A CHRISTMAS FANTASY
少なくともニューヨークに興味を抱いたことのある者なら、その冬の厳しさを想像することはそれほど難しいことではないだろう。
その年のイブを迎えたニューヨークの街は、ホワイトクリスマスをイルミネーションで氷漬けにしたかと思われる程の寒さだった。
しかし、その寒さでさえも暖炉の炎と七面鳥やご馳走に溢れたテーブル、そしてちょっぴりのアルコールがもたらす暖かさを凍らせることは出来なかった。人々の歓喜と興奮とが、霜のつく余地さえ与えなかったからだ。
だからこそ、どんなに小さくて安いアパートであっても、氷の猛威の侵入は許されなかった。ひとかけらの愛情があれば尚更である。
ところがこの舞台は安アパートでもなければ高級マンションでもなく、小さいけれどもコックの腕は抜群な、こじんまりとしたレストランだった。
主役の二人はオレンジ色の照明の下で最高の料理にいたく満足しながら、残り少ないワインが入ったグラスを傾けて、とりとめのない話をしていた。
「あなたのそんな格好を見ると、本当に40なのね、って思うわ」
やっと21歳になったアリーナは、複雑な表情で彼に微笑みかけた。
黒いタキシードに茶色い髪をきっちりと梳かしつけたデイビットは、普段はとても若々しく、どう見ても20代後半から30代前半にしか見えない。アリーナが彼を初めて見た時は、彼を20代前半だと思ったくらいだ。
「いつもの僕とどう違うんだい?」
デイビットはオレンジ色の光を受けたアリーナの金髪を興味深そうに眺める。
「そういう格好は、威厳があるように見えるわ」
「普段の僕には威厳がないのかい?」
「普段より一層、よ」
悪戯っぽく笑う彼女に、彼は満足そうにワインを一口飲む。
「今思ったんだけど、わたし」
アリーナは急に何かを思いついたように目を見開く。
「わたしとあなたは、親子と言っても通用するわよね」
「世の中には面倒な法律が沢山あるが、父親のような年齢の男と一緒に食事をしてはいけないという法律はない。有り難いことに」
アリーナにデザートを勧めながらそう言うデイビットに、アリーナは催促する。
「わたしが食べている間も話を続けて」
甘い物が苦手なデイビットは、アリーナだけがデザートを食べている間、黙って微笑ましそうに彼女を見つめていた。彼女の幸せそうな表情を見ているのが嬉しいからだと彼は言うが、食べている姿をじっと見つめられている側のアリーナは観察されているようで何だか落ち着かない。その間はせめて何か話をして欲しい、と彼に頼むようになったのは最近のことだ。
デイビットは、それはそうかもしれない、とアリーナの願いを快諾した。
そしてアリーナはひとつの嬉しい発見をした。彼の落ち着いた優しい声を聞きながら食べるデザートは、普通に食べる時よりも、ずっとずっと美味しい。
だから、自分から頼まなくてもデイビットが話をしてくれることが分かっていても、こうしてつい催促をしてしまう。
「…つまり、君と僕は親子ほどの年の差があって、それなのにこうして一緒にデートをしている。しかも今夜はイブの夜だから、僕は君に年上としての義務を果たさなければならない。太古の昔から続く、年寄りが果たすべき義務だ。神様の話を若者に伝えることさ」
「学校と教会で死ぬほど教わったわ」
「僕が今夜話すのは、ジーザスの話じゃない」
「イブなのに?」
アリーナはフォークを止める。それを見て、デイビットは微笑んだ。
「君はここのコックが3ヶ月近くかけて大切に仕込んできたクリスマスプディングを食べる手を休めてはいけないよ。バターソースが冷めないうちに平らげるのが、ここの流儀だ」
「デビット。ふざけないで。彼の誕生日に彼の話をしないなんて変よ」
「だって今夜はイブだ。僕が話すのは、ジーザスの友人のサンタクロースの話だよ」
「ぴったりね」
「だから君はフォークを止めては駄目だ」
アリーナは頷く代わりにプディングを一切れ口に入れる。デイビットは満足そうに頷いて話し始めた。
「サンタの世界は昔から情報化社会だった。彼等は人間界より遥かに優れたテクノロジーで世の中の情勢を把握するように務めている。でも、それだけでは駄目なんだ。子供達の本当の望みは、情報だけでは把握出来ないからね。そこで、彼等はちょっとだけ、本当にちょっとだけ、人間界へ下見に行くんだ」
「おもちゃ屋を覗きに行くの?」
「そう。当然、彼等はその年の情況を短時間で把握しなきゃならない。だから、彼等は真っ先にデパートへ足を運ぶ」
「さっきから、彼等、って…サンタが何人もいるみたい」
「いるんだよ。サンタはひとりひとりに」
「わたしにも?」
「もちろん」
「いいわ。で、人間界には、どんな格好で行くの?」
「普通の人と変わらない格好だ。赤い衣装は目立ち過ぎるからね」
「それはそうね」
「しかしやはり、彼等は店員にはひどく風変わりな印象を与えるようだ。世間の人が当然知っているはずの質問を、いちいちしてくるんだからね。普通に暮らしていて、その年の流行を全く知らないなんて変だろう?」
「あなたとわたしの出会いみたいね」
アリーナは綺麗に平らげた皿をデイビットに見せた。
「よろしい。コーヒーを頼もう」
デイビットはそう言ってコーヒーを注文した。
「サンタクロース達も努力しているのね。でもそれ、わたしがアルバイト先であなたから受けた質問と同じよ、サンタさん」
「君は今の僕の話を信じるかい?」
「ええ。いい話だと思うもの」
「だったら…僕がプレゼントに何を用意しているか当てられる?」
「え?」
デイビットの胸ポケットから出て来た小さな箱に、アリーナの目が見開かれる。
「君は僕にこう言ったね。大切なのは物ではないと。プレゼントの中身は大した問題ではないと。贈りたい、と思う気持ちが…心が、何より相手を喜ばせるのだと。あれから一年の間、僕は君が何を望んでいるのかを探し続けた。情けないことに、まだ見つけられない。だから僕は、見つけるまでずっと…見つけてからもずっと、君の側にいようと決めたんだ。アリーナ、僕と結婚して欲しい」
「デビット…」
アリーナの瞳からぽろぽろと綺麗な涙が零れる。
「アリーナ。返事を聞かせて欲しい」
「ええ、わたしも…あなたと一緒にいたい…」
デイビットの手によってアリーナの薬指に嵌められた婚約指輪は、外のイルミネーションの光を受けてキラキラと輝いた。
「明日はジーザスの誕生日だ。ちょうどいい。早速彼に報告しよう」
「まるで友達みたいに言うのね」
「そうだよ。だって僕は彼の友達なんだから」
デイビットはそう言うと、嬉しさに泣きじゃくるアリーナの額に優しくキスをした。
Winter Wonderlandの歌詞から何となく浮かんで来たお話です。
元の話を忠実に再現していたら25日に間に合わないので、だいぶ端折りました。
もう少し時間があったらなぁ…。