『千重の桜』 其の八
其れは、海の底で『楔』を見つけた時・・・いや、それよりも前から起こっていた。
海の底で根を張り、元であった『楔』を断ち切っても尚、海の底、地の底その根は張り巡らされた。
深い、深い所で闇は蠢いていた。
其れの名は、『夜魅』。
そして、『夜魅』を統べる者達。
『夜魅の王』。
「先日、私を襲ったのが『夜魅』だと、桜井さんに聞いたよ。」
「確か、常夜??で現世がなんちゃら・・・」
「常夜に在りて、現世を転覆させる者。」
「其れの王が動き出した。」
「でも、なんでそんな事をするんだろう?」
聞いている限り、人には人、夜魅には夜魅のそれぞれの世界がある。
「儂も昔、誰かに聞いたんだが・・・”そういうもの”なんだそう・・・じゃ。」
「うむ。」
「それには、『夜魅』の生まれ方が関係すると言われている。」
『夜魅』とは、恨み辛み、呪い・・・負の感情から生まれる。
其処にあるのは、全てを憎む感情のみ。
故に無差別に襲う。人・・・そして、夜魅さえも。
其れを圧倒的なチカラで統率するのが、『夜魅の王』。
無論、『夜魅の王』とて、例外ではなく、恨み辛み呪い等の負の感情から生まれた者、その性質は変わらない。
故に人の世を貶める。転覆させる。現世を常夜へと変える。
「そして、てうし市を狙ったのには、訳があるんです。」
「それは・・・」
「それは、『桜』の下に眠るチカラだ。」
「『桜』の下には、大きなチカラを持った少女が眠っている。」
「未だ覚醒していないその少女を守る為、私はてうしに結界を張った。」
「ま、儂も其れを手伝っていたと言う訳じゃ。」
「え?あれ??・・・音姫が華音さんで、桜になった巫女が桜井さんで・・・って思ってたんだけど・・・」
「桜の少女が未だ覚醒していないって事は、桜井さんじゃない訳で・・・う〜ん」
「儂は唯の妖狐じゃ。」
「そうですよねぇ〜桜に恋しちゃった可愛い子狐の子狐ちゃんですよねぇ♪」
「儂は千重だと言っておろうが!!」
「じゃあ、巫女とか少女とかは・・・」
「うむ、其れはだな・・・」
「そこから先・・・話してもいいのか?」
「お前の為にならんと思うぞ?」
見知らぬ声。
まるで、お姫様が着るような十二単?に・・・目についたのが般若の面。
ぞくり・・・
悪寒が走る。
あの人・・・いや、多分・・・人じゃない。
「ほう、これは大物が釣れたようだな。」
「・・・夜叉姫。」
「流石に、わらわを知っておったか。」
「ならば、何をしに来たのかも分かるじゃろうて?」
「花子。」
「今すぐ、香奈を連れてこの場を離れるんだ。」
「狐っ!手伝え!!」
「まったく・・・狐使いが荒い・・・のじゃ。」
「分かりました、華音様。」
「さあ、香奈ちゃんっこっちに・・・」
「・・・いやです。」
「私もここに残ります。」
私には何も出来ない。
足手まといになるかも知れない・・・いや、足手まといだ。
でも、それでもこの場で・・・
「香奈、危険すぎるのだ、分かってくれ。」
「花子・・・すまんが・・・」
「はい。」
「香奈ちゃん・・・ごめんね?」
「え?」
花子さんは私の手を無理やりに引っ張ると扉に押し込め、自分もその中に入る。
・・・私は『霧島華音』の店内にいた。
「花子さんっもう一度『桜』に・・・華音さんの所に連れて行ってくださいっ」
私は花子さんに詰め寄る。
「・・・香奈ちゃん。華音様が危険と言ったなら、本当に危険なんです。」
「心配なのは分かります。それは私も同じですから・・・」
ばんっ
私は『霧島華音』を飛び出すと、『桜』に向かって走り出す。
ここから『桜』までは、急いでも10分はかかる。
私は、無我夢中で走る。
学校に続く長い坂道も駆け上がる。
息が切れそう・・・でも、走る。
学校の裏、『桜』へと続く細く急な階段に差し掛かった時。
世界が眩い光に覆われた。
まるで最後の輝きのような閃光。
余りの事に立ち止まる。
目がまだ、良く見えない。
それでも、ゆっくりと階段を上がる。
目が次第に慣れてくる。
そういえば、「此処には何人たりとも近づけなくなっている。」と聞いた。
しかし、そんな様子は無い。
やがて、小さな社が見える。
私には、その社に何が祀られているのかも分からない。
その裏手の階段をさらに上る。
この先に『桜』がある。
階段を上りきる。
そこには、満開の『桜』。
先程と同じく、夜の闇に怪しく咲き誇っていた。
しかし、先程とは違う点がある。
「誰も・・・いない・・・??」
「華音さんっ!!桜井さんっ!!」
暫く探したが見つからなかった。
私は、『霧島華音』に戻ることにした。
「・・・花子さんにも謝らなくっちゃ。」
心配し、止める花子さんを振り切って、『桜』に行った。
華音さんが危険と判断した場所に。
もしかしたら、華音さんも桜井さんも『霧島華音』に戻っているのかもしれない。
そう思うと、私は走り出した。
『桜』まで走ってヘトヘトになっていたけど、足は前へと進んだ。
『ココロード』に入る。
ここまでくれば、『霧島華音』は直ぐそこ。
「え?」
私は目を疑う。
道を・・・場所を間違えるはずは無い。
しかしそこに、『霧島華音』は無く、閉店したスーパーマーケットがあるだけだった。




