その1
よくあるRPGあるあるをネタにしました。
紳士的表現があります。ご注意ください。
唐突だが、オレは転生者だ。
そして、今、この世界はオレが前世でプレイしたゲームの世界だ。
とはいっても、よく聞く乙女ゲーの世界ではないし、オンラインゲームの世界でもない。普通のオフラインRPG――つまりは、コンシューマーRPGゲームの世界だ。
死亡フラグビンビンの敵役でもなければ、主人公の引き立て役でもなく、まぁ、自分で言うのも口憚ったいが、いわゆる主人公に転生してしまった。
――うん、それは良いんだ。
だが、目下の問題点がひとつ……
「ねぇ? どうしたの? 急に、私の部屋に来たいだなんて……」
頬を染めて俯く、この少女である……
「いや、もう最近はお前の部屋にもずいぶん入ってないなって思って」
彼女の名前はアリア。栗毛のショートカットで、パッチリとした目。肉付きの薄い体型で、それをちょっぴり気にしてる。
実家は道具屋を営んでいるため、両親とも常に家にいる。彼女自身も店番を手伝っていたりするので、看板娘として近所ではちょっぴり有名だ。
そして、今生でのオレの幼なじみで――そしてゲームでのヒロインでもある。
さてはて、話は変わるが、ゲームとは不条理なものである。ゲームではトイレのついていない民家なんて当たり前だし、人が死んだって教会とかで生き返らせたりできる。
盗賊なんかを殺しても何のお咎めもない。
――そして、人様のタンスの中を漁っても、誰も何も言わないのだ。
だが、現実世界であるここではそうは行かない。
ゲームではトイレの付いていなかった我が家にも、ちゃんとトイレはついていたし、誰ぞの遺体を教会に持っていったら、きっと墓地と葬儀の相談を持ち掛けられるだろう。
盗賊のアジトに攻め入った後には、憲兵から事情聴収を受けた。
もちろん、他人の家のタンスなんか漁ったら、こちらが盗賊として御用になるだろう。
――で、だ。
「でも、ルーディも、立派な『冒険屋』 になっちゃったね……ふふ、昔から、『ボクはイーグルになるんだ!』って、息を巻いていたもんね?」
「あ、あぁ……あんまり言うなよ、恥ずかしい」
オレは冒険屋の中でも、イーグルと呼ばれる一握りのトップ集団に名を連ねるのが夢だった。
新進気鋭の、新人冒険屋としては異例の偉業を重ねて、そろそろイーグルとして呼ばれるんじゃないか? と噂される冒険屋のホープだ。
そして、この次のイベントをクリアすれば、ストーリーは佳境に入り、“ルーキールーディ”の名前も鉄板となる。
次のイベントの場である、古代遺跡に封じられた幻霊のオーブの入手。
それを手に入れるには、封印された古代遺跡の門を開けるための『鍵』が必要になる……
――その『鍵』がこの家、この娘の部屋のタンスの中にしまってあるのだ。
本来、ゲームの中では、『そういえば子供の頃、何かの鍵を拾ったことがあったような……どうしたっけ? あれ』という、アリアのヒントとなるセリフの後、アリアの部屋のタンスを調べることで手にはいる『古代遺跡の鍵』という重要品カテゴリーのアイテム。
転生の事実に気付いた時は、いつか旅に出ることを思慮し、ゲーム内の記憶を浚って整理したのだが、ゲームと現実の差異については、『タンスなんて漁っても、精々やくそうが関の山だし、いいんじゃね?』とか思って問題視しなかった当時のオレ……殴りたい。
「キョロキョロして……どうしたの?」
「いや……ずいぶん女の子らしい部屋になったな……って」
「……もう、馬鹿ぁ」
そういってまたも頬を染めるアリア。
しまった! 余計にタンスの中なんて調べられる空気じゃなくなってしまった!!
しかもこのタンス。ゲームの時は――“82回調べると、『アリアのぱんつ』というアイテムが手に入る”という、馬鹿げた隠し要素があった。
……ちなみにこんな感じ
・アリアのぱんつ
装備品:装飾具
ステータス:TP2UP
詳細
・アリアがお気に入りの下着。
意外とだいたん
だいたんって……どんな色なの? どんな形状なの? どんな匂――……ぅほん! ゲフンゲフン
うん、そんな感じ。
ちなみに「なんで頭装備じゃないんだ!」とか、「なんでクリア後、アリアと結ばれた後のクリアデータに『アリアのぱんつ(使用済み)』ってアイテムがアイテム欄に入ってないんだ!」とかのクレームをメーカーに入れる紳士が結構な人数いたとかいないとか……
まぁ、それは完全に余談ではあるが、タンスといえば衣服。つまり、『鍵』の入っている筈のあのタンスの中には、彼女の下着も入っているだろうということは間違いないわけで……
「ちょっとタンス調べさせて」と言って、「うん」と返ってくるわけがないのだ。
しかしタンスを調べなければ『鍵』は手にはいらない……まさにジレンマだ……
なので、作戦を練ってきた。
――作戦、其の壱――
「あー……アリア。悪い、喉かわいちまった。お茶いれてきてくれない?」
“用を言い付けて離席してもらい、その間にタンスを調べる”
「あ、ごめん。今出すね」
こぽぽ――と、アリアがポットからおいしそうな紅茶を煎れる。
「おお、ありがとう。――うん、やっぱりアリアが煎れたお茶はうまいな」
「うん、ありがと」
って、だめじゃん! アリアさん、最初から用意してきてんじゃん!? しかもポット(大容量)で!
……ぐう、元から気が利くアリアには通じない作戦だったか。
――作戦、其の弍――
「……」
“ひたすら待つ。待って、アリアがトイレに立つのを待つ”
「……」
「…………」
「………………」
――――チックタックチックタックチックタックッチ……
「……そんなに見つめられると――恥ずかしいよ」
はーい! なかなかそういう風にはいきません!!
てか、もう夕方になりそう。流石に日が沈んだ後まで居座るわけにはいかない。未婚女性の部屋にそこまで居られない!
くそ! 万策尽きたか!(二策しかありません)
「アリアー、ちょっと降りてきなさーい」
「あ、お母さんが呼んでる。ごめん、ちょっと行ってくるね」
good! これぞ天の援け! godのお導き!!
「お、おう、慌てなくてもいいぞ」
「うん、ちょっと待っててね」
アリアのお母さんありがとう!! 未来のオレのお義母さんありがとう!!
――パタリ、とアリアが出て行ったドアが閉まる瞬間。オレは席から立つと、迅速にタンスに駆け寄った。
これからは時間との勝負だ。
お義母さんの用事がなにかは判らないが、そんなに時間の掛かる用事ではないだろう。今のうちにアリアのぱんつを――違った! 『古代遺跡の鍵』を手にいれなくては!!
――――しかし
「な……何故だ…………?」
タンスの引き出しに手をかけたオレは、低く唸る。
タンスには鍵――そう、ごつい錠前が付いていて、鍵なくしては開けられない状態になっていたのだった。
「な……何故、自宅のタンスにこんな厳重な警戒を? 預金通帳なんてこの世界には存在しないし……」
これでは『鍵』を手にいれるために、『鍵』を手にいれなければならないという事態に陥ってしまった。さらに『古代遺跡の鍵』が鍵付きの小物入れなんかに入っていたら、もう目も当てられない。それどんなマトリョーシカ?
しかし、アリアはおっとりしているとは言わないが、そこまで警戒心の強いタイプの女の子ではなかった筈だ。
そんな娘が何故! タンスに鍵など――と、そこまで考えて思い出した。
――――ヤベ、これってオレの指示じゃん?
オレはひとつのことを懸念したのだ。
転生者がオレ一人だけだと誰が断言できるのか? と。
そう、オレと同じように、地球からこの世界に転生した人間がいないと、誰も断言はできないのだ。
もし、オレ以外に転生者がいたとして、それがすさまじい紳士で、『アリアのぱんつ』を入手しようとしないと、誰が断言できる?
そうして手に入れた『アリアのぱんつ』を、ゲームでは出来なかった頭装備にして、TPを爆上げしないと、誰が断言できるのだろうか!
そう懸念したオレは、アリアに錠前をプレゼントして、それをタンスに取り付けるように指示したんだった……
鍵は常に身に着けられるように、チェーンに通してペンダントにして渡していた……
何故そこで、どうしてそこで! 『古代遺跡の鍵』の事を思い出さないんだオレは!! 大体開発者が悪いんだ! 『アリアのぱんつ』のインパクトが強すぎて、『古代遺跡の鍵』のことは頭からすっぽり抜け落ちてしまっていたんだ!!
「ただいまー、お母さんがクッキー焼いたから持って行けって……――どうかしたの?」
「…………いや、なんでもないよ」
――――どうやら、オレのゲームクリアは遠そうです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ぱんつが出てきてから筆の走りがなんか変な方向に……どうしてこうなった。