやっぱり曲がっていて、
くねくねと緩やかに曲がっている不思議な橋だった。
思ったより揺れず、ご主人様のいるところまでたどり着いた。
「きみに見せたかったものはコレだよ」
「ガシッ」
えっ。突然何するの?ご主人様はぼくを持ち上げた。
と一瞬、ビックリしたけど、
「ホラ、見てごらん」
「わ~。キレイ~」
紅葉がキレイに咲いていた。
ご主人様はこの景色を見せたかったようだ。
「そうそう。この橋、変わった形をしているでしょ。“あやとりはし”という名前の橋なんだよ」
「へ~え~。この橋にあっている名前だにゃん」
しばらく景色を眺めた後、橋を渡り切り、川床へ降りた。
川床からあやとりはしを見上げると、紅葉といっしょに橋が見えて、
ココからの景色もよかった。
川のせせらぎ、鳥のさえずりが聞こえて、いい感じだった。
しばらく眺めていたら、
「ピシャ」
「にゃ!」
突然、水をかけられた
「冷たいにゃん!」
どうやら水をかけたのはご主人様だった。
ご主人様はしてやったっりって顔をしながらぼくを見ている。
その顔を見て、ぼくはイラッとした。
そもそも突然、水をかけるなんてひどいにゃん。
猛抗議しようと飛びかかろうとしたら、ご主人様はタオルでぼくの身体を拭いてくれた。
「このタオルはもしかして……」
お家を出てくるときに、ご主人が持ってものじゃない?
「川床の水がキレイだから、入ってみたかったんだよね。
きみは水が好きじゃないから、ちょっと待っていてね」
ご主人様は、靴を脱いでズボンを膝上までまくり川の中へ入っていった。
周りを見渡すと、釣りをしている人がいるくらいだから、川の水はキレイなのだと思う。
「夏は気持ちいのだろうけど、今はちょっと寒いかな~」
そう言うと、さっと川から上がり、持っていたタオルで足を拭き、靴を履いていた。
「なーんだ。一人で温泉に入るためじゃなくて、このために持ってきたんだね。
そもそもあのタオルの大きさでは全身を拭くにはちょっと小さい。
そのことに気づけばご主人様を誤解することなんてなかったにゃん。
とりあえずホッとした。そして、川床を眺めていた。
そんな安心しきっていたときに、
「ピシャ」
「にゃ!」
またぼくに水がかかった。
ご主人様が目の前にいて、またもや、してやったっりって顔をしながらぼくを見ている。
ご主人様もイタズラ好きなのを忘れていた。
今度こそ、ぼくは反撃するにゃん!
ご主人様に飛びかかった。
すると、ご主人様は素早くよけ、ぼくの目の前にはキレイな水面が広がっていた。
《終わり》